クラウンという車には「守る」という宿命があります。トヨタの看板であり、日本のセダン文化の象徴であり、法人需要の柱でもある。だからこそ、どの世代でも冒険より安定が優先されてきました。
ただ、その「守り」がもっとも贅沢な形で表れたのが、1991年に登場した9代目・S140系かもしれません。
バブル経済はすでにピークを過ぎていました。しかし開発が始まったのはバブルの真っ只中です。つまりS140系は、あの時代の空気をたっぷり吸い込んで設計された最後のクラウンなのです。
バブル末期という特殊な空気
S140系が発売されたのは1991年10月。株価の暴落は1990年初頭に始まっていましたが、自動車の開発サイクルを考えれば、企画と設計の大半はバブル絶頂期に行われています。つまり「お金をかけることが正義」だった時代の産物です。
先代のS130系、通称8代目クラウンは1987年に登場し、いわゆる「いつかはクラウン」のキャッチコピーで知られる世代です。あの時代のトヨタは、セルシオ(初代レクサスLS)の開発と並行してクラウンの格を維持する必要がありました。
セルシオが「世界基準の高級車」を目指す一方で、クラウンは「日本のお客様のための高級車」であり続けなければならない。この棲み分けが、S140系の性格を決定的に方向づけています。
セルシオとの距離感が生んだ設計思想
9代目クラウンを語るうえで、セルシオの存在は避けて通れません。1989年に登場した初代セルシオ(UCF10)は、静粛性・乗り心地・品質感のすべてで世界を驚かせました。当然、クラウンのオーナー層にも「セルシオのほうが上なのか」という意識が生まれます。
トヨタの回答は明快でした。クラウンはあくまで国内専用の高級車であり、日本の道路事情、日本の駐車場サイズ、日本の顧客の好みに最適化するという方針です。5ナンバーサイズを基本に据えたのも、全幅1,695mmという枠を守り続けたのも、この判断の結果です。
ただし、ロイヤルサルーンGやマジェスタ系のワイドボディでは3ナンバー化も行われています。ここに「守りながら攻める」というS140系の二面性が見えます。全方位に対応しようとした結果、ラインナップは非常に幅広くなりました。
マジェスタの誕生という事件
S140系世代で最大のトピックは、クラウンマジェスタの新設です。型式でいえばJZS149やUZS141など。V8エンジンの1UZ-FEを搭載し、セルシオと同じパワートレインをクラウンのボディに収めるという、ある意味で力技の商品でした。
なぜマジェスタが必要だったのか。理由はシンプルで、セルシオに流れかけた上顧客を「クラウン」の名のもとに引き留めるためです。クラウンという名前に愛着を持つ層は確実に存在していました。彼らに「セルシオに乗り換えなくても、クラウンで最上級が手に入る」と伝える必要があったのです。
4.0L V8という心臓を得たマジェスタは、静粛性と滑らかさにおいてロイヤル系とは明確に差別化されていました。ただし車体の基本骨格はクラウンのものであり、セルシオほどの専用設計ではありません。この「クラウンの延長線上にある最上級」というポジションが、マジェスタの強みであり限界でもありました。
エンジンと足回り——直6への執着
S140系のエンジンラインナップは多岐にわたりますが、主力はやはり直列6気筒です。2.0Lの1G-FE、2.5Lの1JZ-GE、そしてツインターボの1JZ-GTE。特に1JZ系エンジンはこの世代で本格的にクラウンの主力となり、以後の世代にも受け継がれていきます。
1JZ-GTEは280馬力を発生するツインターボユニットで、アスリート系に搭載されました。クラウンに280馬力が必要だったのかという議論はありますが、当時は馬力競争の真っ只中です。スカイラインGT-Rが280馬力、スープラが280馬力という時代に、クラウンだけ控えめにするわけにはいかなかったのでしょう。
足回りはフロントがダブルウィッシュボーン、リアもマルチリンク式を採用しています。先代から引き続き四輪独立懸架を守りつつ、乗り心地の柔らかさを重視したセッティングでした。スポーティさよりも「いなし」の巧さを優先する、いかにもクラウンらしい味付けです。
豪華装備の洪水と、その意味
S140系を語るとき、装備の豪華さは外せません。エアサスペンション、電動カーテン、GPSナビゲーション、本木目パネル。今では当たり前になった装備の多くが、この時代のクラウンで普及の足がかりを得ています。
特にGPSナビゲーションは注目に値します。1990年代初頭のカーナビはまだ高価で珍しい装備でしたが、クラウンはいち早くオプション設定しました。トヨタが「ハイテク装備を最初にクラウンで出す」という慣例を作ったのは、この時代が大きいです。
ただ、この装備の山が結果的にクラウンの車重を増やし、価格を押し上げたことも事実です。バブル崩壊後の消費マインドの冷え込みの中で、「豪華だが高い」クラウンは次第に苦しい立場に置かれていきます。
時代の変わり目に立ったクラウン
S140系の販売期間は1991年から1995年。まさにバブル崩壊の影響が本格化した時期と重なります。法人需要は底堅かったものの、個人ユーザーの購買意欲は確実に落ちていました。
さらに、この時期はRVブーム——つまりSUVやミニバンへの関心が急速に高まった時代でもあります。「いつかはクラウン」と言っていた層の子ども世代は、もうセダンに憧れていませんでした。クラウン神話の揺らぎが、静かに、しかし確実に始まっていたのです。
S140系自体が失敗作だったわけではありません。むしろ、与えられた条件の中で最大限の仕事をした世代です。マジェスタという新しい頂点を作り、1JZ系エンジンという名機を定着させ、装備面でも時代の先端を走りました。
重厚長大の到達点として
振り返ってみると、S140系は「足し算の設計」が許された最後のクラウンだったように思えます。次の10代目S150系では、時代の要請を受けてより合理的な方向へ舵を切ることになります。
バブルの残り香の中で、エンジンも装備もラインナップも「全部盛り」で仕上げられた9代目。それは贅沢であると同時に、ある種の無邪気さでもありました。お金をかければいいものができるという信仰が、まだかろうじて成立していた時代の車です。
クラウンの系譜の中でS140系は、派手な革新よりも「らしさ」の集大成として記憶されるべき世代です。
守るべきものを全力で守り、盛れるだけ盛った。
その姿勢が時代遅れになるのは、もう少し先の話です。

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