カテゴリー: Mitsubishi

  • 10式戦車 – Type10【三菱の最深部に眠る、本土防衛の最適解】

    10式戦車 – Type10【三菱の最深部に眠る、本土防衛の最適解】

    「世界最強の戦車はどれか」という議論は、ミリタリー界隈では定番の話題です。

    ただ、10式戦車の本質は最強か否かの議論にありません。

    この戦車が本当に面白いのは、「日本という国土で、日本の予算で、日本の脅威に対して最適な戦車とは何か」を突き詰めた結果として生まれた、きわめてロジカルな存在だという点です。

    90式では足りなかったもの

    10式戦車
    画像:Z3144228/CC BY-SA 4.0(Wikimedia Commons)

    https://kuruma-dna.com/cz4a

    10式戦車の話をするには、まず先代にあたる90式戦車の立ち位置を押さえておく必要があります。

    90式は1990年に制式採用された第3世代主力戦車で、120mm滑腔砲に自動装填装置、複合装甲と、当時の世界水準を十分に満たす性能を持っていました。冷戦末期に開発がスタートし、ソ連の機甲部隊が北海道に上陸してくるシナリオを前提にした戦車です。

    ところが、この90式には大きな制約がありました。重量が約50トンあったのです。北海道の広大な大地で戦うぶんにはいいのですが、本州以南のインフラでは話が変わります。日本の一般的な橋梁の耐荷重は大型車両を想定した設計でも40トン級が多く、50トンの戦車がまともに移動できる経路は限られます。

    つまり90式は、事実上「北海道専用」に近い運用実態になってしまった。冷戦が終わり、北海道への大規模着上陸侵攻の蓋然性が下がる一方で、離島防衛や本州以南での機動展開が重視されるようになると、この重量問題は無視できなくなります。

    「軽くて強い」という矛盾への挑戦

    https://kuruma-dna.com/v80

    10式戦車の開発は、防衛庁(当時)の技術研究本部が2002年頃から本格的に着手しました。開発コードは「TK-X」。三菱重工業が主契約者となり、車体・砲塔・パワーパックを含む全体のシステムインテグレーションを担当しています。

    最大の開発課題は明確でした。90式と同等以上の火力・防護力を維持しながら、重量を大幅に削ること。具体的には、戦闘重量を約44トンに抑えるという目標が設定されています。モジュラー装甲を外した状態では約40トンまで軽量化でき、C-2輸送機での空輸も視野に入る設計です。

    この「軽くて強い」は、戦車設計においてはほとんど矛盾した要求です。装甲を厚くすれば重くなる。軽くすれば防護力が落ちる。この二律背反を解くために、10式では複数のアプローチが同時に採られました。

    ひとつは新型複合装甲の採用です。素材や構造の詳細は当然ながら非公開ですが、90式比で同等以上の耐弾性能をより軽い重量で実現したとされています。

    もうひとつがモジュラー装甲方式の徹底で、脅威レベルに応じて装甲モジュールを追加・交換できる構造になっています。被弾して損傷した部分だけを交換できるという整備性のメリットもあります。

    C4Iという静かな革命

    https://kuruma-dna.com/de2a

    10式戦車を語るうえで、火力や装甲と同じくらい重要なのがネットワーク戦闘能力です。

    10式は陸上自衛隊の広域多目的無線機を搭載し、「陸自の基幹連隊指揮統制システム(ReCS)」と連接できる設計になっています。

    要するに、戦車単体で戦うのではなく、部隊全体の情報をリアルタイムで共有しながら戦う、という思想が最初から組み込まれているわけです。

    これは第3.5世代、あるいは第4世代戦車の要件として世界的に重視されている能力ですが、10式は2010年の制式採用時点でこれを標準装備していました。

    味方車両の位置、敵の観測情報、指揮官の命令がデータリンクで流れてくる。個々の戦車がバラバラに判断するのではなく、ネットワーク化された「群」として動ける。

    この能力は、数的に劣勢な自衛隊にとって特に意味があります。保有戦車数が限られるなかで、少数の車両で最大限の戦闘効果を発揮するには、情報の質と速度で優位に立つしかない。

    10式のC4I統合は、その切実な事情から生まれた設計判断です。

    足回りに込められた国産の意地

    https://kuruma-dna.com/ct9a-4

    エンジン出力は90式の1500馬力より低い1200馬力ですが、小型軽量化と変速・操向系の進化により、10式は高い応答性と敏捷性を実現しています。

    単純な出力重量比では90式に及ばないですが、運用思想の違いを踏まえると、機動力の質は別の方向で進化していると言えるでしょう。

    変速機は油圧機械式の無段階自動変速(HMT)を採用しています。これにより、従来のギア式に比べて加速・減速がスムーズになり、不整地での機動性が向上しました。実際に走行映像を見ると、あの重量の車両とは思えないほど俊敏に動きます。急制動からの急加速、超信地旋回といった動きが滑らかで、操縦手の負担軽減にもつながっています。

    さらに、油気圧式のアクティブサスペンションを全輪に装備しています。これは車体の姿勢を能動的に制御するもので、走行間射撃の精度向上に直結します。車体を前後左右に傾けることもできるため、稜線射撃——丘の向こう側から砲塔だけ出して撃つ——のような戦術にも対応しやすい。

    この種のアクティブサスを実用化している戦車は、世界的に見ても多くありません。

    調達のリアリズム

    https://kuruma-dna.com/ct9a-2

    10式戦車の話をするとき、避けて通れないのがコストと調達数の問題です。1両あたりの調達価格は約9.5億円(初期ロット時点)。90式の約8億円と比べてやや高価ですが、世代が進んだ装備としては妥当な範囲とも言えます。

    ただし、防衛予算全体のなかで戦車に割ける枠は限られており、年間の調達数は数両から十数両にとどまってきました。

    2013年の防衛大綱では、陸上自衛隊の戦車保有数の上限が約300両に引き下げられ、その後さらに縮小の方向にあります。10式はこの「少数精鋭」の時代に合わせた戦車でもあります。1両あたりの戦闘効率を最大化するために、ネットワーク能力や情報処理能力に投資する。数で押すのではなく、質と連携で戦う。その思想が、設計のあらゆる部分に反映されています。

    もっとも、少数精鋭にも限界はあります。いくら1両の能力が高くても、同時に複数方面で事態が発生すれば物理的に足りなくなる。10式が「最適解」であるとしても、それは現在の予算的・政治的制約のなかでの最適解であって、理想解とは違う。そこは冷静に見ておくべき点です。

    日本型戦車設計の到達点

    https://kuruma-dna.com/ct9a-1

    10式戦車は、61式、74式、90式と続いてきた国産戦車開発の系譜において、ひとつの到達点と言える存在です。

    61式で戦後初の国産戦車を実現し、74式で油気圧サスペンションという独自技術を確立し、90式で世界水準の第3世代戦車を作り上げた。その蓄積の上に、10式は「日本の地理と財政と脅威環境に最適化された戦車」として結実しました。

    世界の戦車開発を見渡すと、冷戦後に完全新規設計の主力戦車を開発・量産した国はごくわずかです。多くの国が既存車両の改修やアップグレードで対応するなか、日本はゼロから新型を設計し、国内で生産し、配備まで持っていった。三菱重工を中心とする国内防衛産業の技術基盤なしには成し得なかったことです。

    10式戦車は、派手なスペック競争の産物ではありません。

    「この国土で、この予算で、この脅威に、どう備えるか」という問いに対して、エンジニアリングで答えを出した戦車です。

    その設計思想の一貫性こそが、この車両の最大の特徴であり、最大の価値だと思います。

  • ランサーエボリューションIX – CT9A 【4G63を最後まで研ぎ澄ました、一つの到達点】

    ランサーエボリューションIX – CT9A 【4G63を最後まで研ぎ澄ました、一つの到達点】

    エボVIIが世代交代、エボVIIIが制御の深化だとすれば、エボIXはその全部をまとめ上げたモデルでした。

    2005年3月に登場したランサーエボリューションIXは、シリーズ初となるMIVECを4G63ターボに与え、ターボチャージャーも見直し、空力と冷却もさらに詰め直しました。

    三菱公式も、MIVEC採用とターボ改良による全域性能の向上、そして新しいバンパーや大型リアスポイラーによる冷却・空力性能の改善を進化点として挙げています。

    エボIXの凄さは、派手な革命ではないことです。

    むしろ「もう完成している」と思われていたCT9A世代を、エンジンの質感と扱いやすさまで含めて、さらに一段磨いてきたところにあります。

    だからエボIXは、エボVIIIの発展版に見えて、実際には「熟成のピーク」と呼ぶほうが近いのです。

    4G63を搭載する最後のランエボ

    https://kuruma-dna.com/cz4a

    エボ9の開発で最大のテーマだったのは、やはり4G63の進化です。

    吸気側にMIVECを採用し、さらにターボチャージャーも改良。最高出力280psは据え置きながら、最大トルクの発生回転数はGSRで3500rpmから3000rpmへ下がり、より低い回転から力が立ち上がるようになりました。

    Responseも、エボ9の最大の進化はレスポンスと扱いやすさに磨きがかかったエンジンだと伝えています。

    しかも、足まわりや4WD制御はゼロから作り直したわけではありません。

    開発を取りまとめた藤井啓史氏は、エボ8 MRに採用された足まわりや4WDシステムの多くは、もともとエボ9用に開発されたものを先行投入したと説明しています。

    つまりエボ9は、エボ8 MRで先に見せた完成度を前提にしつつ、その上でエンジンと細部のセットアップを煮詰めたモデルだったのです。  

    「絶対的な速さ」より「どこからでも使える速さ」

    https://kuruma-dna.com/ct9a-2

    エボIXの本質は、全域で速いことにあります。

    MIVEC化によって低回転から高回転までのつながりが良くなり、ターボの見直しと合わせてレスポンスも向上。三菱公式も「エンジン性能を全域で高性能化」と表現していて、ここがまさにエボ9の核でした。

    ピークパワーを盛ったというより、どの回転域でも踏みやすく、使いやすく、しかも速い。そこがエボIXの強みです。

    シャシーも抜かりない。

    藤井氏によれば、エボ9ではダンパーとスプリングのセッティングを微修正し、リア車高を5mm下げることで接地感を高め、スーパーAYCの効果をさらに引き出したらしいです。

    大改造ではない。でもこういう地味な詰めが、エボ9の“崩れにくさ”を作っている。熟成型らしい進化です。

    GSRはACD+スーパーAYC+スポーツABSと6速MTの組み合わせで、舗装路での総合性能を追求。いっぽうRSは軽量ボディに5速MT、ACD+機械式リアLSDという競技寄りの構成を採り、GTはGSRの快適性とRSの駆動系を合わせ持つ新グレードとして設定されました。

    要するにエボIXは、速さの中身まで選べる世代になったのです。  

    開発側も「エンジンの仕上がり」を一番の見どころに

    https://kuruma-dna.com/ct9a-1

    エボIXについては、開発側のコメントがかなりわかりやすいです。

    Responseのプロトタイプ記事では、MIVEC化について「これまでの4G63のネガを消し込んでいくためのもの」といった趣旨で紹介され、量産モデルの記事でもエンジンのレスポンスと扱いやすさの向上が最大の進化点として語られています。

    つまり開発陣自身、エボ9を「数値以上に乗ってわかる進化」として作っていたのです。

    また、GSRの位置づけについて藤井氏は、ランエボの走りを最大限に楽しむならスーパーAYC付きのGSRが最適だと述べています。

    エボ9はRSのような競技ベースの尖りを残しつつ、メーカー自身はGSRを“最も総合力が高い仕様”として提示していました。

    つまり最後の4G63ランエボは、ただ硬派なだけでなく、完成度で勝負する段階まで来ていたわけです。

    4G63ランエボが最後に辿り着いた、完成のかたち

    https://kuruma-dna.com/cp9a-2

    エボ9は、ランエボの歴史の中でもかなり特別です。

    シリーズ初のMIVECを得た4G63、さらに磨かれたターボレスポンス、空力と冷却の改善、煮詰められたシャシー。どれも単独では地味に見えるかもしれないが、全部が「より自然に、より深く、より速く」へ向いている。だからエボ9は、派手さより質で評価されます。

    そして何より、エボ9は4G63を積む第三世代ランエボの最終到達点でした。

    後に一旦IX MRまで進むとはいえ、エボIXの時点ですでに「4G63ランエボはここまで来たか」という完成感があります。荒々しいターボ四駆のまま、扱いやすさと精度まで手に入れた。

    エボIXとは、ランエボが最後に見せた4G63時代の完成形なのです。  

  • ランサーエボリューションX – CZ4A 【エボというアイデンティティの最終形態】

    ランサーエボリューションX – CZ4A 【エボというアイデンティティの最終形態】

    エボXは、これまでのランエボとは少し意味が違います。

    エボVIIが新世代シャシーへの転換、エボVIIIとIXがその熟成だったとすれば、エボXは土台そのものを一度壊して作り直したモデルです。

    三菱公式も、2007年10月発売のランサーエボリューションXについて「プラットフォーム、エンジン、デザインなど全てを一新」と説明しています。

    ここでいちばん大きいのは、やはりいつもの4G63を降ろしたことでしょう。

    初代から積み続けてきたランエボの象徴を捨て、新開発の2.0L MIVECターボへ切り替えた。しかもただ新しくしただけではありません。

    アルミブロック化、後方排気レイアウト、重量バランスの見直しまで含めて、エボXは「昔ながらの武闘派ランエボ」を現代的に再構成した一台でした。

    もう荒いラリーセダンのままではいかない

    https://kuruma-dna.com/ct9a-4

    エボXの開発で見えてくるのは、三菱がランエボの価値を少し変えようとしていたことです。

    webCGが伝えた開発関係者の証言では、エボXでは従来のように「筑波でどれだけ速いか」を指標にせず、「大人が十分に楽しめる乗り味」を目指したと言います。

    つまりエボ10は、ただサーキットで尖っていればいいクルマではなく、高性能4WDセダンとしての質感や安定感まで求めていました。

    そのために車体は大きくなり、キャラクターも変わります。

    従来のランエボよりズッシリ系になったと言われることも多いですが、それは単なる肥大化ではありません。高剛性ボディ、高剛性サスペンション、新世代4WD制御を使って、速さをより大きな器で成立させようとした結果でした。

    三菱公式も、高剛性ボディと高剛性サスペンションによって高い走行性能を実現したと位置づけています。

    「暴力的な速さ」ではなく「誰でも引き出せる速さ」

    https://kuruma-dna.com/ct9a-2

    エボX最大の武器は、S-AWCだった。

    従来のAWCをさらに進め、ACD、AYC、ASC、ABSを統合制御することで、旋回性と安定性をまとめて引き上げました。

    Responseの記事では、AYCにブレーキ制御を加えたことで、進入で車両の向きを変える場面でエボIX以上にドライバーの意思へ忠実に動くと開発責任者の藤井啓史氏が説明しています。

    社内テストコースでは、S-AWC装着車の方が1.5秒速かったというコメントまで出ていたそうです。

    昔のランエボのような「気合でねじ伏せる四駆」ではなく、制御の力でより深く、より自然に曲げていく。

    速い人だけが速いクルマではなく、乗り手のレベルを問わず高いところまで引き上げる。エボXはその方向へ、かなり大きく舵を切ったのです。

    時代に合わせて作り直した新しい心臓

    https://kuruma-dna.com/ct9a-1

    エボXの新しい2.0Lターボは、ギャランフォルティス系の4気筒をベースにしながら、実際には共通部品がウォーターポンプ程度しかない「ほぼ専用エンジン」だったと、エンジン開発担当の加藤佳彦氏は語っています。

    アルミダイカストブロックだけで約12kg軽くし、後方排気レイアウトで吸排気と前後重量配分も最適化。さらにターボのレスポンスも高めていました。

    この新エンジンの凄さは、数字の派手さよりフィーリングにあります。

    Responseでも、4G63より吹け上がりが軽く、3000〜4000rpm付近のトルク感とレスポンスが明確に向上していると伝えられています。

    車重は増えたのに、重さを感じさせにくい。エボXはここで、「昔のターボ四駆の迫力」より「現代的な速さの気持ちよさ」を取ってきたのです。

    「2ペダルのランエボ」を本気で成立させた

    https://kuruma-dna.com/cp9a-2

    エボXを語るなら、ツインクラッチSSTも外せません。

    三菱公式はこれを「新開発の高効率トランスミッション」と位置づけ、6速自動マニュアルに2つのクラッチを組み合わせることで、素早い変速と高効率な動力伝達を両立したとしています。

    さらに開発担当の一樂浩氏は、基本メカニズムはDSG系と共通しつつも、ランエボの高トルクに対応するためクラッチ配列などに三菱独自の変更を加えたと説明しています。

    一方でMTも残されました。

    しかも先代の6速ではなく、新設計の5速MTにしました。藤井氏は、エボXではSSTを一般ユーザー向けの主役とし、MTはラリーなど競技ベース用途のユーザーへ向けた設定だと語っています。

    つまりエボXは、走りの裾野を広げつつ、本気で戦うための武器もちゃんと残した。そこが単なるハイテク化では終わりません。

    最後のランエボは、異質だが現代的

    https://kuruma-dna.com/cp9a-1

    エボXは、昔ながらのランエボ像だけで見ると異質に映るでしょう。

    大きいし、重いし、制御も濃い。4G63もない。だから「最後にして別物」と言われるのもわかります。

    それでも実際には、ランエボがずっとやってきた「4WDで速く走る」を、その時代の技術、規制、あらゆる事情のもとで全力で更新したのがエボXでした。

    荒々しい競技ベースの延長ではなく、誰もが高い次元の走りを楽しめる高性能4WDセダンへ。

    そこに向けて、プラットフォームも、エンジンも、制御も、変速機も全部作り直した。エボを少しでも生き残らせるために。

    だからエボXは、4G63時代の終わりであると同時に、ランエボという名前が最も広い意味で完成した一台だったのです。

  • ランサーエボリューションVII – CT9A 【ランエボ新時代の開幕】

    ランサーエボリューションVII – CT9A 【ランエボ新時代の開幕】

    エボVIまでのランエボというと、軽くて尖っていて、いかにも競技ベースの荒々しいセダンという印象が強いと思います。

    ただ、エボVIIはそこが少し違う。2001年2月に登場したこのモデルは、ランサーセディアへのフルモデルチェンジに合わせて生まれ変わり、ホイールベースを延ばし、トレッドを広げ、タイヤも大型化。

    つまり、従来の延長線上というより、土台から少し性格を変えてきました。

    エボIV、V、VIが「熟成しながら勝ち方を磨いてきた世代」なら、エボVIIは「車体そのものが変わったので、速さの作り方も変えた世代」と言えるでしょう。

    同じ4G63ターボ、同じAYC系譜でも、中身は別物です。

    三菱公式ヒストリーでも、エボ7の進化点としてロングホイールベース化、ワイドトレッド化、4G63の改良、そしてACD採用がはっきり挙げられています。

    「軽さと鋭さ」だけでは通用しなくなった

    https://kuruma-dna.com/ct9a-2

    エボVIIの開発でまず大きかったのは、ベース車がランサーセディアに変わったことです。

    これによってボディは先代より大きくなり、ホイールベースも延長されました。もちろん、ただ重く大きくなっただけではランエボとして成立しません。

    だから三菱は、新しいボディに合わせて、曲がり方そのものを作り直す必要がありました。

    曲げ方における思想の転換

    https://kuruma-dna.com/cp9a-2

    当時の開発インタビューでは、操安試験担当の松井孝夫氏が、先代まではリアを動かしてスリップアングルを作り、フロントの回頭性に余裕を持たせる方向だったのに対し、エボVIIでは車体が長く大きくなったため、リアはしっかりグリップさせ、曲がりは他の要素が担う方向へ変えたと説明しています。

    要するに、曲げ方の思想が変わった。リアを使って曲げるというより、電子制御四駆を前提に、安定を高めながら向きを変える方向へ振ったわけですね。

    ランエボに搭載された新技術「ACD」

    https://kuruma-dna.com/cp9a-1

    その中核が、ランエボ初採用となったACD(アクティブ・センター・デフ)だったのです。

    従来のビスカス式センターデフに代わり、電子制御油圧多板クラッチ式のACDを搭載。さらにAYCと統合制御することで、加速時のトラクションと旋回中の応答性を両立させる狙いがありました。

    三菱公式も、ACDとAYCの統合制御により、別々に動かすより優れた加速性能と操縦安定性を実現したとしています。

    「戦闘力」より「曲がりの質」が上がった

    https://kuruma-dna.com/ct9a-4

    エボVIIの強みを一言でいえば、四駆ターボの速さを、より高いレベルで制御できるようになったことです。

    4G63インタークーラーターボは、ターボチャージャー改良や大型化されたインタークーラー、マグネシウム製ロッカーカバー、中空カムシャフト、ステンレス製エキゾーストパイプなどで手が入れられ、最大トルクは39.0kg-m/3500rpmへ向上。とくに中速域のトルク特性が改善されていました。

    現代的なシャシー設計への転換

    https://kuruma-dna.com/cn9a-1

    でも、エボVIIの本質はエンジン単体よりシャシーにあります。

    ロングホイールベース化は普通なら鈍さにもつながりかねないが、エボ7はそこをACDとAYCの統合制御で埋めてきた。

    Responseの当時記事では、減速から旋回、立ち上がり加速までをACDとAYCが連携して支え、直結4WD並みの駆動力と高い操縦応答性を両立したと説明されています。

    つまりエボ7は、「力でねじ伏せる四駆」から「一連の挙動を制御して速く走る四駆」へ踏み込んだモデルだったのです。  

    しかも、この方向性は後のランエボの基礎になった。

    2004年の試乗記事でも、エボ7以降のランエボが「世界でもっともよく曲がるAWD」として注目された背景に、ACD、スーパーAYC、スポーツABSの統合思想があったと振り返られています。

    表現はメディア側のものですが、少なくともエボ7が「旋回性能の質を一段引き上げた起点」と見なされていたことは確かでしょう。  

    開発側も「新しい曲がり方」を自覚していた

    https://kuruma-dna.com/cz4a

    エボ7の開発インタビューで面白いのは、単に「性能が上がりました」では終わっていないことです。

    松井氏は、ACDの採用によって、これまでのVCU式に比べてより大きな作動制限力ときめ細かな制御が可能になったと説明しています。

    また、車体大型化に合わせてリアを安定方向へ振り、回頭性はACDやAYCなど他の要素が担うセットに変えたとも語っています。

    これはつまり、エボ7がただの出力競争車ではなく、制御思想の転換点だったことを開発側自身が示しているのです。

    このあたりが、エボVIIを「ただ大きくなったエボ」で終わらせない理由でしょう。ボディ拡大は一見するとネガに見えますが、三菱はそれを電子制御四駆とシャシー再設計で、別の速さへ変換してみせた。

    ランエボという名前を守るために、ランエボの作り方そのものを更新したわけですね。  

    ラリーの現場はまだ過渡期だった

    https://kuruma-dna.com/ce9a-3

    ここは少しややこしい話になります。

    市販車としてのエボVIIは2001年に登場しましたが、WRCの現場では2001年前半までグループA仕様のエボ6系がまだ戦っていました。

    三菱公式WRCヒストリーでも、2001年の勝利の多くはグループAランサーエボリューションVIによるものとされ、ランサーエボリューションWRCの本格投入はシーズン後半となります。  

    つまりエボVIIは、競技で即タイトルを総なめにしたというより、三菱が「市販ランエボを次世代へ進めるための土台」として大きく意味を持つモデルでした。

    WRCそのものも、すでにグループAの時代からWRカー本格時代へ移っており、ランエボも単純なホモロゲモデルの延長ではいられなくなっていました。

    エボ7は、そうした変化の中で市販車側が先に新世代へ踏み出した一台とも言えます。

    エボVII世代を語るうえで外せないGT-A

    https://kuruma-dna.com/ce9a-2

    エボ7が「速さの作り方を変えた世代」だとすれば、GT-Aはそこに「乗り手の間口を広げる」という別の進化を加えた存在です。

    硬派なRSやGSRが本流なのは間違いないが、GT-AがあったことでエボVII世代は、競技ベースの尖った四駆ターボで終わらず、高性能セダンとしての広がりまで手にした。

    ここからも、2000年を越してきたタイミングでの各社による商戦略が伺えます。

    頭のいい名車になったランエボ

    https://kuruma-dna.com/cd9a-1

    エボVIIは、エボVIまでのファンから見ると少し異質かもしれません。

    車体は大きいし、思想もやや洗練されている。昔ながらの「じゃじゃ馬感」を期待すると、むしろ薄まったようにも見えます。ですが、それは退化ではなく進化の向きの違いにあります。

    4G63の太い中速トルク、ワイド化されたシャシー、そしてACDとAYCの統合制御。

    エボVIIは、ランエボを「ただ速い四駆ターボ」から「狙って曲げ、狙って立ち上がれる四駆ターボ」へ進めたのです。

    後のエボVIII、IXへつながる核は、もうこの時点でかなり出来上がっていました。

  • ランサーエボリューションVIII – CT9A 【第三世代ランエボの本命】

    ランサーエボリューションVIII – CT9A 【第三世代ランエボの本命】

    エボVIIが「大きくなった新世代ランエボ」なら、エボVIIIはその土台を本気で仕上げにきた一台となります。

    2003年1月に登場したランサーエボリューションVIIIは、三菱公式でも進化点としてスーパーAYCの採用が明記されているモデルで、第三世代ランエボの中でも「曲がりの質」をはっきり引き上げた存在となります。  

    エボVIIでACDを得て、四駆の前後制御はすでに大きく進んでいました。

    そこへエボVIIIは、後輪左右の制御をさらに強化したスーパーAYCを持ち込み、加えて6速MTまで投入してきた。

    踏める、曲がる、立ち上がれる。その一連の流れを、より高い精度でまとめ上げたのがエボVIIIだったのです。  

    「制御の完成度」を上げるアップデート

    https://kuruma-dna.com/ct9a-4

    エボ8は見た目だけなら、エボ7の発展版に見えます。

    実際、ベースは同じCT9A世代で、4G63ターボも引き続き搭載しています。

    しかし中身はかなり本気。

    三菱の発表資料では、車体前部・上部やバネ下を中心に軽量化を進め、エンジン、空力、冷却、サスペンションを細かく見直したとしています。さらにGSRと17インチRSにはクロスレシオの6速MTを標準採用し、走りのつながりそのものを磨いてきました。

    空力の考え方も面白い。

    一見するとエボ7よりおとなしく見えますが、それは妥協ありませんでした。webCGが開発者取材をもとに伝えているように、フロント開口部やボンネットまわり、トランク後端の処理は、空力シミュレーションや重量増との兼ね合いを踏まえた結果であり、見た目よりも速度追求を優先した判断でした。

    エボVIIIは派手さを足したのではなく、第三世代を速い形へ整理した結果なのです。

    ×「もっと曲がる」⚪︎「曲がりながら踏める」

    https://kuruma-dna.com/ct9a-1

    エボVIII最大の見どころは、やはりスーパーAYCでしょう。

    従来AYCをさらに進化させたこの機構は、リア左右の駆動力配分能力を大きく高め、旋回性能とトラクション性能の両立を狙ったものでした。

    モーターマガジン系の記事でも、従来AYC比で後輪左右のトルク移動量を約2倍に高めたことが紹介されています。要するにエボVIIIは、ただノーズが入るだけでなく、向きを変えたあとにより強く前へ出せる四駆になりました。

    しかもそれは、ACDとの組み合わせで効いてきます。

    エボVIIで始まった前後制御に、エボVIIIでは後輪左右の制御強化が重なりました。後年の三菱系解説でも、スーパーAYCがクルマを安定させつつ旋回力をコントロールしやすくしたことは大きな転機だったと振り返られています。

    エボVIIIはこの時点で、ランエボをパワーのある4WDから挙動を作り込める4WDへさらに進めていたのです。

    太古から受け継がれた4G63もしっかり改良

    https://kuruma-dna.com/cz4a

    エンジンも抜かりないです。

    4G63ターボは280psを維持しつつ、最大トルクは40.0kgmへ向上。ターボや冷却系の見直しで3000〜5000rpmの厚みを強め、ピストンやコンロッドの高強度化、軽量化まで行っています。

    派手な数字競争ではなく、実際に使う回転域を太らせて速くする、いかにもランエボらしい進化でした。

    「ついに6速化した」ではなく、「つなぎ方を変えた」

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    エボVIIIで初採用された6速MTも重要です。

    GSRと17インチRSに入ったこのクロスレシオ6速は、1速で発進加速を重視しつつ、2〜5速をクロースさせ、6速をハイギアードに設定する構成だった。つまり単に段数を増やしたのではない。加速のつながりと高速域の使い方を両立させるための6速化だった。  

    この変更は、エボVIIIの性格をよく表しています。

    エボVIIで作った新世代シャシーに対し、エボVIIIは制御も変速も一段きめ細かくしてきました。乱暴に速いのではなく、速さをより細かく運べるようにしたのです。

    だからエボVIIIは、数字以上に「完成度が上がった感覚」で評価されやすいわけですね。

    見た目に比べ思想はむしろ過激に

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    エボVIIIの面白さは、開発側が見た目より中身を優先していたところにも出ています。

    webCGの取材では、エボ7から消えたように見える開口部処理やボンネットインレット、デルタウィッカーについて、開発者インタビューの結果として「最新の空力シミュレーションや空力効果と重量増とのバーターを考慮した結果、より得策と思われる方法を選んだ」と説明されています。

    これはかなりエボらしい。見栄えより効く方を取る、ということです。  

    また、三菱の四輪制御ヒストリーでは、エボVII開発時からボディ剛性を重視し、ニュルブルクリンクでの実走テストを重ねて進化の土台を磨いていたことが語られています。

    エボVIIIはその流れの上で、制御と車体をさらに噛み合わせてきたモデルと見ていいでしょう。

    第三世代が「本気で速く曲がる」ことを覚えた

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    エボVIIは大きな転換点でした。

    しかしエボVIIIは、その転換をちゃんと実力へ変えたモデルとなります。

    スーパーAYC、6速MT、改良された4G63、詰め直された空力と軽量化。どれも単体では地味に見えるかもしれないですが、全てが速さの質を上げる方向で揃っています。

    エボVIIIは第三世代ランエボの本命であり、エボ9へ続く完成形への助走でもあった。荒々しい四駆ターボのまま、制御と精度でさらに前へ進みました。

    その意味でエボVIIIは、ランエボが「ただ速い」から「狙って速い」へ進化したことを、いちばんわかりやすく示す一台だったのです。  

  • ランサーエボリューションVI – CP9A 【熟成で勝ち切った、グループAランエボの完成形】

    ランサーエボリューションVI – CP9A 【熟成で勝ち切った、グループAランエボの完成形】

    この世代、先代から派手に変えたわけではありません。

    むしろエボVIは、エボVで掴んだ正解をさらに研ぎ澄まし、勝つために必要な部分を徹底して詰めた一台でした。

    1999年1月に登場したランサーエボリューションVIは、1999年のWRCレギュレーション変更、とくに空力パーツ寸法の見直しに対応しつつ、エンジン冷却性能の大幅な改善を狙って開発されたモデル。三菱公式ヒストリーでも、エボ6は「空力」と「冷却」の見直しが大きな柱だったと明記されています。  

    第二世代ランエボの集大成

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    エボVIはエボIVから続く第二世代ランエボの集大成でした。

    AYCや4G63ターボ、機械としての濃さはそのままに、ラリー現場の要求をさらに色濃く反映させた結果、見た目の迫力だけでなく中身の実戦度も一段上がることとなります。

    三菱のWRC史から見ても、エボ6は市販車とグループAラリーカーを同時に進化させたモデルであり、まさに競技と市販の距離が近かった時代の象徴でもあるのです。

    エボVの延長ではなく、勝つのアップデート

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    エボVIの基本骨格はエボVを踏襲しています。

    ただし中身は「そのまま」ではありません。WRC現場から逆算して、熱対策と空力を実戦向けに再整理したのがエボ6の本質なのです。

    外観上でわかりやすい変更は、中央からずらされたナンバープレート、小型化されて隅へ移されたフォグランプ、オイルクーラーベンチレーター、エアブローダクト、そして角度調整式のウィッカービル付きツインウイングのリアスポイラーあたり。

    要するに全部意味がある。飾りではなく、空気を通すため、熱を逃がすため、姿勢を作るための変更でした。  

    足まわりも更に本気に

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    フロントはロールセンターを下げ、リアはアルミアームの採用とリバウンドストローク延長で旋回性能を改善。

    さらにRS競技ベース車には、量産車として世界初とされるチタン合金タービンのターボを採用し、レスポンスと高回転域の伸びを高めてきます。

    見た目がマッチョになっただけのマイナーチェンジではなく、あくまで「勝つための熟成型」としての変更となります。 

    求められたのは「悪条件でも崩れにくい」こと

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    エボ6の強みを一言でいえば、速さそのものより「競技での総合完成度」です。

    まず冷却。

    エボ6はエボ5比で明確に熱対策へ踏み込んでいる。ラリーや全開走行では、パワーそのものより熱ダレしないことがタイムに効く。前まわりの開口部処理や補器冷却の見直しは、そのまま信頼性と連続性能につながります。  

    次に空力。

    1999年WRCの公式ヒストリーでは、エボ6最大の違いは空力パッケージだとされている。つまり三菱自身が、エボ6の進化点をまずエアロに置いていたということだ。大きな羽を付けて迫力を出したかったのではない。高速域や荒れた路面で車体を落ち着かせるために必要でした。  

    そしてシャシー。

    AYCを軸とした四駆制御と、前後サスペンションの細かな煮詰めによって、エボ6は“曲げてから踏める”感覚が強い。

    ランエボは昔からパワーで押し切るクルマだと思われがちですが、実際には前が入り、向きが変わり、四駆で引っ張り出す一連の流れが速さの源泉でした。

    エボVIはその流れがかなり完成に近いところにあったのです。

    グループAランエボの栄光を極めた世代

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    エボVIが特別視される理由は、市販車としての出来だけでは語れません。

    競技の戦績が、あまりにも強すぎたのです。

    三菱公式WRCヒストリーによれば、1999年のエボVIは市販車とグループAラリーカーが同時にデビューし、その年の三菱はモンテカルロ、スウェディッシュ、ニュージーランド、サンレモなどで勝利。

    三菱はこの時代、すでにWRCがワールドラリーカー規定へ移っていたにもかかわらず、純グループAでタイトルを争い続けていました。

    公式も1999年を、グループAランサーエボリューションにとっての栄光の瞬間として振り返っています。

    翌2000年もエボVIはモンテカルロで勝利し、高い競争力を維持。サスペンションの改良を続けながら戦っていたことも三菱公式に記されています。

    つまりエボ6は、単に“人気の旧車”ではなく、世界選手権の最前線で実際に結果を出し続けたモデルでした。

    「伝説化」ではなく、当事者の時代だった

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    三菱のWRC全盛期については、当時ランサーエボリューションの車体開発全般に携わった田中泰男氏へのインタビューがあり、4連覇時代の舞台裏を振り返っています。

    エボVIは、後年の評論で神格化された一台というより、まさに当事者たちが実戦で磨き込んでいた時代の中心車種でした。

    また、エボVIの価値を決定づけた出来事として外せないのが、トミー・マキネンの4年連続ドライバーズタイトルを記念したトミー・マキネン・エディションの存在です。

    三菱公式ヒストリーでは、専用意匠だけでなく、舗装路向けにエンジンとハンドリングを調整し、車高を10mm下げ、フロントストラットタワーバーやクイックステアリングで応答性を高めたとされます。

    あれは単なる記念車ではなく、勝者の文脈をそのまま市販車へ封じ込めた一台でした。

    エボ6とは何者だったのか?

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    エボ4が技術投入の転機、エボ5がワイド化と本格進化の象徴なら、エボ6はその成果を競技レベルで完成させたモデルです。

    だからエボ6は、後から見ると地味に見えるかもしれない。

    ベースを大きく変えたわけでもないし、新機構をこれでもかと増やしたわけでもない。しかし実際には、必要なところを必要なだけ進化させた結果、ランエボという車名の信頼を決定づけた。そういう一台なのです。

    速いだけじゃない。

    熱に強い、姿勢が乱れにくい、踏める、曲がる、荒れた状況でも戦える。

    エボ6は、ランエボが「勝つための四駆ターボ」だったことを最も濃く証明したモデルと言えるでしょう。

  • ランサーエボリューションIV – CN9A 【変態技術で曲がる次世代のエボ】

    ランサーエボリューションIV – CN9A 【変態技術で曲がる次世代のエボ】

    ランサーエボリューションIVは、1996年8月に登場した四代目ランエボです。

    三菱自動車の公式車史でも、この代からランサー自体がフルモデルチェンジを受けた「第2世代」に入ったことが示されており、エボIVはその新しい器に合わせて生まれた最初のエボでした。

    つまりこれは、エボIIIの延長線上の小改良ではなく、プラットフォームごと更新して次の時代へ入ったランエボだったわけです。  

    エボは既に勝てるクルマだった

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    エボIIIまででランエボは、4G63ターボ、4WD、年ごとの実戦フィードバックでかなり強いシリーズになっていました。

    そして1996年WRCではエボIIIで5勝を挙げ、トミ・マキネンがドライバーズタイトルを獲得している。

    そんな中で出てきたエボIVに求められたのは、初期エボの熟成ではなく、勝てることが分かったランエボを、もっと高い次元へ押し上げることでした。

    「Active Yaw Control」 を世界初搭載

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    この世代を象徴するのは、やっぱりAYCです。

    三菱公式は、AYC(Active Yaw Control)を「走行状況に応じて後輪左右のトルク差をコントロールし、車体に働くヨーモーメントを制御して旋回性能を向上するシステム」と説明しており、しかも1996年8月発売のランサーエボリューションIVに世界で初めて採用したと明記しています。

    ここがエボIVの最大の意味で、ただグリップで曲がる四駆ではなく、電子制御で積極的に向きを変える四駆へ進化した。ランエボの文法が、ここで一段変わったんです。  

    積極的に曲がる仕組み

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    だからエボIVは、単に速いだけじゃなく「曲がり方」が新しい。

    それまでのランエボも十分速かったんですが、エボIVは後輪左右の駆動配分でヨーを作るという新しい答えを持ち込みました。

    ラリーの現場では、速い四駆であるだけでは足りない。どれだけ早くノーズを向け、どれだけ早く次の加速に移れるかが効いてくる。

    AYCはそこを狙い撃ちしていて、エボIVはランエボが「ハイテクで速い」方向へ本格的に舵を切った最初の一台でした。  

    親の顔より見た4G63

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    心臓部は引き続き4G63です。

    WRC 1997の三菱公式ページでは、エボIV競技車のスペックとして4G63 1,997ccターボ、290ps、50kg-mが示されています。

    市販車と競技車をそのまま同列にはできないけれど、少なくともこの世代の4G63が、シリーズ初期よりさらに濃い戦闘力へ踏み込んでいたことははっきりしている。

    つまりエボIVは、AYCみたいな新機構だけが目玉ではなく、4G63そのものもまだまだ主役であり続けていた世代です。  

    ボディを新調したエボIV

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    しかもこの世代は、ボディそのものが新しくなっている。

    第2世代ランサーをベースにしたエボIVは、I〜IIIの延長に見えて、土台はかなり違う。

    新しいボディへ合わせて、メカも制御も刷新してくるからこそ、エボIVは「IV」というより「第二章の1作目」として見るとしっくりくる。

    エボIIIまでの流れを一度畳んで、ここからランエボはより洗練され、より複雑で、より速い四駆になっていく。  

    WRCでもいつも通り強い

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    実戦でも、エボIVはちゃんとその価値を証明しています。

    三菱の1997年WRCページによれば、エボIVはモンテカルロ3位、スウェディッシュ3位、サファリ2位と序盤から安定して上位に入り、ポルトガル、カタルーニャ、アルゼンチン、1000湖で優勝。

    結果としてトミ・マキネンは2年連続でドライバーズタイトルを防衛しました。

    特にカタルーニャは、三菱にとって初のターマックラリー優勝だったと公式が説明していて、これがかなり大きい。

    エボIVは、グラベル番長ではなく、オールラウンダーへ進化したランエボでもあったわけです。  

    ターマックでも好成績を残した意味

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    このターマックでも勝てたという事実はかなり重いです。

    三菱公式は、1997年カタルーニャでの優勝について「これが三菱自動車にとって初の舗装路ラリー優勝であり、ランサーエボリューションがあらゆる路面に対応できるオールラウンダーへ進化したことを明確に示した」と説明しています。

    ここがエボIVの本質をかなりよく表している。エボIIIまでのランエボは「強いラリー車」だった。でもエボIVで、どこでも勝てるラリー車へ一段上がった。  

    強すぎて何年も使われた

    https://kuruma-dna.com/ct9a-4

    さらに1998年も、エボIVはまだ主役でした。

    三菱の1998年WRCページによれば、この年から三菱はついにワークスマシン2台で全14戦フル参戦を開始し、開幕戦モンテカルロでも前年のチャンピオンカーであるグループA仕様ランサーエボリューションIVを投入しています。

    そしてスウェディッシュ、サファリでなんと優勝を記録。

    つまりエボIVは1997年だけの当たり車ではなく、翌年のフル参戦体制の基盤も支えた。本当に強いから翌年も使われたというのは、かなり説得力があります。  

    元々強かったエボにAYCが加わった

    https://kuruma-dna.com/e38a

    4G63ターボ4WDという強い骨格に、AYCという新しい頭脳を載せたことです。4G63のパワー、4WDのトラクション、そしてAYCによる積極的な旋回制御。この組み合わせでエボIVは、ラリーだけの車からサーキットでも速い車として一歩抜けた。

    ランエボが後年までずっと曲がる四駆として語られる土台は、ここで醸成されたものなのです。

    エボIVのシリーズへの貢献  

    https://kuruma-dna.com/cz4a

    だからエボIVは、シリーズの中でもかなり重要なモデルです。

    エボI〜IIIは、毎年まっすぐ強くなっていく初期ランエボの物語でした。そこからエボIVで、ランエボは一度ステージを変えます。

    フルモデルチェンジした新型ランサー、新しい制御思想、ターマック勝利、連続王座。こいつは単なる四代目じゃない。ランエボが“世界王者のハイテク四駆”へ本格進化した起点なんだと思います。  

    まとめ

    https://kuruma-dna.com/de2a

    まとめると、ランサーエボリューションIVは、

    初期エボを脱ぎ捨てて、ハイテクで曲がるランエボへ進化した第二世代の起点です。

    AYCという革命、そしていつもの4G63、1997年WRCの4勝と連続タイトルはその証明。エボIIIまでが「ラリー直結の鋭い進化」なら、エボIVはそこに電子制御で勝ち方を増やした世代でした。  

    次のエボVについても、ここからさらにブラッシュアップを重ねられて強化されることとなります。

  • ランサーエボリューションV – CP9A 【WRカーにグループAのまま殴り合う本気のエボ】

    ランサーエボリューションV – CP9A 【WRカーにグループAのまま殴り合う本気のエボ】

    ランサーエボリューションVは、1998年1月に登場した五代目ランエボです。

    三菱公式の車史では、1997年にFIAがより広範囲な改造を認めるWRカー規定を導入した中でも、三菱は従来のグループA参戦を継続し、「性能向上に必要な技術要件は量産車に盛り込む」という方針のもとでエボVを投入したとはっきり説明しています。

    つまりエボVは、レギュレーションで不利になったグループAのまま、不利な条件ごと量産車ベースで勝ちに行くための回答だったわけです。  

    今考えてもイカれているというか、三菱のランエボに対しての信頼が厚すぎて笑えますねこれ。

    土俵が変わった結果の攻め仕様

    https://kuruma-dna.com/cp9a-2

    エボIVでAYCを導入し、1997年にはトミ・マキネンが2年連続王者を獲得、さらに三菱は初のターマック勝利まで手にしていました。

    そんな中で出てきたエボVに求められたのは、ただタイトル防衛をすることではありません。

    WRカー時代でもまだグループAで戦えると証明することでした。

    だからエボVは正常進化というより、勝利の条件が変わった中で、ランエボ側も明確に戦闘力を引き上げた世代なんです。  

    三菱、鬼のワイドトレッド化

    https://kuruma-dna.com/cn9a-1

    この世代を象徴するのは、やっぱりワイドトレッド化だ。

    三菱公式は、エボVの主な強化点として「前後トレッドを大幅に拡大」したことを明記している。さらに英語版WRCの公式サイトでも、1998年カタルーニャで投入された新グループA仕様エボVの主な強化点は“wider track”だったと説明されている。

    ここがすごくエボVらしい。電子制御だけで勝つんじゃなく、まず土台を広げて、もっと踏める、もっと曲がれる、もっと安定するクルマにした。見た目の迫力が増したのも、ちゃんと競技の必然から来ている。  

    足回りも着実に強化

    https://kuruma-dna.com/ct9a-1

    しかも足まわりもかなり本気になっています。

    公式車史では、フロントに倒立式ストラットを採用し、タイヤも225/45ZR17へ拡大したとあります。ブレンボ製キャリパーまで採用され、制動性能も大幅に向上しました。

    つまりエボVは、パワーだけ上げたモデルではありません。

    ワイド化したボディに対し、タイヤ、足、ブレーキまで全部まとめて引き上げている。「速く走るための一式」が一気に太くなった世代だ。  

    安心と信頼の4G63もしっかり進化

    https://kuruma-dna.com/ce9a-3

    三菱公式によれば、ピストン軽量化やターボチャージャーのノズル面積拡大によって、最大トルクは38.0kg-mまで増大した。

    エボVはトルクの強化が大きく、単純な最高出力の数字遊びというより、ラリーで実際に使う中間域や立ち上がりの強さまで含めて詰めてきた感じが強いです。

    ワイド化した車体と足、そして太くなったトルクが噛み合うことで、エボVは「速いエボ」から「踏み切れるエボ」へ寄っていくこととなります。

    見た目以上に強化された空力と冷却

    https://kuruma-dna.com/ce9a-2

    三菱公式は、アルミ製フロントブリスターフェンダー、リアオーバーフェンダー、迎角調整式アルミ製リアスポイラーなどで、空力性能と冷却性能も改善したと説明しています。

    だからエボVのワイドで厳つい見た目は、単なる演出じゃない。

    WRカー相手にグループAで勝つため、必要なものがそのまま外観へ出てきた姿なんです。エボIIIで“ランエボ顔”が濃くなったなら、エボVでは「ランエボの本気顔」が完成した感じがありますね。  

    毎度はしっかり結果を出すランエボ

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    1998年WRCでは、開幕からエボIVで戦い、スウェディッシュとサファリで優勝。その後、第5戦カタルーニャで新しいグループA仕様エボVがデビューし、マキネンはその初陣を3位でまとめたあと、第7戦アルゼンチンで3年連続優勝を達成しています。

    さらにその年、トミ・マキネンは3年連続のドライバーズタイトルを獲得し、三菱は初のマニュファクチャラーズタイトルも手にした。つまりエボVは、見た目も中身も派手になっただけじゃなく、ちゃんと王座を決めたクルマでした。  

    マニュファクチャラーズタイトルの獲得

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    この「三菱初のマニュファクチャラーズタイトル」はかなり重い。

    ドライバーが速いだけでは取れないし、車が1台だけ当たっても届かない。チーム、車両、年間の総合力が揃って初めて獲れる。

    エボVはその年のタイトルを通して、ランエボが単なる名物グレードじゃなく、三菱のラリー活動そのものを代表する勝利の量産車になったことを証明した。  

    どんな土俵でも戦い抜けるエボ

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    AYC世代のランエボを、ワイドトレッドと足とブレーキと空力で本当に勝ち切れる形へ押し上げたことです。

    ワイド化した土台、225タイヤ、倒立ストラット、ブレンボ、増したトルク、調整式リアスポイラー。どれか一つの飛び道具じゃない。

    全部を同じ方向へ太らせたことで、WRカー時代のグループAでも戦い抜ける厚みを持ったのがエボVでした。  

    「本気」のエボ

    https://kuruma-dna.com/cz4a

    エボIVがハイテクで曲がる第二世代の起点なら、エボVはその技術を「勝つための体格」にまで広げた世代。ランエボが「曲がる四駆」として語られるだけでなく、「ワイドで厳つくて本当に速い四駆」として強烈な記号性を持ちはじめたのは、ここからだと思います。

    まとめ

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    WRカー時代に、あえてグループAのまま殴り勝つためにワイド化した本気のエボです。

    ワイドトレッドは土台の強化、ブレンボと17インチは武装、増えたトルクは実戦力、そして1998年のドライバーズ&マニュファクチャラーズ戴冠はその証明。

    エボIVが革命なら、エボVはその革命をチャンピオン仕様に仕上げた世代でした。  

    次のエボVIは、このエボVをベースに空力をさらにラリー特化で煮詰めた完成版となります。

  • ギャラン VR-4 – E38A/E39A【後のランエボを作った4WDターボ】

    ギャラン VR-4 – E38A/E39A【後のランエボを作った4WDターボ】

    ギャランVR-4は、1987年12月に登場した高性能4WDセダンです。

    三菱公式の会社史では、このVR-4は4G63 DOHCインタークーラーターボを搭載し、205ps/6000rpmを発生すると説明されています。

    しかも単なる速い上級グレードではなく、フルタイム4WDと4WSまで組み合わせた当時の三菱のフラッグシップモデルでした。

    つまりギャランVR-4は、後からラリーに使われたのではなく、最初から「技術の全部入り」で世に出た高性能セダンなわけです。

    「グループAで世界と戦うクルマ」

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    このクルマの意味は、市販車の豪華さだけでは足りません。

    新型ギャランが1987年10月に登場した後、その高性能版であるギャランVR-4を武器に、三菱は1988年から5年ぶりにWRCへ本格復帰します。

    ワークスとセミワークスの二本立てで参戦し、ヨーロッパ戦線とアジア・パシフィックの両方を睨んでいました。

    つまりVR-4は、三菱が“国内で速いクルマ”を作った話ではなく、世界ラリー選手権で戦う前提のグループAベース車として出てきたクルマだったわけです。  

    名機4G63が、この先の三菱を決めてしまった

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    ギャランVR-4、そしてランエボすらも語るうえで外せないのが4G63です。

    WRCアーカイブでは、グループAの厳しい規則下でも、この4G63エンジンは競技仕様でキャリア初期から300馬力超を発揮していたと説明されています。

    さらに1990年ダカールのページでも、当時WRCを戦っていたギャランVR-4の4G63は300PS、45kg-m級の性能を持っていたとされています。

    要するに4G63は後のランエボで神格化される前から、すでにギャランVR-4の時点で世界と戦えるターボだったんです。

    ランエボの強さは突然生えたものではなく、既にこの時点で作られていたんですね。

    4WDと4WSまで持ち込んだ

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    ギャランVR-4の面白さは、ただのターボ四駆で終わらないこと。

    このクルマはフルタイム4WDに加えて4WSまで備え、当時大きな注目を集めました。ここがすごく80年代末の旗艦モデルらしい。

    後のランエボのような「軽量・戦闘的・ラリー直結」というより、VR-4はまず三菱が持てるハイテクを全部投入して、世界で勝てるセダンを成立させようとしたクルマでした。

    やや大柄で重さもあるが、その代わりスケールの大きい速さと安定感を持っていたんです。

    実戦では、ちゃんと世界で勝っている

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    ここがVR-4の重み。

    三菱のWRCアーカイブによれば、1988年のデビュー年からアジア・パシフィックでは篠塚建次郎氏がマレーシア、オーストラリアなどで勝利し、初代APRC王者にもなりました。

    さらにWRCワークス体制では、1989年にミカエル・エリクソンが1000湖ラリーで優勝、RACでもペンティ・アイリッカラが優勝。

    以後も1990年アイボリーコースト、1991年スウェディッシュとアイボリーコースト、1992年アイボリーコーストと勝利を積み上げ、三菱公式ではギャランVR-4のWRC通算勝利数を6と明記しています。

    つまりVR-4は後のランエボの踏み台なんかじゃない。それ単体で、もうWRC勝利車です。  

    しかし、強いままでも限界はあった

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    ここが長いランエボの歴史につながってきます。

    ギャランVR-4は速かったし、実際に勝った。

    でも三菱自身が後年の説明で、1993年のグループA規定変更によりホモロゲーション条件が緩和されると、より軽量・コンパクトなランサーをベースに次の主力マシンを作る決断をしたと示しています。

    1992年にはすでにギャランVR-4の大規模開発をほぼ止め、参戦数も絞っていた。

    つまりVR-4は弱かったから終わったのではない。強かったけど、もっと勝てる器が見つかったから役目を終えたんです。

    これがエボ1への一番きれいな橋渡しになります。  

    「全部入り」のまま世界で通用した

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    ギャランVR-4の強みを一言で言えば、ハイテク高性能セダンの姿のまま、ちゃんと世界ラリーで勝てたことです。

    4G63ターボ。フルタイム4WD。4WS。

    そしてグループAで鍛えられた競技性能。

    後のランエボは、ここからもっと軽く、もっと鋭く、もっとラリーに寄っていく。けれどVR-4はその前段階として、三菱の4WDターボが世界で勝てることを先に証明した。この証明があったから、ランエボは最初から本気で出せたわけです。  

    時代を感じさせるAMG仕様

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    実はこのクルマ、面白いモデルがあります。

    ギャラン系には1989年に西ドイツAMG社と共同開発した「ギャランAMG仕様車」まで存在していたのです。

    三菱の車史ページにもその記述があり、当時のギャランが単なる大衆セダンではなく、かなり強いスポーツイメージと技術イメージを背負っていたことがわかりますね。

    VR-4はその頂点で、ギャランという車名そのものにただのファミリーセダンじゃない空気を持ち込んだモデルでもありました。  

    エボの前座では終わらない

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    ギャランVR-4は、ランサーエボリューションの前身ではあります。

    でも前身という言葉だけだと少し弱い。実際には、三菱の4G63ターボ4WD路線を世界で通用する勝ち筋として成立させた本命です。

    WRC6勝、APRC制覇、そしてそのノウハウを全部ランエボへ渡して退く。かなり役者として完成しています。

    大柄なセダンなのに、やっていることは完全に戦うクルマでした。  

    まとめ

    https://kuruma-dna.com/ct9a-4

    ギャランVR-4を一言でいえば、

    ランエボに先立って、三菱の4G63ターボ4WDが世界で勝てることを証明した原点です。

    ハイテク全部入りの高性能セダンとして生まれ、WRCで6勝を挙げ、そのまま次の主役であるランサーエボリューションへバトンを渡した。  

    だからVR-4は、エボの前史じゃない。

    エボが成立する前に、すでに三菱が世界へ通用させていた本編の一つなのです。

  • ランサーエボリューション – CD9A 【ホモロゲのために生まれた急造の怪物】

    ランサーエボリューション – CD9A 【ホモロゲのために生まれた急造の怪物】

    ランサーエボリューションIは、1992年10月に登場した最初の「エボ」

    三菱自動車の公式ヒストリーでも、この初代は「栄光のマシン『ランサー』の名を受け継いだ」モデルとして紹介され、しかも発売後に即完売するほどの人気を集めたとされています。

    つまりエボ1は、後から神話になった始祖ではなく、登場した瞬間からただならぬ期待を背負っていたホモロゲーションモデルでした。  

    出発点はギャランVR-4の限界

    https://kuruma-dna.com/ce9a-2

    このクルマの開発背景はかなり明快です。

    三菱は80年代末からギャランVR-4でWRCを戦っていましたが、1993年シーズンに向けてグループAの規定変更が入り、ホモロゲーション取得に必要な最少生産台数は5000台から2500台へ引き下げられました。

    三菱のWRCアーカイブでも、1993年開幕戦モンテカルロにグループAランサーエボリューションを投入する計画のため、1992年にはギャランVR-4の大規模開発をほぼ止め、参戦数まで絞っていたと書かれています。

    要するにエボIは、ギャランVR-4の延長ではなく、次に勝つために急いで切り替えられた新兵器でした。  

    だからこそ、ランサーに白羽の矢が立った

    https://kuruma-dna.com/ce9a-3

    エボ1の核心はここです。

    三菱公式は、戦闘力を高めるために軽量・コンパクトなランサーをベースに選び、ギャランVR-4で熟成してきた4G63型2.0LインタークーラーターボとVCUセンターデフ方式のフルタイム4WDを搭載したと説明しています。

    大きいギャランで勝てないわけではない。

    けれど、ラリーで本当に強いベースを考えた時、より小さく、より軽く、より振り回しやすいランサーの方が正しかった。

    エボ1は、三菱が勝利のために迷わず小型化を選んだ結果だったわけです。  

    VR-4から魔改造が施された4G63

    搭載されたのは親の顔より見た4G63型2.0L DOHCターボ。

    市販車のエボ1はギャランVR-4より10PS高い250PSを発生させます。WRCの1993年ページでは競技車が4G63 1,997ccターボで295ps、45.9kg-mを発生していたと記されています。

    つまりエボ1は、単に「ランサーに強いエンジンを積みました」では片付けられません。市販車の時点でギャランより一段攻めた出力を与えつつ、競技車ではそこからさらに詰めていける土台を持っていた。

    最初のエボからもう、4G63を核にした戦闘車両として設計されていたんです。  

    見た目以上にちゃんと戦うためのボディ

    https://kuruma-dna.com/cn9a-1

    エボ1の強さはエンジンと4WDだけじゃありません。

    ボディは要所補強で剛性を高めつつ、アルミ製ボンネットフードの採用などで軽量化を推進。サスペンションも剛性アップを中心に最適化され、大開口フロントバンパーと大型リアスポイラーで空力も追求していました。

    つまりこのクルマは、派手なエアロをつけたランサーではなく、ラリーカーのベースとして必要な部分をちゃんと全部やったランサーだったのです。

    ここが最初のエボからもう抜かりないですね。

    インテリアまで含めて、最初から「その気」

    https://kuruma-dna.com/e38a

    面白いのは、中身が本気なだけじゃなく雰囲気も本気なことです。

    当時では珍しいレカロ製スポーツシートやMOMO製ステアリングホイールまで採用されていました。

    ホモロゲーションモデルなんだから当然と言えば当然ですが、エボ1は最初から「普段使いのランサーをちょっと速くした」感じではなく、乗り込んだ時点で戦闘車の空気をちゃんと出していた。

    これが後のエボらしさの原点でもあります。  

    実戦投入の初年度から大活躍

    https://kuruma-dna.com/cp9a-1

    1993年のWRCでランサーエボリューションはモンテカルロでデビュー。

    初陣はトラブルを抱えながらもケネス・エリクソンが4位、アーミン・シュワルツが6位で完走。

    その後もポルトガルで初のベストタイム、アクロポリスで3位、1000湖で5位を記録し、最終戦RACではエリクソンが2位まで迫りました。

    しかもシーズン中盤にはリアサスペンション、前後スタビライザー、4WDシステムを徹底的に見直し、ハンドリングが著しく向上したと公式に記されています。

    エボ1は未完成な試作品ではなく、デビュー年からもう十分戦えて、しかも伸びしろまで見せた一台でした。  

    「勝つための縮小」

    https://kuruma-dna.com/cp9a-2

    エボ1の強みを一言で言えば、ギャランVR-4で培った武器を、より小さく軽い器へ詰め替えたことです。  

    軽量・コンパクトなランサーのボディ。熟成された4G63ターボ。VCUセンターデフ方式のフルタイム4WD。補強と軽量化を両立したボディ。

    そしてラリー前提の空力と足まわり。  

    どれか一つの奇策で勝とうとしたクルマじゃない。

    既に持っていた技術を、一番勝てるサイズにまとめ直したことがエボ1最大の強さでした。だから初代からいきなりエボらしいんです。  

    エボ1は始祖というより既に切り札だった

    後から見るとエボ1はシリーズの最初の一台に見えます。

    でも当時の空気で見ると、これは悠長な第1章ではないことが伺えます。グループA規定変更に対応し、ギャランからランサーへ主役を切り替え、1993年開幕へ間に合わせるための実戦投入です。

    しかも市販車は発売後すぐ完売し、WRCでも初年度から上位争いに絡んだ。

    エボ1は後の成功につながる試金石というより、最初から勝負に出た初代エボでした。  

    まとめ

    ランサーエボリューション1を一言でいえば、

    ギャランVR-4の武器を、勝つために最も鋭いサイズへ詰め込んだ最初のエボです。  

    軽量・コンパクトなランサーを土台に、4G63ターボとフルタイム4WDを載せ、補強と軽量化と空力まで真面目に詰めた。  

    だからエボ1は、記念すべき初代というより、

    最初からいきなり本気だったランエボと言える存在なのです。ここも極めてランエボらしいですね。