アルトワークス – CN21S / CP21S【軽自動車の常識を書き換えた2代目】

軽自動車に64馬力の自主規制が敷かれたのは、この車のせいです。

正確には初代ワークスが引き金を引き、2代目が「もうこれ以上は止めよう」と業界に思わせた。

それくらい、CN21S/CP21Sという型式が持っていた意味は大きいものでした。

初代が火をつけ、2代目が燃え広がった

アルトワークスという車名が初めて世に出たのは1987年、初代のCL11V/CM11Vです。550cc時代の末期に登場し、軽自動車にターボを載せて本気で走らせるという提案は、当時かなり異端でした。ただ、初代はあくまで「実験的な一手」という色合いが強かった。ボディは商用バンベースの質素なもので、走りの素性は荒削りそのものだったからです。

2代目にあたるCN21S/CP21Sが登場したのは1988年。ちょうど軽自動車の排気量規格が550ccから660ccへ引き上げられたタイミングと重なります。この規格変更は、ワークスにとって追い風どころか暴風でした。排気量が2割増えたことで、エンジン設計の自由度が一気に広がったからです。

F6Aターボが意味したもの

2代目ワークスの心臓部は、新開発のF6A型 657cc 3気筒DOHCインタークーラーターボです。初代のF5A(543cc)から一新され、排気量拡大だけでなくヘッド構造そのものがDOHC化されました。これにより最高出力は64馬力に到達します。

この64馬力という数字が、まさに歴史の転換点でした。スズキだけでなくダイハツやホンダも同時期に出力競争を激化させ、業界全体が「このままでは際限がない」と判断した結果、1990年に軽自動車の自主規制値が64馬力に設定されます。つまりCN21S/CP21Sは、規制の天井そのものを決めた世代なのです。

エンジン単体の出来としても、F6Aは当時の軽としては異例の完成度でした。低回転域からターボが効き始め、DOHCの高回転の伸びと合わせて、排気量のハンデを感じさせない加速を実現しています。車重が700kg前後しかないことも相まって、パワーウェイトレシオはリッターカーを軽く凌駕していました。

FFと4WD、二つの型式の意味

CN21SとCP21Sという二つの型式があるのは、駆動方式の違いによるものです。CN21SがFF(前輪駆動)、CP21Sがフルタイム4WDにあたります。

初代ワークスにもパートタイム4WDの設定はありましたが、2代目ではビスカスカップリングを使ったフルタイム4WDに進化しました。これは単に「雪道で安心」という話ではありません。ターボの大トルクをフロントタイヤだけで受け止めきれないという、軽量FFターボ特有の問題を構造的に解決する手段でした。

実際、競技シーンではCP21S(4WD)が圧倒的に支持されます。ジムカーナやダートトライアルで軽自動車クラスを席巻し、「ワークスといえば4WD」というイメージはこの世代で確立されたものです。一方でCN21S(FF)は車重の軽さを活かしたキビキビした走りが持ち味で、街乗りメインのユーザーにはこちらを推す声もありました。

見た目は地味、中身は本気

2代目ワークスのエクステリアは、お世辞にも派手とは言えません。ベースとなった3代目アルト(CL/CM/CN/CP系)自体が実用性重視のデザインで、ワークス専用のエアロパーツやボンネットのエアスクープがあるとはいえ、見た目のインパクトは控えめです。

ただ、これがかえってワークスらしさだったとも言えます。内装はRECARO製シートこそ奢られていたものの、基本的には質素。余計な装備を省いて軽さを稼ぐという思想が、車全体に一貫していました。豪華さで売る車ではなく、走りに全振りした車。その割り切りが、ワークスというブランドの核になっています。

足回りはフロントがストラット、リアはFF車がI.T.L(アイソレーテッド・トレーリング・リンク)式、4WD車がI.T.L式の構成です。決して凝った形式ではありませんが、軽い車重と相まってチューニングの余地が大きく、アフターマーケットでのサスペンションキットも豊富に揃いました。この「素性の良さ」が競技人気を支えた要因のひとつです。

64馬力規制時代の起点として

CN21S/CP21Sの功績は、単に速い軽自動車を作ったことだけではありません。この世代が示したのは、軽自動車でもスポーツカーとしての商品性が成立するという事実でした。

初代ワークスはあくまで「やってみたら面白かった」という段階です。2代目で専用エンジン、フルタイム4WD、RECARO、専用サスペンションという装備体系が整い、「軽スポーツ」がひとつのジャンルとして確立されました。この流れは後のワークス(HA21S/HB21S、HA22S)へ直結し、さらにはダイハツ・ミラTR-XXやホンダ・トゥデイといった競合車の方向性にも影響を与えています。

もうひとつ見逃せないのは、この車が「チューニングベース」としての軽自動車文化を本格的に育てた点です。安価な車体に手を入れて速くする楽しみは、かつてはシビックやスターレットの領域でした。ワークスはその文化を軽自動車に持ち込み、より低い予算で「自分の車を仕上げる」という遊び方を広めたのです。

規制を生んだ車が残したもの

2代目アルトワークスは、軽自動車の馬力競争に終止符を打った世代であると同時に、64馬力という天井の中でどう戦うかという長い時代の起点でもあります。規制ができたということは、裏を返せばそれだけ影響力があったということです。

現在でもCN21S/CP21Sは中古市場で一定の人気を保っています。絶対的な台数は減りましたが、競技ベース車両として、あるいは軽チューニング文化の原点として探す人が絶えません。それは、この車が単なる旧車ではなく「軽自動車のスポーツ史を書き換えた一台」として記憶されているからでしょう。

派手な見た目も、豪華な装備もない。あるのは軽い車体と回るエンジンと、走ることへの純粋な割り切りだけ。2代目ワークスが30年以上経った今でも語られるのは、その潔さが本物だったからにほかなりません。

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