クルマの型式記号が変わるとき、そこにはたいてい理由があります。
コロナ マークIIは、1972年1月に登場した2代目で「T」から「X」へと型式を切り替えました。名前にはまだ「コロナ」の四文字が残っています。しかし型式の頭文字が変わったということは、コロナの系列から抜けたということです。
この矛盾めいた状態、つまり名前はコロナのまま中身は別物という二代目の立ち位置にこそ、マークIIという車種の面白さが詰まっています。
初代が残した宿題
初代のT60/T70系は、コロナをベースに車格を一段引き上げるという手法で成功しました。ただし、そこには限界もありました。
エンジンが4気筒しかなかったのです。ボディを大きくし、内装の質感を上げ、静粛性を高めても、当時の日本で「上級車の証」とされていた直列6気筒だけは持っていませんでした。クラウンとの間には、依然として越えられない一線があったわけです。
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コロナオーナーの受け皿としては十分に機能した。しかし「クラウンの下」ではなく「クラウンに次ぐ格」を名乗るには、もう一段の材料が要る。2代目はその宿題に正面から答えた世代でした。
「L」という名の6気筒
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2代目で新設されたのが、直列6気筒を積む「L」シリーズです。搭載されたのはクラウン用の直列6気筒SOHC 2000cc、つまりM型でした。シングルキャブのM型で115ps、ツインキャブのM-D型では125psを発生しています。
6気筒の追加は、単なるパワーアップではありません。当時の日本では、気筒数がそのまま車格の記号として通用していました。クラウンと同じ系統のエンジンを一回り小さなボディに積むという構成は、「小さな高級車」という新しい価値を提示するものだったのです。
エンジンが長くなる分、Lシリーズはフロントノーズが延長され、専用の内外装が与えられました。同じマークIIでも、6気筒車は見た目からして別物だったわけです。
一方の4気筒側も充実していました。1.7Lの6R型(95ps)と2.0Lの18R型(105ps)を軸に、ツインキャブの18R-B型(115ps)、そしてDOHCの18R-G型(145ps)まで用意されています。後にはEFI仕様の18R-E型も加わりました。上は6気筒の上質さ、下は4気筒DOHCの速さ。この幅の広さが2代目の商品力でした。
ファストバックという冒険
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2代目はスタイリングも大きく変わりました。4ドアセダンはセミファストバック、2ドアハードトップはファストバックへと姿を変えています。
トランクの段差をなだらかに寝かせるこの造形は、実用性を考えれば決して有利ではありません。荷室の開口部は小さくなり、後席の頭上も削られます。それでもこの形を選んだのは、マークIIのユーザーが求めていたものが積載量ではなかったからでしょう。
ハードトップはさらに徹底していました。センターピラーを持たない流麗なシルエットは、セダンとは明らかに違う華やかさを持っています。実用性よりも見栄えを優先するこの選択は、マークIIのユーザー層が「道具としてのクルマ」ではなく「自分のステータスを表現するクルマ」を求めていたことを示しています。
後にマークIIが「ハイソカー」ブームの中心に立つ素地は、実はこの世代のハードトップですでに準備されていたわけです。
足まわりも進化しました。リアサスペンションはリーフスプリングからラテラルロッド付きのコイルスプリングへと改められ、乗り心地と接地性の両面で洗練されています。
排ガス規制という逆風
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ただし、この世代は時代の逆風をもろに受けました。
1973年のオイルショックで大排気量車への風当たりが強まり、続く昭和50年・51年排出ガス規制への対応が待っていました。トヨタはTTC(トヨタ・トータル・クリーン・システム)で対応し、1975年には18R-U型やM-U型といった規制適合エンジンへと集約されていきます。
代償は明確でした。出力は落ち、ツインキャブやDOHCといった高性能版は姿を消していきます。走りの魅力という点では、明らかに後退した時期です。
それでも販売は堅調でした。マークIIが「走り」だけでなく「格」で選ばれるクルマになっていた証拠だと言えます。速さを失っても、6気筒の滑らかさと内装の上質さは残った。この時期に「格で売れる」体質を獲得したことが、後の世代の強さにつながっていきます。
コロナとクラウンの間に、第三の柱を立てた
2代目マークIIが成し遂げたことは、単に「中間価格帯のクルマを作った」ということではありません。コロナでもクラウンでもない、独自のキャラクターを持つ車格を確立したことにこそ意味があります。
コロナの名前を冠していた時代から、マークIIは「コロナ以上」を明確に志向していました。そしてX10/X20世代で型式からしてコロナと袂を分かち、6気筒エンジンとファストバックという武器で独自の世界を築いています。
この成功があったからこそ、次の世代ではチェイサーが加わり、やがてクレスタも合流して「マークII三兄弟」としてトヨタの販売を支える大きな柱になっていきます。1980年代のハイソカーブームでマークIIが主役を張れたのも、この世代で「上質な中型車」という市場を自ら作り出していたからです。
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コロナの派生として生まれながら、コロナを超え、やがてコロナとは完全に別の道を歩む。X10/X20系は、その分岐点をリアルタイムで体現した世代でした。
名前に「コロナ」がついていた時代だからこそ、この車の野心がよく見えるのです。

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