アヴェンタドール – LP700-4【ランボルギーニが王であり続ける理由】

ランボルギーニのフラッグシップには、いつも「最後の○○」という形容がつきまとう。カウンタックは最後の手作りスーパーカー、ディアブロは最後の独立系ランボ、ムルシエラゴは最後のアウディ以前の設計思想──。

そしてアヴェンタドールには、「最後の自然吸気V12」という、おそらく最も重い冠がかぶせられることになりました。

2011年に登場し、2022年に生産を終了したこのクルマが背負っていたものは、単なるフラッグシップの看板ではありません。

ムルシエラゴの限界と次の一手

アヴェンタドールの話をするには、まず先代のムルシエラゴがどういう状況にあったかを知る必要があります。

ムルシエラゴは2001年に登場し、ランボルギーニがアウディ傘下に入ってから初めてのフラッグシップでした。

ただ、その中身はかなりの部分がディアブロの延長線上にあった。シャシーはスチールチューブラーフレームにカーボン補強を加えたもので、基本構造としてはすでに旧世代の設計でした。

それでもムルシエラゴは10年以上にわたって売れ続け、LP640やLP670-4 SVといった進化版で商品力を維持しました。

しかし2010年前後になると、フェラーリは458イタリアでアルミスペースフレームを刷新し、マクラーレンはMP4-12Cでカーボンモノコックを市販車に持ち込もうとしていた。

スーパーカーの構造技術は明確に世代が変わりつつあったわけです。

ランボルギーニにとって、次のフラッグシップは「改良」ではなく「全面刷新」でなければならなかった。ここがアヴェンタドール開発の出発点です。

カーボンモノコックという決断

アヴェンタドール最大の技術的トピックは、フルカーボンファイバー製のモノコックを採用したことです。ランボルギーニはこのモノコックを自社内で開発・生産する体制を整えました。

サンタアガタ・ボロニェーゼの本社工場内にカーボン成形の専用施設を設け、RTM(レジン・トランスファー・モールディング)工法を導入しています。

なぜこれが重要かというと、当時カーボンモノコックを量産スーパーカーに使っていたのはほぼマクラーレンだけだったからです。

しかもマクラーレンは外部サプライヤーに製造を委託していた。

ランボルギーニが内製にこだわったのは、単にコスト管理の問題だけでなく、将来的にカーボン技術をブランドの核にするという戦略的な判断でした。

実際、ランボルギーニはその後もカーボン関連の研究開発を加速させ、のちのセスト・エレメントやチェンテナリオ、さらにはウラカン後継のテメラリオに至るまで、カーボン技術はブランドの技術的アイデンティティになっています。

アヴェンタドールは、その起点だったわけです。

6.5リッターV12の意味

エンジンは新設計の6.5リッターV12自然吸気。型式はL539。

先代ムルシエラゴの6.5リッターV12(L534)をベースにしつつも、大幅に手が入っています。

シリンダーブロックやヘッドの設計を見直し、可変バルブタイミング(IDS:Independent Driving Strategy)を採用。最高出力は700馬力、レッドゾーンは8,250回転です。

700馬力という数字は、2011年当時のロードカーとしては文句なくトップクラスでした。

ただ、アヴェンタドールのV12が持つ本当の価値は、出力の大きさよりも「自然吸気であること」そのものにあります。ターボチャージャーもスーパーチャージャーも使わず、排気量と回転数だけで700馬力を絞り出す。

この時代にすでに、それは希少な選択でした。

フェラーリは2013年のラ・フェラーリでハイブリッドに舵を切り、2015年の488GTBではV8ターボに移行しました。マクラーレンも最初からV8ツインターボ。

つまり、大排気量自然吸気V12をフラッグシップの核に据え続けたのは、この時代においてランボルギーニだけだったと言っていい。それは技術的な保守ではなく、ブランドの存在証明としての選択でした。

ISRという異色のトランスミッション

アヴェンタドールのもうひとつの特徴は、ISR(Independent Shifting Rod)と呼ばれるシングルクラッチ式のオートメイテッドマニュアルトランスミッションを採用したことです。2011年という時点で、ライバルの多くはすでにデュアルクラッチ(DCT)に移行していました。フェラーリの458もマクラーレンのMP4-12Cも、変速の速さと滑らかさを両立するDCTを使っていた。

では、なぜランボルギーニはシングルクラッチを選んだのか。公式にはISRの変速速度が50ミリ秒と、当時のDCTに匹敵する速さだったことが理由のひとつとされています。加えて、重量とパッケージングの問題もあった。V12エンジンの巨大なトルクに対応するDCTは重く大きくなりがちで、車両全体の重量配分に影響する。ISRはその点で軽量・コンパクトという利点がありました。

ただ、正直に言えば、低速域でのギクシャク感はDCTに比べて明確に劣っていました。これはアヴェンタドールに対する数少ない、しかし繰り返し指摘された弱点です。ランボルギーニ自身もこの点は認識しており、後継のレヴエルトではデュアルクラッチ+ハイブリッドという構成に移行しています。ISRは、アヴェンタドールという車の性格──つまり洗練よりも衝撃を優先する姿勢──を象徴するような選択だったとも言えます。

進化の軌跡──SからSVJ、そしてウルティマエへ

アヴェンタドールは11年間の生産期間中に、何度も大きな進化を遂げました。2016年登場のLP750-4 SVは、出力を750馬力に引き上げるとともに空力を大幅に見直し、よりサーキット志向のキャラクターを打ち出しています。

2017年にはアヴェンタドールSが登場。出力は740馬力に設定され、四輪操舵(リアステアリング)を初採用しました。これによりホイールベースの長さからくる回頭性の課題が緩和され、街乗りでの取り回しも含めて走りの質が一段上がっています。

そして2018年のSVJ。これがアヴェンタドールの到達点と言っていいモデルです。出力770馬力、ニュルブルクリンク北コースで量産車最速タイム(当時)の6分44秒97を記録しました。ALA 2.0と呼ばれるアクティブエアロダイナミクスシステムが、コーナーごとにダウンフォースの左右配分を変えるという、かなり先鋭的な技術を実装しています。

最終モデルとなったのが2021年のLP780-4 ウルティマエ。「究極」を意味するこの名前が示す通り、V12自然吸気アヴェンタドールの集大成として780馬力を発生し、600台限定で生産されました。

「最後」が持つ重さ

アヴェンタドールが2022年9月に生産を終了したとき、累計生産台数は約11,465台に達していました。ムルシエラゴの約4,099台と比較すれば、その商業的成功は明らかです。アウディ=VWグループの資本とランボルギーニ固有のブランド力が噛み合った結果とも言えます。

ただ、アヴェンタドールが残した最大の遺産は販売台数ではありません。自然吸気V12ミッドシップという形式を、最後まで成立させたことです。

排ガス規制、騒音規制、燃費規制──あらゆる方向から圧力がかかる中で、ランボルギーニはこの形式を12年間守り抜いた。後継のレヴエルトはV12を残しつつもプラグインハイブリッドとなり、純粋な自然吸気V12はアヴェンタドールで途絶えました。

カウンタックからディアブロ、ムルシエラゴ、そしてアヴェンタドールへ。

約50年にわたって続いたランボルギーニの純V12ミッドシップの系譜は、このクルマで幕を閉じています。アヴェンタドールとは、時代に抗った車ではなく、時代が変わる直前に完成形を見せた車だった。

そう考えると、「最後の自然吸気V12」という形容は、感傷ではなく事実の記述とわかるでしょう。

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