クラウン – S210系【「いつかはクラウン」の最終形態】

「いつかはクラウン」という言葉が、まだかろうじて意味を持っていた最後の世代かもしれません。

2012年に登場した14代目クラウン・S210系は、伝統のFRセダンという形式を守りながら、同時にそのフォーマット自体の限界とも向き合わなければならなかった一台です。

結果として生まれたのは、保守と革新を両方やろうとした、極めてトヨタらしいクルマでした。

ピンクのクラウンが意味したこと

S210系クラウンを語るうえで避けて通れないのが、発売時に大きな話題を呼んだ「ピンクのクラウン」です。正式にはリボーンピンクと呼ばれたこの特別仕様は、2013年の発売直後に期間限定で設定されました。SNSやニュースで一気に拡散され、クラウンという名前を普段クルマに興味のない層にまで届けた。

ただ、あれは単なる話題づくりではありません。背景にあったのは、クラウンのユーザー層の高齢化という深刻な課題です。先代のS200系(13代目)の時点で、クラウンの購買層の平均年齢は60代後半に達していたとされています。このまま何もしなければ、クラウンは「おじいちゃんのクルマ」として静かに消えていく。その危機感が、あのピンクを生んだわけです。

豊田章男社長(当時)が「クラウンを壊してもいい」と開発陣に伝えたという話は、当時のメディアでも繰り返し紹介されました。壊すというのは、もちろん物理的にではなく、「クラウンとはこうあるべき」という固定観念のことです。この号令がなければ、S210系はもっとおとなしいクルマになっていたはずです。

FRセダンとしての正常進化

とはいえ、ピンクのインパクトばかりが語られるのはもったいない。S210系の本質は、FRセダンとしての完成度を一段引き上げたところにあります。

プラットフォームは先代S200系から引き続きゼロクラウン(S180系)以来の流れを汲むものですが、ボディ剛性の向上やサスペンションジオメトリーの見直しが徹底されました。特にロイヤル系に採用された2.5Lハイブリッド(2AR-FSE+モーター)は、先代から大幅に制御を改良し、動力性能と燃費のバランスを高い次元で両立させています。JC08モード燃費で23.2km/Lという数値は、このクラスのFRセダンとしては驚異的でした。

アスリート系には3.5L V6の2GR-FSEも引き続き設定され、こちらはスポーティな走りを求める層に応えています。ただし、時代の主役は明確にハイブリッドへ移っていました。実際、販売の中心はロイヤルハイブリッドとアスリートハイブリッドに集中しています。

「つながる」への布石

S210系でもうひとつ見逃せないのが、コネクティッド機能への本格的な踏み込みです。トヨタはこの世代のクラウンに、DCM(車載通信機)を標準搭載しました。これはトヨタの量販車としては先駆的な取り組みです。

2018年のマイナーチェンジ(実質的に大幅改良を受けた後期型、通称「220系」と混同されがちですが、S210系自体も2015年の改良で通信機能を強化しています)に至る流れの中で、クラウンは「つながるクルマ」の実験台としての役割も担っていました。

要するに、クラウンはトヨタにとって単なる高級セダンではなく、新技術を最初に載せるショーケースでもあったわけです。これは初代から続くクラウンの伝統でもあります。日本初の純国産乗用車として誕生した初代クラウンの精神は、形を変えてこの世代にも受け継がれていました。

保守層との綱引き

ただし、S210系には明確なジレンマもありました。若返りを図りたいという意志と、既存の顧客を手放せないという現実の間で、デザインも商品企画も綱引き状態だったのです。

エクステリアは、先代よりもワイド感を強調した造形になりました。特にアスリート系のフロントフェイスはかなり押し出しが強く、従来のクラウンユーザーからは賛否が分かれています。一方でロイヤル系は比較的穏やかな顔つきを維持しており、この「二枚看板」戦略自体が、ターゲットの分裂を物語っていました。

インテリアに目を向けると、質感は確実に向上しています。しかし、レクサスGS(L10系)やドイツ勢のEセグメントと比較すると、素材の選び方や仕立ての思想にやや古さが残る部分もありました。クラウンが「国内専用車」であるがゆえに、グローバル競争の中で磨かれるレクサスとの差が、この世代あたりから目に見えるようになってきたのです。

「最後のFRクラウン」前夜

S210系の後を継いだ15代目・S220系(2018年〜)は、「アスリート」「ロイヤル」「マジェスタ」というグレード体系を廃止し、クラウンを一本化するという大改革に踏み切りました。そしてその次の16代目では、ついにクロスオーバーやスポーツといったセダン以外のボディ形態にまで拡張されています。

つまりS210系は、「ロイヤル」「アスリート」「マジェスタ」という三本柱が揃った最後のクラウンでもあるのです。この体系は、S170系(11代目)でアスリートが登場して以来、長らくクラウンの商品構成の骨格を成してきました。それが終わったという事実は、クラウンの歴史の中でも大きな転換点です。

マジェスタについても触れておくべきでしょう。S210系のマジェスタは、先代まで独立した車種だったものがクラウンのグレードとして統合された形です。2.5Lハイブリッドではなく3.5Lハイブリッド(2GR-FXE)を搭載し、ホイールベースも延長されています。ショーファー的な使い方にも対応するこのグレードの存在が、S210系クラウンの守備範囲の広さを示していました。

「日本のセダン」が持っていた意味

S210系クラウンは、革命的なクルマではありません。むしろ、伝統的なFRセダンという形式の中で、できることをすべてやろうとした集大成に近い存在です。

ハイブリッドで燃費を稼ぎ、コネクティッドで時代に追いつき、デザインで若返りを図り、それでいてロイヤルの静粛性やマジェスタの格式は手放さない。全方位に気を配った結果、どこかひとつが突き抜けるということはなかったかもしれません。でも、それこそがクラウンというクルマの宿命でもあります。

日本の道路事情に合わせた5ナンバーサイズから始まり、時代とともに大きくなり、豪華になり、速くなり、そしてついにはセダンという枠すら超えていった。S210系は、その長い物語の中で「セダンとしてのクラウン」が最も成熟した瞬間のひとつとして記憶される一台です。

派手な一台ではないかもしれない。

でも、60年以上続いた「日本の高級セダン」という概念が、どこに行き着いたのかを知りたければ、このクルマを見るのがいちばん早いと思います。

コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です