コンパクトなハッチバックのボディに、3.5リッターV6エンジンを載せる。文字にするとそれだけのことですが、これを実際にやったメーカーはほとんどありません。トヨタが2007年にやりました。それがブレイドマスター、型式GRE156Hです。
こいつはカローラ直系の枝分かれ(オーリス系)ではあるのですが、若干離れているので書くか迷いました。
しかし、カローラ以外に入れるところもないのと「書かないわけにはいかない」ということで急遽カローラの系譜に仲間入りさせました。
ブレイドという土台の話
まずブレイドマスターを語る前に、ベースとなった「ブレイド」の立ち位置を押さえておく必要があります。ブレイドは2006年に登場したCセグメントのハッチバックで、プラットフォームはオーリスと共通です。ただし、オーリスが旧カローラ店で扱う実用寄りのモデルだったのに対し、ブレイドはトヨペット店専売の「上質なコンパクト」として企画されました。
内装の質感を高め、装備を充実させ、Cセグメントでありながらワンクラス上の満足感を狙う。いわば「小さな高級車」というコンセプトです。当時のトヨタは販売チャネルごとに差別化を求められていた時代で、ブレイドはその文脈の中で生まれた車でした。
標準のブレイドに搭載されたのは2.4L直4の2AZ-FEエンジン。Cセグメントとしてはすでに十分すぎるほどの排気量です。ところがトヨタは、ここからさらに一歩踏み込みました。
なぜ3.5L V6を載せたのか
2007年8月、ブレイドマスターが追加されます。搭載エンジンは2GR-FE型3.5L V6。最高出力280ps、最大トルク344Nm。このエンジン、カムリやエスティマ、さらにはレクサスISにも使われていたユニットです。それをCセグメントのハッチバックに載せた。冷静に考えると、かなり異様な組み合わせです。
では、なぜこんな企画が通ったのか。
ひとつは、ブレイドのコンセプトそのものにあります。「コンパクトだけど上質」を謳うなら、パワートレインでもそれを証明する必要がある。2.4L直4では、いくら装備を積んでも「結局オーリスと同じでしょ」という声を封じきれません。
V6という格の違うエンジンを積むことで、ブレイドというブランドの天井を一気に引き上げる。そういう狙いがあったと考えられます。
もうひとつの背景は、当時のトヨタが持っていたエンジンラインナップの豊富さです。
2GR-FEはすでに複数車種で量産されており、新規開発のコストをかけずに搭載できた。プラットフォーム側も、MC型プラットフォームはV6を受け入れる設計的な余地がありました。
つまり「やろうと思えばできた」し、ブレイドの商品企画上「やる理由もあった」。この二つが重なったとき、ブレイドマスターは現実のものになったわけです。
走りの実像
280psのV6をFF(前輪駆動)のCセグメントに載せるとどうなるか。答えはシンプルで、とにかく速いです。0-100km/h加速は6秒台半ばとされ、同時代のスポーツカーと比較しても遜色のない数字でした。しかもトランスミッションは6速ATで、日常域での扱いやすさも確保されています。
ただし、課題もはっきりしていました。まずトルクステア。大排気量エンジンの駆動力を前輪だけで受け止めるため、加速時にステアリングが暴れる傾向がありました。トヨタはサスペンションのジオメトリー調整やトルクセンシングLSDの採用などで対策していますが、物理の壁を完全に消すことはできません。
車重は約1,500kgで、標準ブレイドより100kg以上重い。フロントヘビーな重量配分も、ハンドリングの面ではハンデです。スポーツカーのような旋回性能を求める車ではなく、あくまで「圧倒的な動力性能を持つ上質なハッチバック」という性格でした。
それでも、V6特有の滑らかな回転フィールと、低回転から湧き上がるトルクの厚みは、直4では絶対に得られないものです。高速巡航での余裕、追い越し加速の瞬発力。そういった場面では、このエンジンの意味がはっきりと伝わりました。
売れたのか、という問い
正直に言えば、ブレイドマスターは販売面で大きな成功を収めた車ではありません。車両価格は約300万円台半ばからで、Cセグメントのハッチバックとしては明らかに高価でした。同じ予算を出せばDセグメントのセダンが買えますし、スポーツ性を求めるならほかの選択肢もあります。
さらに言えば、ブレイド自体がニッチなモデルでした。「小さな高級車」というコンセプトは、日本市場では必ずしも広く受け入れられるものではありません。大きい車=上級車という価値観が根強い中で、コンパクトなボディに高い値段をつけるのは簡単ではなかったのです。
ブレイドは2012年に販売を終了し、後継車は設定されませんでした。トヨタの販売チャネル再編の流れもあり、トヨペット店専売のコンパクトハッチという枠組み自体が消滅した格好です。
それでも語られ続ける理由
販売台数だけを見れば、ブレイドマスターは忘れられてもおかしくない車です。しかし、中古車市場では今でも一定の人気があり、知る人ぞ知る存在として語られ続けています。
その理由は明快で、「こんな車は二度と出ない」という確信があるからです。環境規制の強化、ダウンサイジングターボへの移行、電動化の加速。2GR-FEのような大排気量NAエンジンをコンパクトカーに積むという発想自体が、もはや時代的に不可能になりました。
ブレイドマスターは、トヨタという巨大メーカーが持つリソースの豊富さと、販売チャネル差別化という当時特有の事情が重なって生まれた、極めて時代限定的な車です。合理的に考えれば必要なかったかもしれない。でも、合理性だけでは説明できない魅力がある。そういう車は、時間が経つほど輝きを増すものです。
Cセグメントに3.5L V6。過剰であることを承知の上で、それでもやった。
ブレイドマスターとは、トヨタが一瞬だけ見せた「やりすぎの美学」の結晶だったのかもしれません。(ほしい)

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