BRZ – ZC6【スバルが自分の名前で出した、トヨタとの共作FR】

スバルがFR車を出す。

2012年当時、この一報だけで驚いた人は少なくなかったはずです。AWDの会社が、なぜ後輪駆動のスポーツカーを作るのか。しかもトヨタとの共同開発で。BRZ(ZC6)の話は、スペックの前にまずこの「なぜ」から始める必要があります。

スバルがFRを作った理由

スバルといえば水平対向エンジンとシンメトリカルAWD。レガシィもインプレッサもフォレスターも、基本的にはこの組み合わせで成り立ってきたブランドです。FRスポーツカーなんて、少なくとも2000年代のスバルのラインナップにはまったく存在しませんでした。

話の起点はトヨタ側にあります。トヨタの豊田章男社長(当時)が「手の届くFRスポーツカーをもう一度作りたい」という強い意志を持っていたことは広く知られています。ただ、トヨタには小排気量のFR向けエンジンを新規開発する余裕も、専用プラットフォームをゼロから起こす合理性もなかった。

そこで白羽の矢が立ったのがスバルの水平対向エンジンです。全高が低く、重心を下げやすいこのエンジン形式は、FR車のフロントに収めたとき理想的なパッケージを生む可能性がありました。2005年にトヨタがスバル(当時は富士重工業)に出資して以降、両社の関係は深まっていた。その延長線上で、この共同開発プロジェクトが動き出します。

「低重心」を設計思想の中心に据えた

BRZの開発で一貫していたのは、「とにかく重心を下げる」という設計思想です。水平対向エンジンのFA20型は、ボクサーエンジンとしての低さをさらに活かすため、ドライサンプではなくウェットサンプながらもオイルパンの形状を工夫し、エンジン搭載位置を可能な限り低く、後方に配置しました。

結果として実現した重心高は約460mm。これは当時の同クラスのスポーツカーと比べてもかなり低い数値です。数字だけ見てもピンとこないかもしれませんが、ロードスターやシルビアといった歴代の軽量FRと比較しても明確に低い。この「低重心」は単なるカタログ上の売り文句ではなく、実際の走行フィールに直結する設計判断でした。

エンジンそのものも注目に値します。FA20型は排気量1,998cc、自然吸気の水平対向4気筒。トヨタのD-4S(直噴+ポート噴射の併用システム)を組み合わせることで、200馬力・20.9kgf·mというスペックを実現しています。数字だけ見ると控えめに映りますが、車両重量が約1,230kgに抑えられているため、パワーウェイトレシオは十分に実用的です。

ターボではなく自然吸気を選んだのも意図的です。開発陣は「アクセル操作に対してリニアに反応するエンジン特性」を重視しました。ドライバーの操作と車の挙動が直結する感覚。それがBRZの走りの核心であり、大パワーで押し切るタイプのスポーツカーとは明確に異なる方向性です。

86との違いはどこにあったのか

BRZを語るうえで避けて通れないのが、トヨタ 86(ZN6)との関係です。プラットフォーム、エンジン、基本骨格は共通。生産もスバルの群馬製作所が担当しています。では何が違うのか。

端的に言えば、味付けの方向性です。サスペンションのセッティングが異なり、BRZはやや硬め、安定志向寄りに仕上げられていました。トヨタ 86がテールを流す楽しさ、つまりドリフト的な挙動の許容を意識していたのに対し、BRZはグリップ走行時の安心感や正確さを重視する傾向がありました。

もっとも、この違いは年式やグレードによっても変化しており、「86は遊べる、BRZは真面目」という単純な図式で片づけるのは少し乱暴です。ただ、開発に携わったスバルのエンジニアが「スバルとしての走りの質を担保したかった」と語っていたように、同じ車体でもブランドとしての矜持の出し方が異なっていたのは確かです。

外観の差異はフロントバンパーやグリルのデザインが中心で、ボディシルエットはほぼ共通。インテリアも大きくは変わりません。それでも、スバルのエンブレムがついたFRスポーツカーという事実そのものが、BRZの独自性を形作っていました。

市場での立ち位置と評価

2012年の発売当初、BRZと86は大きな話題を呼びました。手頃な価格帯の新車FRスポーツカーが、国産メーカーからほぼ絶滅していた時代です。シルビアは2002年に生産終了、MR-Sも2007年に消えていた。ロードスターは健在でしたが、クーペボディの選択肢はほとんどなかった。

BRZの新車価格は約205万円から。2リッター自然吸気のFRクーペがこの価格帯で買えるというのは、当時としてもかなり戦略的な設定でした。トヨタとの共同開発によるコスト分担がなければ、この価格は実現しなかったでしょう。

一方で、発売後しばらくすると「もう少しパワーが欲しい」「トルクの谷が気になる」という声も出てきます。特に2,000〜4,000rpm付近のトルク感の薄さは、街乗りでの扱いやすさという点で課題とされました。スバル自身もこれを認識しており、2016年のマイナーチェンジ(通称D型以降)ではエンジンの吸排気系を見直し、中回転域のトルク特性を改善しています。

足回りについても年次改良のたびにダンパーやスプリングのセッティングが見直され、後期型になるほど乗り味の洗練度が増していきました。初代BRZは「完成品として出てきた」というより、「年次改良で育てられた車」という側面が強いモデルです。

スバルにとってのBRZという存在

販売台数だけを見れば、BRZはスバルの屋台骨を支えるような車ではありません。主力はあくまでフォレスターやレヴォーグ、アウトバックといったAWDモデルです。それでもBRZがラインナップに存在する意味は、数字以上に大きかったと言えます。

まず、スバルというブランドに「走りの会社」というイメージを維持させる役割。WRX STIと並んで、BRZはスバルのスポーツイメージを支えるアイコンでした。しかもWRXがAWDターボという従来路線の延長であるのに対し、BRZはFR・NAという全く異なるアプローチ。スバルの引き出しの広さを示す存在でもあったわけです。

さらに、トヨタとの協業関係を象徴するモデルでもありました。資本関係を超えて、実際にひとつの車を一緒に作り上げたという事実。これはその後の両社の関係、ひいては次世代BRZ/GR86の開発にもつながっていきます。

そしてもうひとつ。水平対向エンジンがFRレイアウトで使えることを、量産車として証明した意義です。スバルの水平対向は長らくAWDとセットで語られてきましたが、BRZはその固定観念を崩しました。低重心というボクサーエンジンの本質的な強みを、最もわかりやすい形で引き出したのがこの車だったとも言えます。

初代が残したもの

ZC6型BRZは2012年から2020年まで、約8年間にわたって販売されました。その間に大きなフルモデルチェンジはなく、年次改良を重ねながら熟成されていった一台です。

2021年に登場した2代目BRZ(ZD8)は、排気量を2.4リッターに拡大し、初代で指摘されたトルク不足を正面から解消してきました。プラットフォームも刷新され、ボディ剛性は大幅に向上。初代で積み残した課題を、きちんと次で回収した格好です。

ただ、初代BRZが持っていた「軽さゆえの軽快感」や「荒削りだけど素性のよさが伝わる走り」は、初代ならではの味わいとして評価する声も根強くあります。完成度では2代目が上でも、原石としての魅力は初代にある。そういう見方をする人は少なくありません。

ZC6型BRZは、スバルが自社の名前でFRスポーツを世に出すという、ブランド史上でも異例の挑戦でした。トヨタとの共同開発という枠組みの中で、それでもスバルらしさを刻もうとした一台。

その意味では、技術的な成果物であると同時に、スバルの意地の結晶でもあったのだと思います。

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