マーチとは

マーチは、日産が「国民車」として作り、最後は日本に来なくなったクルマです。

1982年の初代K10は、車名を一般公募で決めるところから始まりました。デザインを任されたのはジョルジェット・ジウジアーロ。奇をてらわない直線的な小さな箱は、流行に左右されないぶん10年戦える形でした。実際K10は10年間現役です。そして1988年、この実用車に930ccのエンジンへターボとスーパーチャージャーを両方載せた「スーパーターボ」が追加されます。国民車として設計したはずの器に、日産は平然と変な球を投げ込んできました。

1992年のK11では、丸みのある造形とともにCVTが本格的に導入されます。当時のCVTはまだ珍しく、小型車で普及させた立役者のひとつがK11でした。欧州でも売られ、この世代でマーチは日本専用車ではなくなります。

2002年のK12は、性格を大きく振りました。ルノーと共有するプラットフォームの上に、丸い目と柔らかい面で構成した「かわいい」を、狙って設計したのです。街乗りの小型車が女性ユーザーの支持で決まる時代を、日産は正面から取りにいきました。一方でオーテックが仕上げた12SRのような、走りに振ったグレードも残っています。

2010年のK13で、生産地が変わります。タイで作って日本へ輸入する。国民車を国内で作り続けることを、日産はここでやめました。3気筒エンジンによる燃費と価格の追求が主題になり、その一方でニスモSという1.5Lの硬派なグレードも用意されています。

2016年のK14は、日本に導入されませんでした。欧州で「マイクラ」として売られるこの世代は、完全にグローバルコンパクトとして設計されています。日本ではK13が2022年まで売られ、そのまま静かに姿を消しました。

K10からK14まで、5世代。マーチの歴史は、日本のメーカーが「安くて小さいクルマ」をどこで作り、誰に売るのかを問い直し続けた記録です。

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