ホットハッチという言葉は、もうずいぶん手垢がついています。
けれど2006年に登場したルーテシア3 ルノー・スポーツ(RF4C)は、その手垢まみれのジャンルに対して「まだやれることがある」と証明してみせた一台でした。
しかも、ターボではなく自然吸気で。
ルーテシアRSという系譜の意味
ルノーがルーテシア(欧州名クリオ)にスポーツモデルを設定するのは、これが初めてではありません。
初代のクリオ・ウィリアムズ、2代目のクリオ・ルノー・スポーツ(172/182)と、小さなボディに過激なエンジンを積むという伝統は、すでに確立されていました。
とくに先代の172と182は、英国を中心に熱狂的な支持を集めていました。軽量でダイレクトなハンドリングが評価され、ロータス・エリーゼと同じサーキットで語られるほどの存在になっていたのです。
つまり3代目のRSには、「あの走りを超えなければならない」という明確なハードルがあったわけです。
なぜ自然吸気2.0Lだったのか
RF4Cに搭載されたのは、F4R型2.0L直列4気筒自然吸気エンジンです。最高出力は197馬力(後期の一部仕様では200馬力とも表記)、レッドゾーンは7,000rpm超。この時代、すでにフォルクスワーゲンはゴルフGTIにターボを載せていましたし、他の欧州勢もダウンサイジングターボへ舵を切りつつありました。
にもかかわらずルノー・スポール(以下RS部門)が自然吸気を選んだのには、明確な理由があります。高回転まで淀みなく回るフィーリングと、アクセル操作に対するリニアなレスポンス。これはターボでは得にくい特性です。RS部門は「速さの数値」よりも「操る実感」を優先しました。
実際、このF4Rエンジンはルノーのモータースポーツ活動から技術がフィードバックされたもので、吸排気系の最適化やバルブタイミングの制御にレース由来の知見が入っています。カタログスペックだけ見れば飛び抜けた数字ではありませんが、回した時の気持ちよさは数字に出ない部分でした。
カップシャシーという選択肢
RF4Cを語るうえで外せないのが、カップシャシーの存在です。ルーテシア3 RSには標準シャシーとカップシャシーの2種類が設定されていました。カップシャシーは足回りのバネレートとダンパー減衰力が引き上げられ、車高もわずかに下がっています。
これは単なる「硬い足」ではありません。RS部門はクリオ・カップというワンメイクレースを長年運営しており、そこで得たセッティングのノウハウをストリートモデルにフィードバックしたものです。要するに、レースの現場で「これがいい」と分かった設定を、市販車にそのまま落とし込んだ仕様なのです。
日本に正規輸入されたモデルの多くはこのカップシャシー仕様で、乗り心地は確かに硬めです。ただ、路面の情報がシートを通じて的確に伝わってくるという点で、この硬さには意味がありました。快適性を犠牲にしているのではなく、情報量を増やしているという設計思想です。
シャシーの仕上がりと走りの本質
ルーテシア3 RSのプラットフォームは、日産と共同開発したBプラットフォームがベースです。先代のクリオRSと比較すると、ボディ剛性は大幅に向上しています。これは単にベース車両が新しくなったからというだけでなく、RS部門がスポット溶接の追加やボディ補強を独自に施した結果でもあります。
サスペンション形式はフロントがマクファーソンストラット、リアがトーションビーム。リアにトーションビームというと安っぽく聞こえるかもしれませんが、RS部門はこの形式を「軽量でチューニングの自由度が高い」として積極的に採用しています。実際、リアの追従性は驚くほど素直で、コーナー出口でアクセルを開けた時の安定感には定評がありました。
組み合わされるトランスミッションは6速マニュアルのみ。ATやセミATの設定はありません。この割り切りも、RS部門の姿勢をよく表しています。「この車を選ぶ人は、自分でギアを選びたい人だ」という前提で作られているのです。
弱点と、時代の壁
もちろん、完璧な車ではありません。まず、先代の182と比べて車重が増えています。ベース車両の大型化と安全基準の強化により、約100kg近く重くなりました。これは先代の「軽さで勝負する」という美点を一部スポイルしています。
また、インテリアの質感はルノー車全体の課題でもありました。同価格帯のドイツ車と比べると、スイッチ類の触感や内装の仕立てに物足りなさを感じる人もいたはずです。ただ、RS部門としては「そこにコストをかけるなら足回りに回す」という判断だったのでしょう。優先順位の問題です。
そして最大の時代的制約は、この車が自然吸気エンジン最後の世代になったということです。後継のルーテシア4 RSは1.6Lターボに切り替わりました。環境規制と効率の要求が、高回転NAという選択肢を許さなくなったのです。
系譜の中で、何を残したか
ルーテシア3 RS(RF4C)は、ルノー・スポールのホットハッチ史において「自然吸気時代の到達点」という位置づけになります。先代の172/182が築いた「軽くて楽しい」という評価軸を引き継ぎながら、シャシー剛性や安全性を現代水準に引き上げた。その代償として重量は増えましたが、エンジンの気持ちよさと足回りの完成度で帳尻を合わせた車です。
後継のルーテシア4 RSはターボ化とデュアルクラッチの採用で、速さの次元を一段上げました。しかし「回して楽しい」という原始的な快感においては、RF4Cの方が上だと感じる人が少なくありません。これは懐古趣味ではなく、エンジン特性の物理的な違いから来る、構造的な差です。
ルーテシア3 RSは、ホットハッチが「速い小型車」から「精密に仕立てられたドライビングマシン」へと進化する過程の、ちょうど転換点にいた車でした。自然吸気の回転フィールとマニュアルシフトの手応え、そしてカップシャシーの正直な挙動。それらが一台に揃っていたという事実が、この車の存在意義そのものです。

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