C63S E PERFORMANCE – W206【AMGがV8を捨てた日】

AMGのC63といえば、V8だった。それはもう、ほぼ同義語と言ってよかった。ところが2022年に登場したW206世代のC63S E PERFORMANCEは、そのV8を完全に捨てています。載っているのは2.0リッター直列4気筒ターボと、リアアクスルに組み込まれた電動モーター。合計システム出力680PS。数字だけ見れば歴代最強です。ただ、この車が巻き起こした議論の本質は、馬力の多寡ではありませんでした。

V8という「約束」が消えた衝撃

歴代C63を振り返ると、W204では6.2LのM156型自然吸気V8、W205ではM177型4.0L V8ツインターボ。どちらもAMGが自社で手組みしたV8エンジンを心臓に据えていました。C63にとってV8は単なるパワーユニットではなく、Eクラス以上のAMGと同じ心臓を持つCクラスという、ある種の「格上げの証明書」だったわけです。

それがW206世代で、A45 AMGと基本設計を共有するM139型の直列4気筒に置き換わった。排気量は4.0Lから2.0Lへ、気筒数は8から4へ。これは単なるダウンサイジングという言葉では片づけられません。AMGのヒエラルキーそのものを書き換える判断でした。

なぜ4気筒になったのか

理由は複合的ですが、最大の要因はEUの排出ガス規制です。2020年代に入り、メーカー平均CO2排出量の規制は年々厳しくなっています。大排気量V8をCセグメントの量販モデルに載せ続けることは、企業としての排出枠を圧迫する。AMGがどれほどV8を愛していても、規制の算術には勝てません。

もうひとつは、メルセデス全体のEV・電動化戦略との整合性です。W206のCクラス自体がMRA2プラットフォームへ移行し、48Vマイルドハイブリッドや高電圧PHEVを前提とした設計になっています。AMGだけが旧来のV8レイアウトに固執すれば、プラットフォーム設計全体に無理が出る。つまりC63のパワートレイン変更は、1車種の問題ではなくブランド全体の構造転換の一部だったということです。

AMGの開発責任者だったヨッヘン・ヘルマン氏は、発表時に「電動化はAMGのDNAを否定するものではなく、パフォーマンスの新しい表現方法だ」と語っています。この発言は額面通りに受け取れば前向きですが、裏を返せば「V8を残す選択肢はもうなかった」という現実認識の表明でもあります。

M139lの異常な作り込み

搭載されるエンジンはM139l。A45 AMGのM139型をベースにしつつ、専用のターボチャージャー、電動ウェイストゲート、新設計のクランクシャフトなどを投入した大幅改良版です。単体で476PSを発生しますが、これは量産2.0L 4気筒エンジンとしては世界最高出力です。リッターあたり238PS。数字だけ見れば、もはやレーシングエンジンの領域に踏み込んでいます。

注目すべきは、電動アシスト付きターボ(eターボ)の採用です。排気タービンと吸気コンプレッサーの間に薄型の電動モーターを組み込み、排気エネルギーが立ち上がる前から強制的にコンプレッサーを回す。いわゆるターボラグをほぼ消し去る技術で、これはメルセデスAMGがF1で培った技術のフィードバックとされています。

ただし、4気筒である以上、V8のような低回転域からのトルクの厚みや、回転上昇に伴う音の重層感は物理的に再現できません。ここを補うのが、リアアクスルに搭載された電動モーターです。

P3ハイブリッドという選択

C63S E PERFORMANCEのハイブリッドレイアウトは、リアアクスルに電動モーターと2速トランスミッション、そして6.1kWhの小型バッテリーを配置するP3方式です。フロントにエンジン、リアに電動モーター。この配置により、物理的な四輪駆動が成立します。AMGが「パフォーマンスハイブリッド」と呼ぶのは、燃費改善よりも動力性能の向上を主目的としているからです。

電動モーター単体で204PS/320Nmを発生し、エンジンと合算したシステム出力は680PS、最大トルクは1,020Nm。0-100km/h加速は3.4秒。先代W205型C63S(510PS、4.0秒)を大きく凌駕しています。

ただし、バッテリー容量は6.1kWhと小さく、EV走行距離は13km程度。これは明確に「長距離をEVで走る」ためのものではありません。加速時の瞬間的なトルク補填と、減速時のエネルギー回生、そしてリアアクスルのトルク配分制御のためのバッテリーです。ここにメルセデスAMGの割り切りが見えます。電動化はしたが、あくまで走りのための電動化であると。

重さという代償

この構造には、当然ながらトレードオフがあります。車両重量は約2,111kg。先代W205のC63Sが約1,740kgだったことを考えると、370kg以上の増加です。バッテリー、電動モーター、2速ギヤボックス、冷却系統。電動化のために追加されたハードウェアの重量は、どうしても積み上がります。

2.1トンを超えるCクラスというのは、率直に言って違和感があります。Eクラスより重いCクラスのスポーツセダン。AMGはこの重量増をリアアクスルステアリングや電子制御ダンパー、トルクベクタリングで相殺しようとしていますが、物理的な重さは完全には消せません。

実際、メディアの試乗記でも「直線の速さは圧倒的だが、ワインディングでの軽快さは先代に及ばない」という評価が少なくありません。これはAMG自身も想定していたはずで、だからこそサーキット指向のブラックシリーズではなく、「E PERFORMANCE」というネーミングを選んだのだとも読み取れます。

サウンドと感情の問題

もうひとつ、避けて通れないのがエキゾーストサウンドです。V8のC63は、始動時の咆哮からして特別でした。あの低く太い排気音は、C63というクルマの情緒的価値の大きな部分を占めていた。4気筒ターボになったW206では、当然ながらその音は出ません。

AMGはアクティブエキゾーストシステムや室内のサウンドエンハンスメントで補おうとしていますが、V8の物理的な振動と音圧を電子的に再現するのは不可能です。ここは好みの問題であると同時に、ブランドのアイデンティティに関わる問題でもあります。

ただし、冷静に考えれば、W204のM156型自然吸気V8からW205のM177型ツインターボV8に変わったときも、「音が変わった」「NAの方がよかった」という声はありました。AMGは常にパワートレインの転換期に感情的な反発を受けてきた。その意味では、今回の反応もAMGの歴史の中では既視感のある風景とも言えます。

C63が示した「AMGの次」

W206型C63S E PERFORMANCEは、単にC63の新型というだけではありません。AMGというブランドが、電動化時代にどうやって存在理由を維持するかという問いに対する、最初の本格的な回答です。

V8を手放す代わりに、F1由来のeターボ技術とリアアクスル電動モーターで歴代最高の出力を実現した。四輪駆動化によって全天候性能も手に入れた。一方で、重量増とサウンドの喪失という代償も背負っています。

この車を「V8を失った堕落」と見るか、「規制時代のパフォーマンスの再定義」と見るかは、おそらく10年後に答えが出るでしょう。ただ、ひとつ確かなのは、AMGが「何もしない」という選択肢を取らなかったということです。V8にしがみつくのではなく、新しいパワートレインで「速さ」を再構築する道を選んだ。その判断の是非はともかく、覚悟の重さだけは疑いようがありません。

C63は、AMGにとって常に「次の時代の入口」でした。W204でNAの大排気量V8を世に問い、W205でツインターボの効率を証明し、W206で電動化との融合に踏み出した。この系譜が何を意味するのか。それは、C63の次の世代が出たときに、はっきり見えてくるはずです。

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