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  • MR-Sの中古車は買い?【トヨタが最後に作ったミッドシップを、今あえて選ぶなら】

    トヨタが最後に作ったミッドシップスポーツ、MR-S。

    車重1トンを切るオープンボディに1.8リッターのNAエンジンという、今の時代にはもう出てこない組み合わせです。

    パワーで勝負する車ではありません。でも、だからこそ「操る楽しさ」が濃い。そういう車に惹かれている人が、この記事を読んでいるはずです。

    ただし、1999年から2007年までの生産車ですから、最も新しい個体でもすでに約20年落ち。

    しかもスポーツカーとして酷使された個体が少なくありません。何が怖くて、何はそこまで怖くないのか。

    ここを整理しておくことが、MR-Sの中古選びでは不可欠です。

    最初に警戒すべきは「前期か後期か」と「MTかSMTか」

    MR-Sの中古を選ぶうえで、まず最初に確認すべきポイントがあります。それは年式とミッションの種類です。2002年8月のマイナーチェンジを境に前期型と後期型に分かれ、この違いがトラブルリスクに直結します。

    前期型は5速MT/5速SMT、後期型は6速MT/6速SMTという構成です。後期型ではボディ剛性の強化、サスペンションの見直し、リアタイヤの大径化など走りの基本が底上げされています。そしてエンジン内部のピストンリングやピストンにも順次対策が入っており、後期型、とくに2005年以降の個体はエンジントラブルのリスクが大きく下がります。

    もうひとつ重要なのがミッションの選択です。MR-Sにはクラッチペダルのない「SMT(シーケンシャル・マニュアル・トランスミッション)」が設定されています。

    AT限定免許で乗れるという利点がありますが、このSMTこそがMR-S最大の地雷ポイントです。

    結論から言えば、可能な限りMT車を選ぶのが安全策です。理由は後述します。

    重大な弱点を部位ごとに整理する

    SMTの突然死。これがMR-Sで最も深刻な弱点です。走行中にいきなりギアが入らなくなる、減速時にエンジンが止まる、交差点で動けなくなる。こうした症状が、油圧ポンプやアクチュエーターの不良で発生します。しかも予兆なく起こることがあり、高速道路で発生すれば命に関わります。

    修理にはポンプとアクチュエーターの交換が必要で、工賃込みで30万円前後と高額です。しかも一度直しても2〜3年で再発するという声も少なくありません。さらに現在は一部の部品が生産終了しており、修理そのものが困難になりつつあります。SMT車を選ぶなら、この覚悟は必須です。

    前期型1ZZ-FEエンジンのオイル消費。

    MR-Sに搭載される1.8リッターエンジン「1ZZ-FE」は、前期型においてオイルを異常に消費する個体が多く報告されています。原因はピストンリングの張力不足とピストンのオイル逃し穴の設計です。ミッドシップゆえに油温が上がりやすいMR-Sでは、他の1ZZ搭載車よりも発症リスクが高いとされています。

    症状が進むとマフラーから白煙が出て、1,000kmあたり数百mlのオイルが減っていきます。放置すればエンジン内部のカーボン堆積が進み、O2センサーやエアフロメーターの故障を連鎖的に引き起こします。最終的にはエンジンのオーバーホールか載せ替えが必要になり、50万円規模の出費になることもあります。

    後期型、とくに2005年以降の個体ではピストンリングやヘッドカバー内部の対策品が投入されており、リスクは大幅に低減しています。中古で前期型を買う場合は、マフラー出口の白煙チェックが最重要項目です。

    純正エキゾーストマニホールドの割れ。エンジンの排気管の根元にあたる部品ですが、ミッドシップレイアウトで熱がこもりやすいMR-Sでは、この部品にクラックが入りやすいことが知られています。割れると排気漏れが起き、異音が出て車検にも通りません。

    排気音がやけに大きい、エンジン付近でビリビリと振動するような音がする場合は、この割れを疑ってください。社外品のエキマニに交換されている個体では、さらに割れやすい傾向があります。修理は部品代・工賃合わせて6万円前後が目安です。

    ステアリングシャフトの固着。ハンドルを回すときに途中で急に重くなったり軽くなったりする、操舵力にムラがある症状です。原因はステアリングのシャフトに使われているジョイント部分やスプライン(かみ合わせ部分)の錆による固着です。MR-Sはこの部分に水分や汚れが入りやすい構造になっており、車種固有のトラブルと言えます。

    パワーステアリング本体の故障と誤診されやすいのが厄介で、丸ごと交換しても直らなかったという事例もあります。試乗時にハンドルの重さが一定かどうか、注意深く確認してください。

    小さいが印象を悪くする不具合たち

    サイドブレーキワイヤーの固着。リアのブレーキキャリパーにつながるサイドブレーキのワイヤーは、ゴム製のブーツが破れて内部に水が入り、錆びて動きが悪くなります。MR-Sではワイヤーが上向きにキャリパーに接続される構造のため、水が抜けにくく発症しやすいのです。

    サイドブレーキが効かない、あるいは逆にリアブレーキが引きずる(常に軽くブレーキがかかった状態になる)という症状につながります。交換自体はワイヤー代が左右で約1万円程度ですが、MR-Sではワイヤーが燃料タンクの上を通っているため、タンクを降ろす必要があり、工賃がかさみます。

    幌(ソフトトップ)の劣化。MR-Sの幌は手動式で構造自体はシンプルですが、20年以上経過した個体では生地の劣化が進んでいます。縫い目からの雨漏り、リアウインドウの接着部分の剥がれ、ひどいものではリアウインドウが走行中にもげるといった事例もあります。

    幌の張り替えとなると20万円前後の費用がかかります。購入前に幌の状態は必ず確認し、張り替え済みの個体であればそれだけで安心材料になります。

    雨漏り。幌とは別の経路でも室内に水が入ることがあります。サイドインテーク(車体横の空気取り入れ口)のドレンが詰まるパターンや、ステアリングシャフトがフレームを貫通する部分のゴムシールが劣化して水が浸入するパターンです。

    運転席の足元が濡れている形跡がある個体は要注意です。水が入り続けた状態が長く続くと、フレームの錆に発展します。フレームは交換できない部品ですから、ここが錆びている個体は避けるべきです。

    サブ触媒のコア崩れ。エキマニ側に付いている小さな触媒(サブ触媒)の内部が崩れて詰まることがあります。とくに前期型で発生しやすく、詰まるとパワーが出なくなります。後期型では対策されています。試乗時に高回転まで回してみて、明らかにパワー感がない場合はこの可能性を疑ってください。

    補修部品の入手難。MR-Sは国内累計販売台数が約2万1千台と少なく、中古部品の流通量が極めて少ない車種です。バンパー、ヘッドライト、ドアミラー、テールランプといった外装部品の中古がほとんど出回りません。マニア人気が高いため、解体車が出てもすぐにショップや海外輸出に流れてしまうのが実情です。

    つまり、ぶつけたときの修理代が想像以上にかさみます。新品部品か板金塗装に頼るしかなく、ちょっとした接触事故でも出費が大きくなりがちです。これは日常的にMR-Sを使ううえで、常に頭に入れておくべきリスクです。

    逆に、ここは安心できる

    弱点ばかり並べてきましたが、MR-Sには安心して評価できる部分もしっかりあります。

    MT車のミッション本体は頑丈です。SMTのトラブルが目立つ一方で、通常のマニュアルトランスミッション自体は堅実な設計です。前期の5速では3速ギアの割れが稀に報告されていますが、後期の6速MTではそうした報告はほとんどありません。MTを選んでおけば、駆動系の心配は大幅に減ります。

    ブレーキ、パワーステアリング、電装系の基本的な信頼性は高めです。16万km走行しても内外の電装機能、パワステ、ブレーキ、エアコンに不具合が出なかったという長期オーナーの声もあります。トヨタ車らしく、基本的な部分の作りは手堅いと言えます。

    幌のシステムはシンプルで壊れにくい。手動式で電動モーターを使わない構造のため、機構そのものが故障するリスクはほぼありません。生地の劣化は避けられませんが、メカとして壊れる心配がないのは大きな安心材料です。約3秒で開閉できる軽快さも、この車の美点のひとつです。

    レギュラーガソリン仕様で燃費も良好。ハイオク指定ではないため、日常の燃料コストが抑えられます。リッターあたり10〜14km程度の実燃費が期待でき、スポーツカーとしては経済的です。維持費の面で過度に身構える必要がないのは、趣味車としてありがたいポイントです。

    現車確認で見るべきポイント

    まず、エンジンの白煙チェック。冷間始動時にマフラーから白煙が出ていないか、走行中に加速したときミラー越しに白煙が見えないか。前期型では特に重要です。

    次に、カスタムの有無と純正部品の残存。MR-Sはカスタム車両の比率が高い車種です。マフラー、エキマニ、触媒などが社外品に交換されている場合、純正部品が残っていないと車検のたびに苦労します。車検対応の社外マフラーでも経年劣化で音量が基準を超えることがあり、そのとき純正マフラーの中古はほぼ見つかりません。

    下回りの錆も必ず確認してください。リフトアップしてもらい、フレーム、マフラー、足回りの状態を目視します。外観がきれいでも腹下がボロボロという個体は実際にあります。レストア済みを謳う車両でも、下回りまで手が入っているとは限りません。

    幌の状態。生地の破れ、縫い目のほつれ、リアウインドウ周辺の接着状態。張り替え済みかどうかは大きな判断材料になります。

    SMT車の場合は試乗でのシフト動作確認が必須です。ニュートラルから1速への入り、変速時の引っかかり、警告灯の点灯がないかを注意深く見てください。冬場に警告灯が点きやすいという報告もあり、季節を問わず試乗することをおすすめします。

    そしてステアリングのフィーリング。ハンドルを切ったときに重さが一定かどうか、途中で引っかかるような感触がないか。ジョイント部分の固着は試乗でしか見つけられません。

    結局、MR-Sの中古は買いなのか

    結論から言います。後期型の6速MT車であれば、弱点を理解したうえでかなり買いです。

    1トンを切るミッドシップオープンという成り立ちは、今の国産車にはまったく存在しません。レギュラーガソリンで走り、維持費も常識的。140馬力という数字は地味に見えますが、この車重で味わうと十分以上に楽しい。トヨタ車らしい基本部分の信頼性も、趣味車としての安心感を支えています。

    ただし、前期型は1ZZ-FEのオイル消費リスクが無視できません。SMT車はミッション系統の突然死という、スポーツカーとして致命的な弱点を抱えています。この2つを避けるだけで、MR-Sの中古選びのリスクは劇的に下がります。

    補修部品の入手難は今後さらに深刻になるでしょう。ぶつけたら高くつく、という現実は常に頭に置いておく必要があります。それでも、この車でしか味わえないドライビングの質感がある。パワーに頼らず、車との対話を楽しめる人にとって、MR-Sは今でも十分に価値のある選択肢です。

    手を出してよい人は、後期MTの程度のよい個体を見つけられて、多少の手間やトラブルを楽しめる人。やめた方がよい人は、SMTしか選べない状況でトラブル対応に不安がある人、あるいは日常の足として完璧な信頼性を求める人です。

    MR-Sは、トヨタがもう二度と作らないであろうタイプの車です。

    程度のよい個体が市場に残っている今のうちに、触れておく価値はあります。

  • MR2 – AW11【トヨタが本気で遊んだ、国産初のミッドシップ量産車】

    MR2 – AW11【トヨタが本気で遊んだ、国産初のミッドシップ量産車】

    「ミッドシップ」という言葉には、どこか特別な響きがあります。エンジンが運転席の後ろにある。それだけのことなのに、なぜかレーシングカーの匂いがする。1984年、トヨタはその特別な構造を、信じられないほど現実的な方法で量産車に持ち込みました。それがMR2、型式AW11です。

    国産初のミッドシップ量産車という事実

    MR2は、日本のメーカーが初めて市販したミッドシップレイアウトの量産スポーツカーです。1984年6月に発売されたこの車は、フェラーリやランボルギーニのような高額なスーパーカーではなく、若い人にも手が届く価格帯で登場しました。当時の新車価格はおよそ150万円台から。この数字が、MR2の立ち位置をよく表しています。

    ミッドシップ自体は別に新しい技術ではありません。レーシングカーの世界では1960年代にはすでに常識でしたし、市販車でもフィアットX1/9やロータス・ヨーロッパといった先例がありました。ただ、日本の量産メーカーがそれを正規のカタログモデルとして出したのは、これが初めてだった。しかもトヨタという、どちらかといえば手堅い商品づくりで知られるメーカーから出てきたことに意味があります。

    カローラから生まれたスポーツカー

    MR2の開発を語るうえで避けて通れないのが、AE86カローラレビン/トレノとの部品共有です。というより、MR2はカローラの部品棚から使えるものを徹底的に引っ張ってきて成立した車だと言ったほうが正確でしょう。

    エンジンは4A-GEU型。排気量1,587ccの直列4気筒DOHC16バルブで、AE86に搭載されたものと基本的に同じユニットです。このエンジンを運転席の後方に横置きで搭載し、後輪を駆動する。フロントサスペンションのストラットはカローラ系から流用し、リアにも同様の手法を採っています。

    これは単なるコストダウンの話ではありません。トヨタほどの大企業でも、ミッドシップ専用車をゼロから開発して量産するのはリスクが大きかった。既存の信頼性ある部品を活かしつつ、レイアウトだけを根本から変える。そういう「賢い冒険」の設計思想が、MR2を現実の商品にした最大の要因です。

    開発の起点は1970年代末にまで遡ります。トヨタ社内で若手エンジニアたちが自主的に進めていたミッドシップ研究が、当時の技術担当副社長だった豊田英二の目に留まったという経緯が伝えられています。社内の自主研究が正式プロジェクトに格上げされるという、トヨタとしてはやや異例の流れでした。

    ミッドシップがもたらした走りの質

    AW11の車両重量は約950〜1,000kg。4A-GEUの最高出力は130馬力(グロス値)。数字だけ見れば、爆発的に速い車ではありません。ただ、ミッドシップレイアウトがもたらす重量配分の良さが、この車の走りを数字以上のものにしていました。

    エンジンが車体中央付近にあることで、前後の重量バランスはほぼ均等に近づきます。これはコーナリング時の挙動に直結する話で、フロントエンジン車とは明らかに異なる回頭性を生みます。ステアリングを切った瞬間のノーズの入り方が軽く、鋭い。当時のオーナーや自動車ジャーナリストが口を揃えて指摘したのが、この「身のこなしの軽さ」でした。

    ホイールベースは2,320mmと短く、全長も3,950mm程度。現代の基準で見れば軽自動車に近いサイズ感です。この小ささとミッドシップの組み合わせが、峠道やサーキットでの俊敏さにつながっていました。

    一方で、ミッドシップ特有の癖もありました。リアにエンジンの重量が集中しているため、限界域での挙動が唐突になりやすい。いわゆる「タックイン」と呼ばれる、アクセルオフで急にリアが流れる現象が起きやすく、ドライバーの技量を問う場面があったのも事実です。これは弱点というよりも、ミッドシップという構造が本質的に持つ特性であり、後継のSW20でも形を変えて議論され続けるテーマになります。

    スーパーチャージャーという回答

    1986年、MR2にはマイナーチェンジでスーパーチャージャー仕様が追加されます。エンジン型式は4A-GZE。機械式過給機を組み合わせることで、最高出力は145馬力(ネット値)にまで引き上げられました。

    なぜターボではなくスーパーチャージャーだったのか。これにはいくつかの理由が考えられます。まず、機械式過給はターボのような回転数依存のラグが少なく、低回転域からリニアにパワーが立ち上がる。軽量なミッドシップ車にとって、扱いやすさは重要な要素でした。

    また、ミッドシップのエンジンルームは排熱処理が難しい。ターボチャージャーは高温の排気ガスでタービンを回すため、熱対策の負担が大きくなります。スーパーチャージャーならその問題を回避しやすい。限られたスペースの中での合理的な選択だったと言えます。

    スーパーチャージャー仕様の追加によって、MR2は単なる「軽快な小型スポーツ」から、もう一段力強い走りを手に入れました。ただ、過給によるパワーアップは車重の増加も伴い、NA(自然吸気)モデルの持つ素の軽さとはまた違った性格になっています。どちらが良いかは好みの問題ですが、この二本立てのラインナップが、AW11というモデルの幅を広げたのは間違いありません。

    時代の中での立ち位置

    AW11が登場した1984年は、日本のスポーツカー市場がちょうど再び活気づき始めた時期にあたります。AE86が前年に登場し、日産はS12シルビアを展開し、ホンダはCR-Xで新しいライトウェイトの形を提示していました。いわゆるバブル前夜の、スポーツカーが「売れる」時代の入り口です。

    その中でMR2は、他のどの車とも違う方法で存在感を示しました。FFでもFRでもなく、ミッドシップ。2シーターで、トランクもほとんどない。実用性を切り捨てて走りに振った構成は、トヨタのラインナップの中では明らかに異端でした。

    しかし、その異端さこそがMR2の価値だったとも言えます。カローラやカムリを売る会社が、こういう車も本気で作れる。MR2はトヨタにとって、技術力とスポーツへの姿勢を示すショーケースのような存在でもありました。販売台数で稼ぐ車ではなく、ブランドの体温を伝える車です。

    AW11が残したもの

    AW11は1989年まで生産され、後継のSW20型にバトンを渡します。SW20は排気量を2リッターに拡大し、ターボモデルも設定され、より本格的なスポーツカーへと進化しました。さらにその先には3代目のZZW30型MR-Sが控えています。

    つまりAW11は、トヨタのミッドシップスポーツという系譜の原点です。この車がなければSW20もMR-Sも存在しなかった。そしてその系譜は、現在に至るまでトヨタのスポーツカー史の中で独自の位置を占め続けています。

    もうひとつ、AW11が証明したことがあります。それは、既存の部品を賢く使えば、少量生産のスポーツカーでも成立するという事実です。この考え方は、後のトヨタ86(スバルとの共同開発)やGRヤリスにも通じる発想と言えるかもしれません。すべてを専用設計にしなくても、レイアウトと設計思想で車の性格は根本から変えられる。AW11はそれを身をもって示した車でした。

    カローラのエンジンを背中に積んだ小さなミッドシップ。それは決してスーパーカーではありませんでした。でも、スーパーカーにしかできないと思われていたことを、普通の人の手が届く場所に持ってきた。AW11の本当の価値は、そこにあります。

  • MR2 – SW20【国産ミッドシップが本気で速さを追った時代】

    MR2 – SW20【国産ミッドシップが本気で速さを追った時代】

    1989年に登場した2代目MR2、型式SW20。初代AW11が「手軽に乗れるミッドシップ」だったのに対して、このクルマは明確に「速いミッドシップ」を目指していました。その方向転換の背景には、バブル期の市場の空気と、トヨタ自身の野心が見えます。

    初代が残した宿題

    初代MR2・AW11は、1984年に国産量産車初のミッドシップとして登場しました。カローラ用の4A-G型エンジンをリアミッドに搭載するという大胆な構成で、軽さと新鮮さが武器でした。ただ、その分だけ「本格スポーツ」としては物足りないという声も少なくなかった。パワーは控えめで、内装の質感もコンパクトカーの延長線上でした。

    つまり初代は、「ミッドシップを市販車でやれる」ことを証明した実験的な一台だったわけです。2代目に求められたのは、その先。ミッドシップであることを活かして、ちゃんと速く、ちゃんとスポーツカーとして成立させること。SW20はその宿題に対するトヨタの回答でした。

    バブルが許した本気の設計

    SW20の開発が進んだのは、まさに日本のバブル経済の真っただ中です。各メーカーが採算度外視でスポーツカーを作り、技術の粋を注ぎ込んでいた時代。トヨタもセリカやスープラに力を入れていましたが、MR2にはそれらとは違う役割がありました。ミッドシップ専用車という、他に代えがきかないポジションです。

    エンジンは3S-GTE型の2.0Lターボ。セリカGT-FOURにも搭載された実績あるユニットで、初期型でも225馬力を発生しました。自然吸気の3S-GE搭載モデルもありましたが、SW20の「顔」はやはりターボです。ミッドシップにターボという組み合わせは、当時の国産車では他にほぼ選択肢がなく、それだけで強烈な個性でした。

    ボディは初代より一回り大きくなり、全幅は1,695mmに。デザインもポップな初代から一転して、フェラーリ的とも評されるウェッジシェイプに変わりました。リトラクタブルヘッドライトを備えたフロントフェイスは、明らかに「スーパーカー的な佇まい」を意識しています。このあたりの振り切り方も、バブル期ならではの判断でしょう。

    ターボとミッドシップの難しさ

    ただ、SW20は発売当初から「扱いにくい」という評価がつきまといました。ミッドシップはエンジンが後輪の直前にあるため、リアの荷重が大きく、フロントが軽い。そこにターボの過給が加わると、アクセルオンでリアが急に押し出されるような挙動が出やすくなります。いわゆるタックインや、スナップオーバーステアと呼ばれる現象です。

    要するに、コーナリング中にアクセルを戻すとフロントが急に切れ込み、逆にアクセルを踏むとリアが唐突に流れる。この挙動は経験のあるドライバーなら対処できるものの、一般ユーザーにはかなり神経を使う特性でした。実際、事故や「怖い」という声は少なくなかったと言われています。

    トヨタもこの問題を認識していたようで、SW20はモデルライフを通じて繰り返しサスペンションのセッティングを見直しています。この改良の歴史こそが、SW20を語るうえで避けて通れないポイントです。

    I型からV型へ──改良の系譜が語ること

    SW20は1989年の発売から1999年の生産終了まで、約10年にわたって販売されました。その間に大きく分けて5回のマイナーチェンジが行われており、ファンの間ではI型からV型まで区別されています。これほど頻繁にアップデートが繰り返された車種は珍しい。

    I型(1989年)は先述のとおり、ターボの過激さとシャシーのバランスに課題がありました。II型(1991年)ではサスペンションジオメトリの変更やブッシュの見直しが行われ、操縦安定性がかなり改善されています。ターボモデルのパワーも225馬力のまま据え置かれましたが、足まわりの洗練度は明確に上がりました。

    大きな転機はIII型(1993年)です。ターボエンジンが245馬力に引き上げられ、2.0L直4ターボとしては当時の国産トップクラスに。同時にサスペンションもさらに改良され、リアのトー変化を抑える方向にセッティングが振られました。リアスポイラーの大型化も、単なる見た目の変更ではなく、高速域でのリアの安定性を確保する意図がありました。

    IV型(1996年)ではNAモデルが廃止され、ターボ一本に絞られます。そしてV型(1997年)が最終形態。足まわりのさらなる煮詰めに加え、ブレーキの強化やボディ剛性の向上が図られました。要するにSW20は、10年かけてミッドシップターボという難題の答えを探し続けたクルマだったわけです。

    I型とV型を乗り比べると、同じ車種とは思えないほど挙動が違うと言われます。最初期のピーキーさが好きだという人もいれば、V型の完成度を評価する人もいる。どちらが正解かはさておき、この改良の密度自体が、トヨタがSW20に対して真剣だった証拠でしょう。

    競合不在という孤独

    SW20が面白いのは、直接の競合がほとんどいなかったことです。同時代の国産スポーツカーといえばシルビア、RX-7、NSXあたりが思い浮かびますが、シルビアはFR、RX-7もFR(FDはフロントミッドシップ的ですが)、NSXは価格帯がまるで違います。

    2.0Lクラスのミッドシップターボという枠で見ると、SW20はほぼ唯一の選択肢でした。フィアットX1/9はすでに生産終了していましたし、ロータス・エスプリは価格も性格も別物。つまりSW20は、「手の届くミッドシップターボ」という極めて狭いが確実なニーズを、ほぼ独占していたクルマだったのです。

    ただ、競合がいないということは、比較対象がないということでもあります。ユーザーはFRスポーツの感覚でMR2に乗り、挙動の違いに戸惑う。メーカー側も、ミッドシップの市販車をどう仕上げるかのノウハウを蓄積しながらの開発でした。競合不在の孤独は、そのまま開発の手探り感にもつながっていたように見えます。

    MR2が残したもの

    SW20の後継として2000年に登場したMR-Sは、ターボを捨て、オープンボディを採用し、「気軽に楽しめるミッドシップ」へと大きく方向転換しました。これはSW20の反省──というより、SW20で得た教訓の帰結と言ったほうが正確でしょう。ミッドシップにパワーを与えるほど制御が難しくなるなら、パワーを落として楽しさに振る。MR-Sの企画にはそういう判断が透けて見えます。

    そしてMR-Sの生産終了後、トヨタはミッドシップの市販車を出していません。GR86はFRですし、GRスープラもFR。トヨタのラインナップからミッドシップが消えたまま、すでに15年以上が経っています。SW20は、トヨタが「本気でパワーを追ったミッドシップ」を最後に作った車種ということになります。

    今振り返ると、SW20は不完全さも含めて魅力的なクルマです。I型のピーキーさは危険と紙一重ですが、それはミッドシップターボという構成が本質的に持つ緊張感でもある。V型の完成度は高いですが、それは10年分の試行錯誤の結晶です。どの時期のSW20を選ぶかで、オーナーの価値観がはっきり分かれる。そういうクルマは、なかなかありません。

    SW20は、バブル期の熱量とミッドシップの物理法則が正面からぶつかった記録です。速さと危うさが同居し、改良を重ねるたびに少しずつ大人になっていった。その軌跡そのものが、このクルマの本質だと思います。

  • MR-S – ZZW30【最後のミッドシップを、トヨタは軽くした】

    MR-S – ZZW30【最後のミッドシップを、トヨタは軽くした】

    トヨタが量産ミッドシップスポーツを作らなくなって、もう20年近くが経ちます。

    その最後のモデルが、1999年に登場したMR-S(ZZW30)でした。

    先代MR2(SW20)がターボで武装したハードなスポーツカーだったのに対し、MR-Sはまるで別の思想で作られています。排気量は小さく、ターボもなく、車重はわずか1トン前後。

    つまりトヨタは、ミッドシップの最終章をあえて「引き算」で書いたわけです。

    MR2の後継、ではなかった

    MR-Sを語るうえで避けて通れないのが、先代SW20との関係です。SW20型MR2は、3S-GTE型2.0Lターボを背中に積んだ本格的なミッドシップスポーツでした。最高出力は245ps。ところがこのクルマ、とにかく「怖い」と言われました。ミッドシップ特有のリアの挙動変化が急で、腕に覚えのないドライバーにとっては扱いにくい。スナップオーバーステア、いわゆる突然リアが流れる挙動が問題視されたのです。

    トヨタの開発陣がMR-Sで狙ったのは、その反省を踏まえた「誰でも楽しめるミッドシップ」でした。当時の開発主査・牧野洋二氏は、パワーで押すのではなく、軽さとオープンエアの気持ちよさでスポーツカーの楽しさを再定義しようとしています。つまりMR-Sは、MR2の正統後継というよりも、ミッドシップという形式を残しながらクルマの性格そのものを作り替えたモデルです。

    名前が「MR2」ではなく「MR-S」に変わったのも象徴的でしょう。Sは「Spyder」を意味し、最初からオープン専用として設計されました。MR2のハードトップを引き継ぐのではなく、ソフトトップの2シーターとして一から企画されたクルマです。

    1ZZ-FEという「弱さ」の意味

    MR-Sの心臓部は、1ZZ-FE型1.8L直4自然吸気エンジンです。最高出力140ps、最大トルク17.4kgm。スポーツカーとしては、正直なところ数字だけ見れば物足りません。同時代のインテグラタイプRが200psを超え、シルビアのターボが250psクラスだった時代です。「なぜミッドシップなのにこのパワーなのか」という疑問は、発売当初からつきまといました。

    ただ、ここがMR-Sの設計思想の核心です。車重は約970〜1,000kg。パワーウェイトレシオで見れば決して悪くない。そしてエンジンが軽いことで、ミッドシップの弱点であるリアヘビーな重量配分が緩和されています。前後重量配分はほぼ45:55。SW20が抱えていた「リアが重すぎて挙動が急変する」問題を、エンジンの小型軽量化で物理的に解消しようとしたわけです。

    要するに、1ZZ-FEは「非力だから選ばれた」のではなく、軽さと重量配分のために積極的に選ばれたエンジンでした。パワーが足りないという批判は当然あります。でもそれは、このクルマが何を優先したかを理解した上で語るべき話です。

    シーケンシャルMTという冒険

    MR-Sのもうひとつの話題が、SMT(シーケンシャル・マニュアル・トランスミッション)の採用です。クラッチペダルなしで、シフトレバーの前後操作またはステアリングのボタンでギアを切り替える2ペダルMT。当時のF1やスーパーカーで注目されていた技術を、200万円台のスポーツカーに載せてきたのは、かなり挑戦的でした。

    ただ、正直に言えばこのSMTの評価は割れました。変速のレスポンスが遅く、特にシフトアップ時のタイムラグが大きい。スポーツ走行ではもたつきが気になるという声が多く、結果として5速MTを選ぶユーザーのほうが多数派になっています。技術的な志は高かったものの、当時のアクチュエーター技術では理想に追いつかなかった、というのが実情でしょう。

    それでもSMTの存在は、MR-Sが単なる廉価スポーツではなく、新しいドライビング体験を模索していたクルマだったことを示しています。2002年のマイナーチェンジではSMTの制御が改良され、多少はレスポンスが改善されました。

    走りの味は、数字に出ない

    MR-Sの走りを語るとき、スペックだけでは伝わらない部分があります。このクルマの美点は、低速域から中速域でのコーナリングの楽しさです。ミッドシップレイアウトによるノーズの軽さ、1トンを切る車重がもたらす身のこなしの軽快さ。ステアリングを切った瞬間にノーズがスッと入っていく感覚は、同価格帯のFFスポーツでは絶対に味わえないものでした。

    足まわりはフロント、リア共にマクファーソンストラット。凝った形式ではありませんが、軽い車体との相性がよく、しなやかに動きます。リアの接地感はSW20ほど神経質ではなく、限界付近でも穏やかにリアが流れ始める特性に仕上げられていました。

    ソフトトップを開けて、エンジン音を背中に聞きながら峠道を流す。そういう使い方をしたとき、MR-Sは数字以上の満足感を返してくれるクルマでした。サーキットでタイムを削るよりも、ワインディングを気持ちよく走ることに特化した設計と言えます。

    売れなかった、という現実

    ここは避けずに書いておくべきでしょう。MR-Sは商業的には成功したとは言えません。日本での販売は伸び悩み、2007年に生産終了を迎えています。約8年間の販売期間で、国内累計販売台数は約1万6,000台ほど。同時代のロードスター(NB型)が安定して売れ続けていたのとは対照的です。

    理由はいくつか考えられます。まず、パワー不足という印象がスポーツカーユーザーの購買意欲を削いだこと。次に、ロードスターという強力なライバルがすでに市場を押さえていたこと。そして2000年代に入ってスポーツカー市場そのものが縮小していたこと。MR-Sの企画が間違っていたというより、時代の逆風が強すぎました。

    トヨタ自身も途中からテコ入れを試みています。2002年のマイナーチェンジでは足まわりの見直しとSMTの改良、内外装のリフレッシュを実施。さらに2005年にはエンジンを2ZZ-GE(190ps)に換装した仕様が……と言いたいところですが、これは実現しませんでした。2ZZ搭載の噂は根強くありましたが、結局市販には至っていません。

    トヨタ・ミッドシップの最終章

    MR-Sの生産終了をもって、トヨタの量産ミッドシップスポーツの系譜は途絶えました。初代MR2(AW11)から数えて約20年。3世代にわたるミッドシップの歴史は、ZZW30で幕を閉じています。

    その後、トヨタは86(ZN6)でスポーツカーに復帰しますが、レイアウトはFR。GRヤリスは4WD。ミッドシップという形式に、トヨタが再び量産で挑む気配は今のところありません。MR-Sは「トヨタが最後にミッドシップを作ったクルマ」として、否応なく歴史的な意味を持つことになりました。

    振り返ってみると、MR-Sは不遇なクルマだったと思います。パワーがないと言われ、SMTは中途半端と言われ、ロードスターに勝てないと言われた。でも、このクルマが提示した「軽いミッドシップで、オープンで、日常的に乗れるスポーツカー」という方向性は、今見ても十分に魅力的です。

    パワーで殴るのではなく、軽さで曲がる。屋根を開けて、エンジンを背中に感じながら走る。MR-Sが目指したのは、スポーツカーの原点に近い快楽でした。それが市場に受け入れられなかったのは、クルマの問題というより、時代の問題だったのかもしれません。