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  • BRZ – ZC6【スバルが自分の名前で出した、トヨタとの共作FR】

    BRZ – ZC6【スバルが自分の名前で出した、トヨタとの共作FR】

    スバルがFR車を出す。

    2012年当時、この一報だけで驚いた人は少なくなかったはずです。AWDの会社が、なぜ後輪駆動のスポーツカーを作るのか。しかもトヨタとの共同開発で。BRZ(ZC6)の話は、スペックの前にまずこの「なぜ」から始める必要があります。

    スバルがFRを作った理由

    スバルといえば水平対向エンジンとシンメトリカルAWD。レガシィもインプレッサもフォレスターも、基本的にはこの組み合わせで成り立ってきたブランドです。FRスポーツカーなんて、少なくとも2000年代のスバルのラインナップにはまったく存在しませんでした。

    話の起点はトヨタ側にあります。トヨタの豊田章男社長(当時)が「手の届くFRスポーツカーをもう一度作りたい」という強い意志を持っていたことは広く知られています。ただ、トヨタには小排気量のFR向けエンジンを新規開発する余裕も、専用プラットフォームをゼロから起こす合理性もなかった。

    そこで白羽の矢が立ったのがスバルの水平対向エンジンです。全高が低く、重心を下げやすいこのエンジン形式は、FR車のフロントに収めたとき理想的なパッケージを生む可能性がありました。2005年にトヨタがスバル(当時は富士重工業)に出資して以降、両社の関係は深まっていた。その延長線上で、この共同開発プロジェクトが動き出します。

    「低重心」を設計思想の中心に据えた

    BRZの開発で一貫していたのは、「とにかく重心を下げる」という設計思想です。水平対向エンジンのFA20型は、ボクサーエンジンとしての低さをさらに活かすため、ドライサンプではなくウェットサンプながらもオイルパンの形状を工夫し、エンジン搭載位置を可能な限り低く、後方に配置しました。

    結果として実現した重心高は約460mm。これは当時の同クラスのスポーツカーと比べてもかなり低い数値です。数字だけ見てもピンとこないかもしれませんが、ロードスターやシルビアといった歴代の軽量FRと比較しても明確に低い。この「低重心」は単なるカタログ上の売り文句ではなく、実際の走行フィールに直結する設計判断でした。

    エンジンそのものも注目に値します。FA20型は排気量1,998cc、自然吸気の水平対向4気筒。トヨタのD-4S(直噴+ポート噴射の併用システム)を組み合わせることで、200馬力・20.9kgf·mというスペックを実現しています。数字だけ見ると控えめに映りますが、車両重量が約1,230kgに抑えられているため、パワーウェイトレシオは十分に実用的です。

    ターボではなく自然吸気を選んだのも意図的です。開発陣は「アクセル操作に対してリニアに反応するエンジン特性」を重視しました。ドライバーの操作と車の挙動が直結する感覚。それがBRZの走りの核心であり、大パワーで押し切るタイプのスポーツカーとは明確に異なる方向性です。

    86との違いはどこにあったのか

    BRZを語るうえで避けて通れないのが、トヨタ 86(ZN6)との関係です。プラットフォーム、エンジン、基本骨格は共通。生産もスバルの群馬製作所が担当しています。では何が違うのか。

    端的に言えば、味付けの方向性です。サスペンションのセッティングが異なり、BRZはやや硬め、安定志向寄りに仕上げられていました。トヨタ 86がテールを流す楽しさ、つまりドリフト的な挙動の許容を意識していたのに対し、BRZはグリップ走行時の安心感や正確さを重視する傾向がありました。

    もっとも、この違いは年式やグレードによっても変化しており、「86は遊べる、BRZは真面目」という単純な図式で片づけるのは少し乱暴です。ただ、開発に携わったスバルのエンジニアが「スバルとしての走りの質を担保したかった」と語っていたように、同じ車体でもブランドとしての矜持の出し方が異なっていたのは確かです。

    外観の差異はフロントバンパーやグリルのデザインが中心で、ボディシルエットはほぼ共通。インテリアも大きくは変わりません。それでも、スバルのエンブレムがついたFRスポーツカーという事実そのものが、BRZの独自性を形作っていました。

    市場での立ち位置と評価

    2012年の発売当初、BRZと86は大きな話題を呼びました。手頃な価格帯の新車FRスポーツカーが、国産メーカーからほぼ絶滅していた時代です。シルビアは2002年に生産終了、MR-Sも2007年に消えていた。ロードスターは健在でしたが、クーペボディの選択肢はほとんどなかった。

    BRZの新車価格は約205万円から。2リッター自然吸気のFRクーペがこの価格帯で買えるというのは、当時としてもかなり戦略的な設定でした。トヨタとの共同開発によるコスト分担がなければ、この価格は実現しなかったでしょう。

    一方で、発売後しばらくすると「もう少しパワーが欲しい」「トルクの谷が気になる」という声も出てきます。特に2,000〜4,000rpm付近のトルク感の薄さは、街乗りでの扱いやすさという点で課題とされました。スバル自身もこれを認識しており、2016年のマイナーチェンジ(通称D型以降)ではエンジンの吸排気系を見直し、中回転域のトルク特性を改善しています。

    足回りについても年次改良のたびにダンパーやスプリングのセッティングが見直され、後期型になるほど乗り味の洗練度が増していきました。初代BRZは「完成品として出てきた」というより、「年次改良で育てられた車」という側面が強いモデルです。

    スバルにとってのBRZという存在

    販売台数だけを見れば、BRZはスバルの屋台骨を支えるような車ではありません。主力はあくまでフォレスターやレヴォーグ、アウトバックといったAWDモデルです。それでもBRZがラインナップに存在する意味は、数字以上に大きかったと言えます。

    まず、スバルというブランドに「走りの会社」というイメージを維持させる役割。WRX STIと並んで、BRZはスバルのスポーツイメージを支えるアイコンでした。しかもWRXがAWDターボという従来路線の延長であるのに対し、BRZはFR・NAという全く異なるアプローチ。スバルの引き出しの広さを示す存在でもあったわけです。

    さらに、トヨタとの協業関係を象徴するモデルでもありました。資本関係を超えて、実際にひとつの車を一緒に作り上げたという事実。これはその後の両社の関係、ひいては次世代BRZ/GR86の開発にもつながっていきます。

    そしてもうひとつ。水平対向エンジンがFRレイアウトで使えることを、量産車として証明した意義です。スバルの水平対向は長らくAWDとセットで語られてきましたが、BRZはその固定観念を崩しました。低重心というボクサーエンジンの本質的な強みを、最もわかりやすい形で引き出したのがこの車だったとも言えます。

    初代が残したもの

    ZC6型BRZは2012年から2020年まで、約8年間にわたって販売されました。その間に大きなフルモデルチェンジはなく、年次改良を重ねながら熟成されていった一台です。

    2021年に登場した2代目BRZ(ZD8)は、排気量を2.4リッターに拡大し、初代で指摘されたトルク不足を正面から解消してきました。プラットフォームも刷新され、ボディ剛性は大幅に向上。初代で積み残した課題を、きちんと次で回収した格好です。

    ただ、初代BRZが持っていた「軽さゆえの軽快感」や「荒削りだけど素性のよさが伝わる走り」は、初代ならではの味わいとして評価する声も根強くあります。完成度では2代目が上でも、原石としての魅力は初代にある。そういう見方をする人は少なくありません。

    ZC6型BRZは、スバルが自社の名前でFRスポーツを世に出すという、ブランド史上でも異例の挑戦でした。トヨタとの共同開発という枠組みの中で、それでもスバルらしさを刻もうとした一台。

    その意味では、技術的な成果物であると同時に、スバルの意地の結晶でもあったのだと思います。

  • BRZ – ZD8【AWDの会社が育てた、FRスポーツのもう一つの正解】

    BRZ – ZD8【AWDの会社が育てた、FRスポーツのもう一つの正解】

    二代目BRZは、初代と同じくトヨタとの共同開発車です。でも、初代と同じ意味で「兄弟車」と呼んでいいかというと、ちょっと違います。ZD8型のBRZには、スバルが「次はもっと自分たちの色を出す」と決めた痕跡がはっきり残っています。

    初代が残した宿題

    2012年に登場した初代BRZ(ZC6)は、スバルにとって異例の一台でした。水平対向エンジンは自社製ですが、駆動方式はFR。スバルのアイデンティティであるAWDを捨てたクルマを、自分たちのブランドで売る。これは社内でも相当な議論があったと言われています。

    結果として初代は一定の成功を収めました。ただ、評価の中には「トヨタ86との違いがわかりにくい」という声が常につきまといました。味付けの差はあるものの、外から見れば同じクルマのバッジ違い。スバルとしては、もう少し独自の立ち位置がほしかったはずです。

    もうひとつの宿題は、パワーです。初代のFA20型エンジンは自然吸気で200馬力。軽さと回る楽しさを重視した設計でしたが、「もう少しトルクがほしい」という声は発売直後から根強くありました。とくに中間加速の薄さは、サーキットでもストリートでも指摘され続けた弱点です。

    FA24型への換装が意味すること

    2021年に発表されたZD8型の最大の変更点は、エンジンです。排気量が2.0Lから2.4Lへ拡大され、FA24型に換装されました。最高出力は235馬力、最大トルクは250Nm。数字だけ見れば劇的な変化ではありませんが、トルクの出方がまるで違います

    FA24型はもともとスバルの北米向けモデルに搭載されていたユニットをベースにしています。つまり、まったくの新設計ではなく、既存の資産を活用した現実的な選択です。ただし、BRZ用にはかなり手が入っています。直噴化の最適化、吸排気系の専用チューニング、レスポンス重視のセッティング。排気量アップによるトルク増を、単に「速くなった」ではなく「扱いやすくなった」方向に振っているのがポイントです。

    初代で不満の多かった2000〜4000回転あたりの谷間が埋まったことで、日常域での運転が格段に楽になりました。これはスポーツカーとしての性能向上であると同時に、「毎日乗れるスポーツカー」という商品企画上の要請に応えた結果でもあります。

    プラットフォームは刷新、でもFRは変えない

    ZD8はスバルのSGP(スバル・グローバル・プラットフォーム)をベースにしています。ただし、インプレッサやレヴォーグに使われるSGPそのままではありません。FRレイアウトに合わせて大幅に改修された専用仕様です。

    フロントのボディ横曲げ剛性は初代比で約60%向上、ねじり剛性も約50%向上したとスバルは発表しています。数字だけ聞いてもピンとこないかもしれませんが、要するに「ボディがしっかりしたぶん、サスペンションがちゃんと仕事できるようになった」ということです。

    初代BRZは軽さが武器でしたが、剛性面ではやや物足りないという評価もありました。ZD8は車重が約20kg増えていますが、それ以上にボディ剛性の向上幅が大きい。結果として、ステアリングの正確さやコーナリング時の安定感は明確に進化しています。

    重心高は初代と同じく極めて低い水準を維持しています。水平対向エンジンをFRレイアウトで低く搭載するという基本構成は変わっていません。ここは「変えなかった」のではなく、「変える必要がなかった」と見るべきでしょう。初代で確立した物理的な強みは、そのまま二代目の土台になっています。

    GR86との距離感

    二代目でも兄弟車であるトヨタGR86は存在します。エンジンもプラットフォームも共有している以上、「中身は同じでしょ?」と思われがちです。実際、ハードウェアの共通度は高い。でも、ZD8ではスバル側の味付けがより明確になりました。

    わかりやすいのはサスペンションのセッティングです。BRZはGR86に比べて、リアの動きをやや穏やかに抑える方向で仕上げられています。GR86が「積極的にリアを流して楽しむ」方向だとすれば、BRZは「安定感の中でコントロールする」方向。どちらが正解というわけではありませんが、同じ素材から違う料理を作ろうとしている意志は明確です。

    スバルの開発陣は、ZD8の開発にあたって「安心して限界を探れるクルマ」という表現を使っています。これは初代の「とにかく軽くて楽しい」とは少し違うニュアンスです。速さよりも信頼感、刺激よりも懐の深さ。スバルが考える「運転の楽しさ」の定義が、二代目でより具体的になったと言えます。

    スバルにとってのFRスポーツという矛盾

    そもそもスバルがFRスポーツカーを作ること自体が、ブランドの文脈からすると異質です。スバルといえば水平対向エンジンとシンメトリカルAWD。その両輪で走ってきたメーカーが、片方を捨てたクルマを看板商品のひとつにしている。この矛盾は、初代から二代目になっても解消されていません。

    ただ、矛盾を抱えたまま続けていること自体に意味があります。BRZがなければ、スバルのラインナップは実用車とSUVだけになります。WRX STIが生産終了した現在、スバルの「走り」を体現する市販車はBRZだけです。

    トヨタとの協業がなければ、この価格帯のスポーツカーをスバル単独で開発・生産し続けるのは難しかったでしょう。共同開発だからこそ成立するビジネスモデルの中で、それでも自社の色を出そうとしている。ZD8はその努力の結晶です。

    二代目が証明したこと

    ZD8型BRZは、初代の成功と反省の両方を正直に受け止めたクルマです。パワーの不足は排気量拡大で解決し、ボディ剛性は新プラットフォームで底上げし、兄弟車との差別化はセッティングの哲学で表現した。どれも派手な飛び道具ではなく、正攻法の積み重ねです。

    電動化が進む時代に、自然吸気の水平対向エンジンを積んだFRスポーツカーがどこまで続くのかはわかりません。次の世代があるかどうかも、正直なところ不透明です。

    だからこそ、ZD8は「今できる最善をやった世代」として記憶される可能性が高い。初代が「こんなクルマが作れるんだ」という驚きだったとすれば、二代目は「こういうクルマをちゃんと作り続けられるんだ」という信頼です。

    スバルにとってBRZは異端児かもしれませんが、異端児が二代続いたら、それはもう系譜です

  • WRX STI(VAB)の中古車ガイド【最後のEJ20を手に入れるなら、覚悟と知識はセットで】

    EJ20という名機の最終章を飾った4ドアスポーツセダン、WRX STI(VAB型)。

    2014年の登場から2019年末の受注終了まで、年次改良を重ねながら熟成されたこの車は、もう二度と新車では手に入りません。

    中古相場は高止まりし、限定車に至っては新車価格を大きく超えるプレミアがついています。

    ただ、相場が高いということは、買ったあとに「こんなはずじゃなかった」と思いたくない車でもあるということです。

    この記事では、VABを中古で狙うときに知っておくべき弱点と、逆に安心できるポイントを整理しましょう。

    まず注意すべきは「前オーナーの使い方」

    VABの中古車選びで最初に考えるべきことは、機械の弱点よりも前に「この個体がどう使われてきたか」です。WRX STIという車の性格上、サーキット走行やチューニングを経験した個体が少なくありません。それ自体は悪いことではありませんが、中古で買う側にとっては大きなリスク要因になります。

    たとえばマフラーやエアクリーナー、ECUチューンなどが施された車両は、車検対応の問題だけでなく、純正部品に戻そうとしたときにノーマルパーツが手に入らないケースがあります。WRX STIはスポーツカーの中でも人気が高く、中古の純正部品すら見つからないことが珍しくありません。

    改造車を避けたいなら、まずは外観とエンジンルームをじっくり確認することです。社外パーツの有無だけでなく、取り付け痕や配線の処理が雑でないかもチェックポイントになります。ノーマル戻しされていても、ボルトの傷やクリップの欠損から手が入った形跡がわかることもあります。

    VAB固有の弱点と、地味に嫌な不具合

    まず知っておきたいのが、TGV(タンブルジェネレーターバルブ)の固着です。これは吸気側に付いているバルブで、内部が固着するとエンジンチェックランプが点灯し、SI-Driveの切り替えができなくなります。体感的にはエンジンが吹けなくなる場合と、ほぼ無症状の場合があり、症状が二極化するのが厄介なところです。

    走行不能にはなりにくいものの、警告灯が点いたままでは精神衛生上よくないですし、放置すれば車検にも影響します。修理自体はバルブ交換で済みますが、水平対向エンジンの奥まった位置にあるため工賃はそれなりにかかります。

    次に、パージバルブの不具合。高回転・高ブースト時に笛のような甲高い音が鳴る症状で、VABでは比較的よく報告されています。走行距離1万km台でも発生した例があり、対策品への交換で解消されます。

    ディーラーで無償対応されたケースもありますが、中古で購入した場合は保証の範囲次第です。音自体は走行性能に直結しないものの、高いお金を出して買った車から変な笛が鳴るのは、率直に言って萎えます。

    クラッチのレリーズベアリングからの異音も、距離を重ねたVABでは避けて通れない話題です。走行して暖まってくるとクラッチペダルを踏んだときにキュルキュル、ギシギシといった音が出始めます。グリス切れや劣化が原因で、根本的に直すにはミッションを降ろしてベアリングを交換する必要があります。

    この作業は工賃だけでもかなりの額になるため、もしバックランプスイッチのリコール(ミッション周辺の作業を伴う)がまだ未実施の個体であれば、同時に依頼することで工賃を節約できる可能性があります。純正クラッチの寿命自体は、街乗り中心なら10万km程度は持つとされていますが、ベアリングの異音はそれより早く出ることがあります。

    パワーステアリングまわりの異音も、VABオーナーの間ではよく話題になります。ハンドルを切った状態で段差を越えたときに「カタカタ」「コトコト」という音がステアリングから伝わってくる症状です。パワステフルードの流れに起因するもので、フルード交換で多少改善するケースもありますが、完全には消えないことが多いようです。

    走行性能への影響はほぼありませんが、400万円超の車で段差のたびにカタカタ鳴るのは、気になる人にはかなり気になります。試乗時にコンビニの出入り口や駐車場の段差を意識的に通過して確認するのがおすすめです。

    内装のきしみ音・ビビリ音も、VABでは宿命的に出やすい症状です。特にType Sのビルシュタイン足は硬めのセッティングなので、荒れた路面でセンターコンソールやナビ周辺からプラスチック同士がこすれるような音が出ます。カップホルダーのシャッター機構や、SIドライブスイッチ周辺が音源になっていることが多く、スポンジテープを貼るなどの対策で軽減はできますが、根本的には足回りの硬さに起因するため完全解消は難しいです。

    後期型(D型以降)特有の話として、ヘッドライトのベゼル部分のメタリック塗装が浮いてくる不具合があります。熱の影響と推測されていますが、D型オーナーの間ではかなり高い頻度で報告されており、ディーラーでサービス対応(対策品交換)の対象になっています。見た目に直結する部分なので、後期型を検討する場合は現車でヘッドライト周辺をよく確認してください。

    前期型(A〜C型)では、フロントバンパーのフェンダー側端部の塗装欠けが初期ロットで複数報告されています。対策品に交換しても再発するケースがあったとのことで、塗装の密着性に起因する問題だったようです。致命的ではありませんが、中古車の第一印象を左右する部分なので、バンパーの端を注意深く見ておく価値はあります。

    もうひとつ、後期型のECU制御に関する注意点があります。吸気温度が極端に高くなると、エンジン保護のために点火時期が大幅に遅角され、トルクが急激に落ちてエンストに至ることがあります。エアコン使用中に急勾配の坂を登るような高負荷時に起きやすく、リコール対象にもなっています。街乗り中心なら遭遇する確率は低いですが、夏場の山道やサーキット走行を考えている人は頭に入れておくべきポイントです。

    逆にここは強い——エンジンとミッションの信頼性

    弱点ばかり並べましたが、VABの核心部分は驚くほど頑丈です。まずEJ20エンジン。1989年の初代レガシィから30年以上にわたって作り続けられたこのエンジンは、VABの時代には品質が非常に高いレベルに達していました。個体差のバラつきや熱ダレによる出力低下も、歴代モデルと比較して大幅に改善されています。

    ノーマルの状態で適切にオイル管理をしていれば、エンジン本体が壊れるリスクは低いと考えてよいでしょう。もちろん水平対向エンジンの構造上、オイル管理の重要性は直列エンジンより高いですが、それは「弱い」のではなく「手をかける必要がある」という話です。

    TY85型の6速マニュアルトランスミッションも、VABの安心材料のひとつです。競技ベースとして長年使われてきた実績があり、壊れにくさには定評があります。VABではシフトフィーリングも改善され、ニュートラルへの戻りに節度感が加わるなど、日常の操作感も上質になっています。

    ボディ剛性の高さも特筆すべき点です。先代(GVB型)と比較して、ねじり剛性は40%以上、曲げ剛性は30%以上向上しています。ただ硬いだけでなく、路面からの入力を車体全体でいなすような設計思想が取り入れられており、サスペンションが底突きしてもボディが衝撃を吸収する感覚があります。この剛性感は経年でも大きく劣化しにくく、高走行の個体でもしっかり感が残っているケースが多いです。

    リセールバリューの高さも、ある意味では「強い部位」と言えます。WRX STIは中古相場が高値安定しており、仮に数年乗って手放すことになっても、大きく値崩れする可能性は低いです。買うときは高いですが、売るときにも高い。この点は、維持費を含めたトータルコストを考える際に安心材料になります。

    現車確認で見るべきポイント

    まず最優先は、改造の有無と程度です。マフラー、エアクリーナー、ブーストコントローラー、車高調、ECUチューンなど、手が入りやすい箇所を一通り確認します。ノーマル戻しされている場合でも、ボルトやクリップの状態から判断できることがあります。

    エンジンをかけたら、アイドリング時の回転数の安定性を見てください。VABではアイドリングのハンチング(回転数が上下する)が仕様として出ることがありますが、極端に不安定な場合はTGVやセンサー系の不具合の可能性があります。SI-Driveの切り替えが正常に動作するかも確認しておきましょう。

    試乗では、クラッチペダルの感触に注意してください。冷間時は正常でも、10〜15分走って暖まってきたときに異音や引っかかりが出ないか。ペダルを踏み込んだときのザラつきや、キュルキュルという音がないかを意識して確認します。

    ハンドルを切りながら段差を越えるシチュエーションも意図的に作ってみてください。パワステ系の異音があるかどうかは、駐車場の出入りで判断できます。あわせて、走行中の内装からのきしみ音もチェック対象です。荒れた路面を少し走れば、センターコンソール周辺の音の出方がわかります。

    外装では、フロントバンパーの端部、ヘッドライトのベゼル周辺の塗装状態を重点的に見てください。後期型ならヘッドライトの塗装浮き、前期型ならバンパー端の塗装欠けが出やすいポイントです。ボンネットのエアインテーク周辺の隙間にも塗装剥がれが出ることがあるので、上からだけでなく横からも覗き込んでみてください。

    前期と後期、どちらを選ぶか

    VABは、アプライドA〜C型を「前期」、D〜F型を「後期」と大きく二分して考えるのがシンプルです。歴代WRXのように年次改良で激変するタイプではなく、前期か後期かでほぼ仕様が決まります。

    後期型は、フロントブレーキがモノブロック対向6ポットに強化され、制動力とキャリパーの耐久性が大幅に向上しています。サスペンションもしなやか方向に修正され、DCCDは完全電子制御化。フロントビューモニターやステアリング連動ヘッドランプなど、装備面も充実しています。

    一方、前期型はDCCDに機械式LSDを残しており、駆動の拘束感がより強い「昔ながらのAWDスポーツ」の味が濃いです。足回りも後期より硬めで、好みが分かれるところです。価格差も無視できないので、走りの方向性と予算で選ぶのが現実的でしょう。

    ベースグレードとType Sの違いも重要です。ダンパーがカヤバかビルシュタインかで乗り味はかなり異なります。Type Sのビルシュタインは引き締まった硬めの味付けで、ベースグレードのカヤバは相対的にしなやかです。流通台数はType Sの方が多いですが、硬すぎると感じるならベースグレードも検討する価値があります。

    結局、VABは中古で買いなのか

    結論から言えば、スバリストのあなたは絶対に買いです。スバリストでなくても買いです。

    EJ20エンジンと6速MTの組み合わせは、もう新車では手に入りません。2リッター水平対向ターボに6速マニュアル、センターデフ式AWD。この構成を持つ4ドアセダンは、世界的に見ても代替が効かない存在です。

    エンジンとミッションの基本的な信頼性は高く、ボディ剛性も十分。弱点として挙げた項目は、致命的なものというより「知っていれば対処できる」レベルのものがほとんどです。

    ただし、この車に手を出してよいのは、MT操作を楽しめる人であり、ハイオク指定で街乗り燃費7〜8km/Lという現実を受け入れられる人です。アイサイトもクルーズコントロールもありません。快適装備を求める人には向きません。

    逆に、「自分の手と足で車を操る感覚」に価値を感じる人にとって、VABは最高の選択肢のひとつです。相場は高いですが、リセールも高い。乗って楽しく、手放すときにも損しにくい。この構造は、中古車としてかなり健全です。

    改造歴のない、整備記録の残った個体を選べるかどうかが最大の分かれ目です。

    率直に言って、VABは「買って後悔しにくい中古スポーツカー」の筆頭格と言い切ってよいでしょう。

  • インプレッサ – GC8【WRCが育てた、スバルの戦闘機】

    インプレッサ – GC8【WRCが育てた、スバルの戦闘機】

    1990年代、日本車が世界のラリーシーンを席巻していた時代があります。

    三菱のランサーエボリューション、トヨタのセリカGT-FOUR。そしてその中心にいたのが、スバル・インプレッサWRX──型式で言えばGC8です。

    ただ、この車は最初から完成されたヒーローだったわけではありません。むしろ「勝つために変わり続けた」ことにこそ、GC8の本質があります。

    レガシィの限界から始まった

    GC8の話をするには、まずレガシィの話をしないといけません。スバルが本格的にWRC(世界ラリー選手権)へ参戦したのは1990年、初代レガシィRS(BC5)でのことでした。

    水平対向ターボと4WDという組み合わせは戦闘力がありましたが、レガシィにはひとつ明確な弱点がありました。車体が大きすぎるのです。

    ラリーカーにとってボディサイズは死活問題です。

    狭い林道を全開で駆け抜ける競技では、ホイールベースが長いほど取り回しが悪くなる。レガシィのホイールベースは2,580mm。

    当時の競合と比べても明らかに不利でした。スバルはWRCで勝つために、もっとコンパクトな車体を必要としていたのです。

    そこで1992年に登場したのがインプレッサ、つまりGC型です。

    ホイールベースは2,520mmに短縮され、車両重量もレガシィより軽い。要するにインプレッサとは、スバルがラリーで勝つために「レガシィを小さくした」車だった、と言ってもいい。

    もちろん市販車としてのファミリーセダン需要も狙っていましたが、WRXグレードの存在意義は最初からモータースポーツ直結でした。

    水平対向ターボ+4WDという方程式

    GC8の心臓部は、スバル伝統のEJ20型水平対向4気筒ターボエンジンです。初期型のWRXで240ps、STiバージョンでは280ps。

    当時の自主規制上限である280馬力に、STiは早い段階で到達しています。

    水平対向エンジンの最大の利点は、重心の低さです。シリンダーが左右に寝ているぶん、エンジン全高が低くなる。これは直列4気筒を縦置きする他メーカーのレイアウトに対して、物理的に有利なポイントでした。

    ラリーのように路面がめまぐるしく変わる環境では、低重心がもたらす安定性は数字以上の意味を持ちます。

    駆動方式はフルタイム4WD。GC8のSTiグレードにはドライバーズコントロールセンターデフ(DCCD)が搭載され、前後のトルク配分をドライバーが手動で調整できました。

    これはラリーでのセッティング自由度を高めるための装備であり、市販車にこれを載せてくるあたりに、スバルの本気が見えます。

    WRCでの戦績が、市販車を変えた

    GC8ベースのインプレッサ555がWRCに本格参戦したのは1993年。そしてわずか2年後の1995年、コリン・マクレーのドライブでスバルはマニュファクチャラーズタイトルを獲得します。マクレーはドライバーズタイトルも手にし、スバルは一躍ラリー界の主役に躍り出ました。

    1996年、1997年にもマニュファクチャラーズタイトルを連覇。この3連覇が、GC8の市販車としてのブランド価値を決定的にしました。「WRCで勝っている車が買える」というストーリーは、スバルのマーケティングにとって何よりも強力な武器だったのです。

    そして重要なのは、WRCでの知見が市販車にフィードバックされ続けたという事実です。GC8は1992年の登場から2000年の生産終了まで、実に細かくアップデートを重ねています。

    A型からG型まで、年次改良のたびにエンジン、サスペンション、ボディ補強、制御系が見直されました。型式は同じGC8でも、初期型と最終型ではほとんど別の車と言っていいほど中身が違います。

    年次改良という名の進化圧

    GC8の年次改良は、単なるマイナーチェンジとは質が違いました。たとえばC型(1994年)ではSTiバージョンIIが登場し、ブレーキやサスペンションが大幅に強化されています。D型(1996年)のSTiバージョンIIIではエンジンの吸排気系が見直され、レスポンスが向上しました。

    1997年のE型ではいわゆる「丸目前の最終形態」とも言える完成度に達し、STiバージョンIVはクロスミッションや等長エキマニこそまだでしたが、足回りのセッティングは一段と洗練されています。そして1998年のF型でフロントマスクが変更され、2ドアクーペにはいわゆる「22B」という伝説的な限定モデルも生まれました。

    22B-STiバージョンは、WRC参戦3連覇を記念した400台限定のモデルです。ワイドボディにEJ22型2.2リッターエンジンを搭載し、280psを発生。現在ではオークションで数千万円の値がつくこともある、GC8の到達点のひとつです。ただ、22Bだけが特別なのではなく、毎年の改良を積み重ねた「普通のSTi」にも同じ思想が流れていた、というのがGC8の本質的な凄みでしょう。

    ランエボという宿敵

    GC8を語るうえで、三菱ランサーエボリューションの存在は避けて通れません。ランエボもまたWRC参戦を前提に開発されたセダンであり、直列4気筒ターボ+4WDという構成はインプレッサWRXと真っ向から競合していました。

    両者の違いは、エンジンレイアウトに集約されます。スバルは水平対向の縦置き、三菱は直列4気筒の横置き(のちに縦置きも採用)。水平対向の低重心か、直列4気筒の整備性とパワーの出しやすさか。この構造的な差異が、走りの味付けにも影響していました。GC8は安定志向、ランエボは旋回性重視──大雑把に言えばそういう傾向がありました。

    まあ、どちらが上かという議論は当時も今も尽きません。ただ確かなのは、この2台が互いを意識して進化し続けたことで、日本の4WDターボセダンというジャンルが世界的に見ても異常なレベルまで鍛え上げられた、ということです。

    弱点がなかったわけではない

    GC8は名車ですが、万能だったかと言えばそうでもありません。まず、内装の質感は正直なところ厳しい。同価格帯の他メーカー車と比べても、プラスチックの質や組み付けの精度は見劣りしました。スバルの開発リソースが走行性能に集中していたことの裏返しでもあります。

    また、水平対向エンジン特有のオイル漏れやヘッドガスケットの問題は、経年車では避けて通れない持病です。EJ20は頑丈なエンジンですが、メンテナンスを怠ると痛い目を見る。これは設計上の弱点というより、構造的な特性と付き合う覚悟が要る、という話です。

    ボディ剛性についても、年次改良で補強が入り続けたこと自体が、初期型の剛性が十分でなかったことを示唆しています。ただ、これは当時のコンパクトセダンとしては標準的な水準であり、GC8だけが特別に弱かったわけではありません。

    GC8が残したもの

    2000年、インプレッサはGD型へとフルモデルチェンジします。丸目、涙目、鷹目と変遷するGD系もまたWRCで戦い続けましたが、GC8時代の「毎年確実に速くなる」という進化の密度は、やはり特別なものでした。

    GC8が確立したのは、「ラリーで勝てる4WDターボセダンを、一般ユーザーが買える価格で売る」というビジネスモデルです。STiバージョンでも新車価格は300万円台。WRCチャンピオンマシンのベース車両が、普通のサラリーマンの手に届く。この構図は、スバルというメーカーのブランドイメージを決定的に形作りました。

    現在、WRXの名前はスバルのラインナップに残っていますが、WRC参戦はすでに過去のものとなっています。それでもWRXという名前に「速さ」のイメージが宿り続けているのは、GC8時代に築かれた記憶があるからです。あの時代のスバルには、勝つための車を作り、勝った結果を車に返す、という循環がありました。GC8とは、そのサイクルがもっとも濃密に回っていた時代の結晶です。

  • WRX S4 – VBH【STIなき時代の、スバルが出した答え】

    WRX S4 – VBH【STIなき時代の、スバルが出した答え】

    WRX STIが生産終了したあと、スバルのスポーツセダンはどこへ向かうのか。

    その問いに対する現時点での回答が、2021年に登場した新型WRX S4、型式VBHです。

    先代のVAG型から数えて約7年ぶりのフルモデルチェンジ。

    ただし今回は、かつてのように「STIが本命、S4はその下」という構図ではありません。

    S4こそが、スバルのスポーツセダンそのものになった世代です。

    STIセダンが消えた時代に生まれた

    VBH型WRX S4を語るうえで避けて通れないのが、EJ20ターボ搭載のWRX STI(VAB)が2019年末で生産終了したという事実です。

    長年スバルのフラッグシップスポーツを担ってきたSTIセダンは、排ガス規制と衝突安全基準の強化により、あの形のまま存続することが難しくなりました。

    つまりVBH型S4は、「STIの代わり」ではなく、「STIが存在しない前提で設計されたスポーツセダン」です。この違いは大きい。

    先代VA系ではSTIとS4が並立していたため、S4はどうしても「CVTのほう」「大人しいほう」という位置づけで見られがちでした。

    しかし今回は、S4がスバルのスポーツセダンの頂点をひとりで担う必要があったわけです。

    2.4Lターボという選択

    VBH型の心臓部は、FA24型2.4L水平対向4気筒直噴ターボ。最高出力275PS、最大トルク375Nm。

    先代S4のFA20型(300PS)と比べると出力はわずかに下がっていますが、排気量アップによってトルクは大幅に太くなっています。ピーク値だけでなく、低中回転域の扱いやすさが明確に変わりました。

    なぜFA24なのか。これはレヴォーグやアウトバックにも搭載されるユニットで、スバルが「次世代の主力パワートレイン」として開発したエンジンです。EJ20のような高回転型の官能性よりも、日常域からしっかりトルクが出て、燃費と排ガス性能を両立できることが重視されました。時代の要請に対して、スバルなりに最大限スポーティな落としどころを探った結果がこのエンジンです。

    トランスミッションはスバルパフォーマンストランスミッション(SPT)と呼ばれるCVT。マニュアルの設定はありません。ここに不満を感じる人がいるのは当然ですが、スバルとしてはアイサイトとの統合制御を前提にした設計であり、MTを残すという選択肢はかなり早い段階で消えていたようです。ただし8段のマニュアルモード付きで、レスポンスは先代より確実に改善されています。

    SGPフルインナーフレーム構造の意味

    プラットフォームはスバルグローバルプラットフォーム(SGP)のフルインナーフレーム構造。これはレヴォーグ(VN5)で初採用された手法で、ボディの接合工程を見直すことでねじり剛性を大幅に向上させたものです。

    具体的には、骨格をすべて組み上げてから外板パネルを被せるという工程に変更しています。従来はパネルを先に組み付けてから補強するため、構造体としての一体感に限界がありました。フルインナーフレーム化により、同じ車重でもボディ剛性が段違いに上がっています。

    これがなぜ重要かというと、サスペンションの仕事が正確になるからです。ボディがたわまなければ、ダンパーやスプリングが設計通りに動く。結果として、乗り心地とハンドリングの両立がしやすくなる。VBH型S4の走りの評価が高いのは、エンジンやAWDの話だけではなく、この器の進化が大きく効いています。

    アイサイトXとの統合

    VBH型S4は、スバルのスポーツセダンとしては初めてアイサイトXを全車標準装備しました。高精度マップとGPS、準天頂衛星の情報を使った高度運転支援機能です。渋滞時のハンズオフ走行や、カーブ前の減速制御などが含まれます。

    スポーツモデルに先進安全装備をフル装備するというのは、一見すると矛盾しているように思えるかもしれません。しかしスバルの考え方は明確で、「速さと安全は対立しない」という立場を取っています。むしろ日常の移動でストレスを減らすことで、走りを楽しむ場面に集中できるようにするという発想です。

    実際、アイサイトXの制御はかなり自然で、スポーツ走行を邪魔するような介入はほとんどありません。高速巡航の快適性が上がった分、長距離を走ったあとの疲労感は先代とは比較にならないほど軽減されています。

    デザインの賛否と、その裏側

    VBH型で議論を呼んだのが、あの樹脂フェンダーを含む外装デザインです。フェンダーアーチ周辺にブラックの樹脂パーツが貼られたスタイリングは、発表直後からSNSを中心に賛否が割れました。

    ただ、これには理由があります。まず歩行者保護の衝突安全基準への対応。フェンダー部の変形ストロークを確保するために、金属ではなく樹脂を使う合理性がありました。加えて、北米市場で人気のクロスオーバー的なタフさを演出する意図もあったとされています。WRXは北米がメイン市場であり、日本専用のデザインにはできないという事情があるわけです。

    好き嫌いは分かれて当然ですが、「なぜこうなったか」を知ると、単なるデザインの好みの問題ではなく、規制と市場の力学が見えてきます。

    STIスポーツRという上位グレード

    VBH型S4のラインナップで注目すべきは、最上位グレードのSTI Sport R EXです。STIがチューニングに関与した電子制御ダンパー(ZF製)を採用し、ドライブモードセレクトによってダンパー減衰力、パワステ特性、AWDトルク配分、CVT制御を統合的に切り替えられます。

    これは単にSTIのバッジを貼っただけではなく、足まわりのセッティングにSTIのノウハウが入っている点が重要です。コンフォートからスポーツ+まで、走りの幅がかなり広い。日常使いでは穏やかに、ワインディングでは引き締まった動きを見せるという二面性は、このグレードの存在意義そのものです。

    スバルのスポーツセダンが向かう先

    VBH型WRX S4は、かつてのインプレッサWRXやSTIのような「尖った武闘派」ではありません。

    CVTしかない、樹脂フェンダーがある、STIセダンは出ない。そうした事実だけを並べると、スポーツカーとしての純度は下がったように見えるかもしれません。

    しかし視点を変えれば、2020年代に水平対向ターボ+フルタイムAWDの新型スポーツセダンを出せるメーカーが、世界にどれだけあるかという話です。

    電動化の波の中で、このパッケージを新規開発して市販したこと自体が、スバルの意地であり賭けでもあります。

    VBH型S4は、「STIの代替品」として見ると物足りなさが残るかもしれません。

    でも「スバルが2020年代にスポーツセダンを続けるために、何を残し何を変えたか」という視点で見ると、このクルマの設計思想はかなり明快です。

    速さだけでなく、毎日乗れるスポーツセダンとしての完成度を上げること。

    それがVBH型の存在意義であり、スバルが出した現時点での答えなのです。

  • インプレッサ WRX STI – GRB/GVB【最後の「インプレッサ」を名乗ったSTI】

    インプレッサ WRX STI – GRB/GVB【最後の「インプレッサ」を名乗ったSTI】

    「インプレッサ WRX STI」という名前でデビューした最後の世代。そう言うと少し感傷的に聞こえますが、GRB/GVBの話はもう少し複雑です。

    ハッチバックで始まり、途中からセダンが追加され、そして次の世代では「WRX」がインプレッサから独立していく。

    つまりこの世代は、スバルのスポーツモデル戦略が大きく転換する直前に立っていた車なんです。

    ハッチバックで始まった異例のSTI

    2007年10月、3代目インプレッサ(GH系)をベースにしたWRX STIが登場しました。型式はGRB。

    ここで多くの人が驚いたのは、ボディがハッチバックだったことです。それまでのSTIといえばセダンが定番で、WRCの戦闘機というイメージと直結していました。

    5ドアハッチバックのSTIというのは、少なくとも日本市場では初めてのことです。

    背景にはいくつかの事情があります。まず、ベースとなる3代目インプレッサ自体がハッチバック中心のラインナップに移行していたこと。

    グローバル市場、とくに欧州ではハッチバックの需要が高く、スバルとしてもインプレッサの商品構成をそちらに寄せていた時期です。さらに、WRC参戦車両がハッチバックベースだったことも無関係ではありません。

    ただ、国内のSTIファンからは「セダンはどうした」という声が少なからず上がりました。この反応が、後のGVB追加に繋がっていくことになります。

    EJ20の最終進化形という意味

    GRBに搭載されたエンジンは、EJ20型 2.0L水平対向4気筒ターボ。最高出力308ps、最大トルク43.0kgf·mというスペックは、先代GDB後期のスペックCなどと数値上は大きく変わりません。

    しかし中身はかなり手が入っています。

    ツインスクロールターボの採用による低回転域からのレスポンス改善、等長エキゾーストマニホールドの継続採用、そしてSI-DRIVEによる3モードの出力特性切り替え。とくにSI-DRIVEは、インテリジェント/スポーツ/スポーツシャープの3段階で、同じエンジンをまったく違うキャラクターに変える仕組みです。これは単なる電子制御の追加ではなく、「STIを日常でも使いたい」というユーザー層の広がりに対する回答でした。

    EJ20というエンジン自体は1989年の初代レガシィから続く設計で、この時点ですでに約20年選手です。それでもスバルがこのエンジンを使い続けた理由は、水平対向の低重心という物理的メリットと、長年の熟成で得られた信頼性・チューニングの幅にありました。GRB/GVBは、その最終進化形に近い存在です。

    DCCDとシャシーの深化

    駆動系の核心は、やはりDCCD(ドライバーズコントロールセンターデフ)です。GRBでは電子制御と機械式の複合制御がさらに進化し、前後トルク配分を状況に応じて最適化します。マニュアルモードでドライバーが自分で配分を調整できるのも、STIならではの特徴です。

    フロントにヘリカルLSD、リアに機械式LSD(トルセンもしくはオプションで機械式)を組み合わせた四輪駆動システムは、単に「4WDだから速い」という話ではありません。コーナリング中にどの輪にどうトルクを配るかを、ドライバーの意思と車両の状態の両方から制御する。この思想は、ラリーで培われたスバルの哲学そのものです。

    シャシー面では、3代目インプレッサで刷新されたプラットフォームの恩恵が大きい。ホイールベースは先代GDBから25mm延長され2,625mmに。ボディ剛性も大幅に向上しています。結果として、先代が持っていたやや神経質な挙動が抑えられ、高速域での安定感が明確に増しました。

    GVB──セダン復活の意味

    2010年7月、待望のセダンボディが追加されました。型式はGVB。正確には「WRX STI A-Line」のセダン版が先行し、その後6速MT仕様のSTIセダンが追加されるという段階的な展開でした。

    このGVBの追加は、単にファンの声に応えただけではありません。北米市場ではセダンの需要が根強く、STIの販売ボリュームを考えると4ドアセダンの不在は商品戦略上の穴でした。また、ハッチバックのGRBはリアの剛性や重量配分の面でセダンとは異なる特性を持っており、「よりシャープなハンドリングを求めるならセダン」という棲み分けも成立しました。

    実際、GVBはGRBに対してリアまわりの剛性が高く、旋回時のリアの追従性に優れるという評価が多く聞かれます。ホイールベースやトレッドは同一ですが、ボディ形状の違いが走りの味に影響するのは、こうしたハイパフォーマンスカーでは珍しくありません。

    spec CとtS──STIがさらに磨いた特別仕様

    GRB/GVB世代でも、STI(スバルテクニカインターナショナル)によるコンプリートカーが複数設定されました。なかでも注目すべきはspec CtSです。

    spec Cは軽量化と冷却性能の強化を軸にしたグレードで、エアコンレス仕様も選択可能。ボールベアリングターボの採用でレスポンスをさらに鋭くし、サーキット志向のユーザーに向けた仕様です。一方のtSは、ビルシュタイン製ダンパーや専用チューニングの足まわりを持ち、STIが考える「公道での最適解」を形にしたモデルでした。

    こうした特別仕様の存在は、GRB/GVBが単なる量産スポーツカーではなく、STIというブランドの実験場でもあったことを示しています。ニュルブルクリンク24時間レースへの参戦車両もこの世代がベースであり、モータースポーツとの接点は途切れていませんでした。

    最後の「インプレッサSTI」が残したもの

    GRB/GVBの後、スバルは2014年に「WRX STI」をインプレッサから独立させます。型式でいえばVAB。つまりGRB/GVBは、「インプレッサ WRX STI」というひとつの系譜の最終章にあたるわけです。

    振り返ると、この世代が担った役割は意外と重い。

    ハッチバックという新しい器を試し、セダンの価値を再確認し、SI-DRIVEで日常性を広げ、DCCDの電子制御を深化させた。EJ20の熟成もここでほぼ頂点に達しています。

    派手なスペック向上こそありませんでしたが、「STIとは何か」を多角的に問い直した世代だったと言えます。

    GDB時代の荒々しさを愛するファンからすると、GRB/GVBは少し大人しくなったように映るかもしれません。

    でもそれは、スバルがSTIを「一部のマニアのための車」から「もう少し広い層に届くスポーツカー」へと再定義しようとした結果です。

    その試みが正しかったかどうかは評価が分かれますが、少なくともこの判断がなければ、WRXの独立という次のステップには進めなかったはずです。

    最後のインプレッサSTI。その肩書きは、終わりであると同時に、次の始まりへの橋渡しでもありました。

  • インプレッサ WRX STI – GDB【進化という名の宿命を背負った四駆ターボ】

    インプレッサ WRX STI – GDB【進化という名の宿命を背負った四駆ターボ】

    ひとつの型式で、これほど姿を変えた市販車はそうありません。

    GDB型インプレッサWRX STIは、2000年の登場から2007年の生産終了まで、丸目、涙目、鷹目と呼ばれる3つの顔を持ちました。

    普通なら「フルモデルチェンジ」と呼ばれるレベルの変更を、年次改良や大幅マイナーチェンジという形で繰り返したのです。

    なぜそうなったのか。

    そこにはスバルという会社の規模と、WRCという戦場の要求が深く絡んでいます。

    GC8の後継という重圧

    GDB型の前任は、GC8型インプレッサWRX STI。

    1990年代のWRCでスバルの名を世界に轟かせ、コリン・マクレーやリチャード・バーンズといったドライバーとともにマニュファクチャラーズタイトルを獲得した、あの車です。

    日本国内でも「ランエボかインプか」という二択の時代を作った立役者でした。

    つまりGDBは、最初から「名車の後継」という看板を背負っていたわけです。ただ、2000年という登場タイミングには別の事情もありました。スバルはこの世代のインプレッサを、WRCのベース車両としてだけでなく、もう少し広い層に売れるファミリーカーとしても成立させたかった。GC8時代の「速いけど狭い、硬い、うるさい」というイメージから脱却する必要があったのです。

    結果として、GDB世代のインプレッサはボディが一回り大きくなり、5ナンバー枠から3ナンバー枠へ踏み出しました。ホイールベースの延長、トレッドの拡大。居住性も走行安定性も、数値の上では確実に進化しています。ただ、初期型の丸目デザインに対して「インプレッサらしくない」という声が少なからず上がったのも事実です。

    丸目・涙目・鷹目——型式は同じ、中身は別物

    GDB型を語るうえで避けて通れないのが、この「3つの顔」の話です。2000年登場の初期型、通称「丸目」。2002年のマイナーチェンジで登場した「涙目」。そして2005年の大幅改良で生まれた「鷹目」。いずれもGDBという型式は同じですが、外装だけでなくシャシーやエンジンの制御、サスペンションのセッティングまで大きく変わっています。

    なぜ、こんなに頻繁に手を入れたのか。理由のひとつは明確で、WRCのホモロゲーションです。当時のWRC規定では、市販車をベースに競技車両を製作する必要がありました。競技で勝つために市販車を進化させ、進化した市販車をベースにさらに速い競技車両を作る。このサイクルが、GDBの年次改良を加速させたのです。

    もうひとつの理由は、率直に言えば販売面のテコ入れです。丸目デザインは、とくに日本市場での評判が芳しくなかった。GC8の精悍な顔つきに慣れたユーザーにとって、丸型ヘッドライトは「らしくない」ものに映りました。スバルとしても、早い段階でデザインの修正に動かざるを得なかったという背景があります。

    涙目への変更で市場の反応は明らかに好転し、鷹目ではさらにシャープな印象に仕上げられました。ただ、これは裏を返せば、GDBという車が常に「まだ完成していない」状態のまま走り続けていたということでもあります。完成形を目指して変わり続けるのか、未完のまま進化し続けるのか。その境界線は、じつは曖昧です。

    EJ20ターボの熟成と限界

    GDB型の心臓部は、スバルの代名詞ともいえるEJ20型水平対向4気筒ターボです。排気量は2.0リッター。GC8時代から続くこのエンジンは、GDB世代でさらに磨き込まれました。

    初期型の時点でカタログ値280馬力。当時の国内自主規制の上限に張り付いた数字ですが、実際にはトルク特性やレスポンスの改善が世代ごとに施されています。とくに2004年以降のモデルでは等長エキゾーストマニホールドが採用され、あの独特の「ドロドロ」という不等長排気音が消えました。

    この変更は、排気干渉を減らしてパワーの出方を均一にするためのもので、エンジニアリングとしては正しい進化です。ただ、あの排気音こそがスバルのアイデンティティだと感じていたファンにとっては、喪失感のある変更でもありました。技術的な正しさと情緒的な正しさが一致しないという、自動車開発ではよくあるジレンマです。

    EJ20というエンジン自体は、この時点ですでに基本設計から10年以上が経過していました。

    排気量を変えずにパワーを絞り出し続ける手法には、どうしても限界が見えてきます。冷却効率、燃費、排ガス規制への対応。GDB後期型は、EJ20ターボの「熟成の極み」であると同時に、「次の一手」が必要な時期に差しかかっていたとも言えます。

    DCCD、ブレンボ、そして足回りの思想

    GDB型STIの走りを語るうえで外せないのが、ドライバーズコントロールセンターデフ(DCCD)です。センターデフの拘束力をドライバーが手動で調整できるこの機構は、STIというグレードの象徴でした。前後のトルク配分を路面状況や走り方に合わせて変えられる。四駆であることを「ただの安定装置」ではなく「積極的に使う武器」に変える仕組みです。

    ブレーキにはブレンボ製の対向キャリパーが奢られました。これも単なるブランドの話ではなく、ターボ四駆で280馬力の車を安全に止めるために必要な装備です。

    GC8時代にもSTIバージョンではブレンボが採用されていましたが、GDBではより大径のローターと組み合わされ、制動力の余裕が増しています。

    サスペンションはフロントがストラット、リアがダブルウィッシュボーン。スバルの水平対向エンジンによる低重心と、この足回りの組み合わせが、GDB特有のコーナリングフィールを生み出していました。

    路面に吸い付くように曲がる感覚は、同時代のランサーエボリューションとは明らかに異なる味付けです。

    ランエボがAYCやACDといった電子制御で曲げる方向に進化したのに対し、STIは機械的なデフの制御と足回りの素性で勝負する。

    この対比は、当時のスポーツ四駆の最も面白い論点のひとつでした。

    ランエボとの関係、WRCからの撤退

    GDB型STIを語るのに、三菱ランサーエボリューションの存在を無視することはできません。この2台は、互いの存在が互いの進化を加速させるという、自動車史でも稀な関係にありました。どちらかが速くなれば、もう一方がすぐに追いつく。ユーザーにとっては幸福な競争であり、メーカーにとっては過酷なチキンレースでもありました。

    ただ、この時代の終わりは唐突にやってきます。スバルは2008年末をもってWRCワークス活動から撤退しました。GDB型の生産は2007年に終了し、後継のGRB型へバトンが渡されますが、WRC撤退の影響はブランド全体に及びます。「WRCで勝つために市販車を進化させる」というサイクルが断たれたことで、STIの存在意義そのものが問い直されることになったのです。

    GDB型は、そのサイクルが最も濃密に機能していた最後の世代だったと言えるかもしれません。競技のために市販車を変え、市販車の進化が競技の結果に直結する。その緊張感が、年次改良のたびに中身が別物になるという異例の開発スタイルを生みました。

    「進化し続けた」ことの意味

    GDB型インプレッサWRX STIは、完成された名車というよりも、進化し続けることそのものが本質だった車です。

    丸目から涙目へ、涙目から鷹目へ。エンジンの制御も、足回りの味付けも、外装の印象も、同じ型式とは思えないほど変わりました。

    それは、スバルという決して大きくないメーカーが、WRCという世界最高峰のフィールドで戦い続けるために選んだ方法論の結果です。

    フルモデルチェンジを待つ余裕がないから、年次改良で対応する。限られたリソースを、最も効果の出るところに集中投下する。GDBの進化の軌跡は、そのままスバルの戦い方の縮図でした。

    いま中古市場でGDB型を探すと、年式やアプライドモデルによって驚くほど評価が分かれます。

    どの「顔」が好きか、どの年式のセッティングが好みか。それは単なる好みの問題ではなく、GDBという車が一本の線ではなく幾つもの点の集合であることの証です。

    どこを切り取っても、その時点での「最善」が詰まっている。完成形がないからこそ、すべてのバージョンに意味がある。

    それがGDB型STIという車の、最も面白いところだと思います。

  • WRX STI – VAB【最後の「EJ」を積んだ、終着点のSTI】

    WRX STI – VAB【最後の「EJ」を積んだ、終着点のSTI】

    2014年に登場し、2019年末に国内販売を終了したWRX STI・VAB型。

    このクルマを語るとき、多くの人が口にするのは「最後のEJ20ターボ」という言葉です。ただ、それは単なるノスタルジーの話ではありません。

    VABは、スバルが四半世紀にわたって磨き続けたひとつの思想の、文字どおりの終着点でした。

    なぜ「最後」になったのか

    VABが特別な存在として語られる最大の理由は、EJ20型エンジンを搭載した最後のSTIだったからです。

    EJ20は1989年の初代レガシィに搭載されて以来、改良を重ねながら30年以上にわたって使われ続けた水平対向4気筒ターボエンジン。スバルの走りの象徴そのものでした。

    ただ、2014年の時点で、このエンジンはすでに設計の古さを指摘される存在でもありました。直噴化されていない、排気量は2.0Lのまま、基本設計は1980年代末。なぜスバルはこのエンジンを使い続けたのか。答えはシンプルで、「換えが効かなかった」からです。

    スバルには当時、FA20型という新世代の水平対向エンジンがありました。BRZやWRX S4に搭載されていたものです。しかしSTIが求める308馬力・43.0kgf·mというスペックと、高回転まで一気に吹け上がるレスポンスを、FA20ベースのターボで同等に実現するには、制御も補機類も含めた大幅な再設計が必要でした。そしてスバルの開発リソースは、アイサイトやSGP(スバルグローバルプラットフォーム)といった全車種共通の基盤技術に注がれていた時期です。STI専用の新エンジンを仕立てる余裕は、現実的になかったと見るのが自然です。

    インプレッサから離れたWRX

    VABを理解するうえで外せないのが、「WRXがインプレッサから独立した」という事実です。先代のGRB/GVB型まで、STIは「インプレッサ WRX STI」という名前でした。VABからは「WRX STI」が独立した車名になっています。

    これは単なるネーミング変更ではありません。スバルはインプレッサを実用性重視のファミリーカーへ振り切る方針を明確にし、スポーツ性能を担うモデルは別の車格として切り分けたのです。つまりWRX STIは、インプレッサの「速いグレード」ではなく、独立したスポーツセダンとして再定義されました。

    プラットフォームは先代から引き続きGR系の発展型で、新世代のSGPではありません。ここにもスバルのジレンマが見えます。SGPは剛性や静粛性に優れる一方、STIが必要とするサスペンションジオメトリーやドライブトレインの搭載性において、そのまま使えるものではなかった。結果としてVABは、旧世代のプラットフォームにEJ20を載せた「最後の組み合わせ」で完成されることになりました。

    熟成という名の武器

    設計が古い。プラットフォームも旧世代。スペックシートだけ見れば、VABは最新技術で武装したクルマではありません。ではなぜ、このクルマがここまで高く評価されたのか。

    理由は明快で、熟成の深さが尋常ではなかったからです。EJ20ターボは30年分のノウハウが注ぎ込まれたエンジンです。ツインスクロールターボによるレスポンス、等長エキゾーストマニホールドによる排気効率、そしてスバル独自のAWDシステム「DCCD(ドライバーズコントロールセンターデフ)」との組み合わせ。どれも一朝一夕では到達できない完成度に仕上がっていました。

    特にDCCDは、機械式LSDと電子制御LSDを組み合わせたセンターデフで、前後のトルク配分をドライバーが任意に調整できる仕組みです。これが路面状況に応じた自在なコントロール性を生んでいました。雪道でもサーキットでも、ドライバーの意図に対してクルマが素直に応える。この感覚は、電子制御AWDが主流になった時代において、むしろ希少な体験でした。

    2017年のD型以降ではブレンボ製ブレーキキャリパーの採用、19インチホイールの標準化、ビルシュタイン製ダンパーの再セッティングなど、年次改良のたびに足回りが磨き上げられています。派手なモデルチェンジではなく、毎年少しずつ良くなっていく。これがスバルの、そしてSTIの流儀でした。

    ニュルブルクリンクという試金石

    VABの実力を象徴するエピソードがあります。STIが開発したスペシャルモデル「S208」は、ニュルブルクリンク北コースでの走行テストを重ねて仕上げられました。量産車ベースでありながら、専用のルーフスポイラーによるダウンフォース増加、フレキシブルドロースティフナーによるボディ剛性の強化など、STIの手が入った部分は多岐にわたります。

    ニュルブルクリンクは単にタイムを競う場所ではなく、路面変化、高低差、ブラインドコーナーの連続という過酷な条件で車両の総合力を試す場です。STIがこの場所を開発拠点のひとつとして使い続けたことは、VABの走行性能がカタログ上の数値だけでなく、実走行の質で勝負していたことを意味しています。

    限定車が語る「終わり方」

    2019年、スバルはVABの生産終了を発表しました。そして最後に用意されたのが「WRX STI EJ20 Final Edition」です。555台限定。抽選倍率は公表されていませんが、応募が殺到したことは広く報じられました。

    この限定車の存在は、スバルがEJ20の終了を「静かに消す」のではなく、明確に区切りをつけることを選んだことを示しています。専用のシリアルナンバープレート、ゴールドのブレンボキャリパー、専用チューニングが施されたサスペンション。どれも派手さよりも「最後にふさわしい仕立て」を意識した内容でした。

    ここにスバルの姿勢が見えます。EJ20を延命するのではなく、きちんと看取る。ファンに対して「ここで一区切りです」と正面から伝える。メーカーがひとつのエンジンの終焉をこれほど丁寧に扱った例は、日本車の歴史でもそう多くはありません。

    VABが残したもの

    VABの後継にあたるVBH型WRX S4は、FA24型2.4Lターボを搭載し、SGPベースのプラットフォームに移行しました。しかし「STI」の名を冠するモデルは、2024年時点でもまだ登場していません。

    これはつまり、VABが担っていた「STIの頂点」というポジションが、いまだ空席のままだということです。電動化の波、排ガス規制の強化、そしてスバルというメーカーの規模を考えれば、かつてのような専用エンジン・専用チューニングのSTIモデルが再び出てくる保証はどこにもありません。

    VABは、古い設計を最後まで磨き上げることで成立したクルマでした。

    最新ではないけれど、最良を目指し続けた。新しいものに置き換えれば済む話ではなく、積み重ねた時間そのものが性能になっていた。

    だからこそ、このクルマの終了は単なるモデルチェンジではなく、ひとつの時代の終わりとして受け止められたのです。

    EJ20の鼓動を知っている人にとっても、知らない人にとっても、VABは「なぜスバルがSTIを作り続けたのか」という問いに対する、もっとも誠実な回答だったと思います。