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  • GR86 – ZN8【伝説の孫は、もうノスタルジーでは走らない】

    GR86 – ZN8【伝説の孫は、もうノスタルジーでは走らない】

    初代86(ZN6)が世に出たとき、多くの人が驚いたのは「トヨタがこんな車を本当に出すのか」ということでした。そして2代目のGR86(ZN8)が出たとき、驚きの質は少し変わっています。

    今度は「ちゃんと進化させてきたな」という驚きです。

    ただ、この「ちゃんと」の中身が、思ったより深い。排気量アップだけの話ではないんです。

    初代86が残した宿題

    2012年に登場した初代86(ZN6)は、トヨタとスバルの共同開発で生まれた水平対向エンジン搭載のFRスポーツでした。コンセプトは明快で、「手の届く価格で、軽くて、低重心で、自分で操る楽しさがある車」。それは見事に成立していました。

    ただ、初代には最初から指摘されていた課題があります。トルクの谷です。2.0L自然吸気の水平対向4気筒・FA20型は、高回転の伸びは気持ちよかったものの、中回転域でトルクが一瞬痩せる領域がありました。街乗りやワインディングの立ち上がりで「もう少し押し出しが欲しい」と感じる場面がある。

    もうひとつは、ボディ剛性です。初代は軽さを優先した結果、限界域でのボディのヨレを感じるという声がありました。楽しいけれど、もう一段上の走りを求めると構造が追いつかない。これは設計上のトレードオフであり、初代の時点では正しい判断だったとも言えます。ただ、次があるなら手を入れるべきポイントだったのは間違いありません。

    2.4L化という最大の決断

    GR86最大の変更点は、エンジンが2.0LのFA20型から2.4LのFA24型に変わったことです。排気量にして400ccの拡大。最高出力は200psから235psへ、最大トルクは205Nmから250Nmへ引き上げられました。

    数字だけ見ると「まあ順当なアップデートだな」と思うかもしれません。でも、この変更の本質はピークパワーの向上ではありません。中回転域のトルク特性が根本的に変わったことが最大の意味です。初代で指摘されていたトルクの谷がほぼ解消され、3000〜5000rpmあたりの日常的に使う回転域で、しっかりとした加速感が得られるようになりました。

    ターボではなく自然吸気のまま排気量を上げるという選択も重要です。ターボ化すれば数字はもっと派手にできたはずですが、レスポンスの良さやリニアなスロットル特性は犠牲になります。GR86の開発陣は「踏んだら踏んだぶんだけ応えるエンジン」を守ることを優先しました。これは初代86の設計思想を引き継ぐうえで、かなり筋の通った判断です。

    プラットフォームは同じ、でも中身は別物

    GR86のプラットフォームは、基本的に初代と同じスバルのSGP(スバル・グローバル・プラットフォーム)系の構造を使っています。「じゃあガワだけ変えたマイナーチェンジでは?」と思われがちですが、そうではありません。

    まず、ボディ剛性が大幅に向上しています。構造用接着剤の使用範囲拡大、フロントまわりの結合部の強化などにより、ねじり剛性は初代比で約50%向上したとされています。50%というのはかなり大きな数字で、同じプラットフォームとは思えないレベルの変化です。

    それでいて、車両重量は約1270〜1290kg程度に抑えられています。初代が約1210〜1250kgだったので、排気量アップと剛性強化を考えれば、増加幅はかなり小さい。アルミルーフの採用やフェンダーの素材見直しなど、増えた分を取り返す工夫が随所に入っています。

    足まわりも再設計されています。スプリングレートやダンパー特性の見直しに加え、リアのスタビライザー径変更など、ボディ剛性の向上に合わせてサスペンションの仕事の仕方を最適化しています。剛性が上がったぶん、サスペンションに余計な仕事をさせなくて済むようになった、という関係です。

    GRブランドへの移行が意味するもの

    初代は「トヨタ 86」でした。2代目は「GR86」です。この名前の変化は、単なるブランディングの話にとどまりません。

    GR(GAZOO Racing)は、トヨタのモータースポーツ活動を起点としたスポーツカーブランドです。GRヤリス、GRスープラ、GRカローラと並ぶラインナップの一角にGR86は位置づけられています。つまり、86は「トヨタの中のちょっと変わった車」から、「GRブランドの主力商品のひとつ」へと格上げされたわけです。

    これはトヨタ社内での開発リソースの配分にも影響します。GRブランドの車は、GAZOO Racingのテストドライバーが開発に深く関与し、ニュルブルクリンクを含む実走テストを重ねて仕上げられます。初代86ももちろん走り込んで作られましたが、GR86では組織的なバックアップがより明確になっています。

    豊田章男社長(当時)が自らモリゾウとしてレースに参戦し、「もっといいクルマづくり」を掲げてきた文脈の中で、GR86はその象徴的な存在です。経営トップがスポーツカーの存在意義を社内で守り続けたからこそ、この車は2代目を迎えることができた。そう言っても過言ではないでしょう。

    BRZとの関係、そして棲み分け

    GR86を語るうえで、兄弟車であるスバルBRZ(ZD8)の存在は外せません。2代目でも共同開発体制は継続されており、エンジン・プラットフォーム・基本構造は共有しています。

    ただし、味付けの方向性は初代よりも明確に分けられました。GR86はリアの接地感をやや軽めにして回頭性を重視した、いわば「振り回して楽しい」方向のセッティング。対するBRZはリアの安定感を高めた、より落ち着いたハンドリングに仕上げられています。

    同じ素材から異なる味を引き出すというのは、初代でも試みられていましたが、2代目ではその差がより体感しやすくなっています。スプリングレートやスタビライザーの設定が異なるだけでなく、電動パワーステアリングの制御マップにも違いがあるとされています。「同じ車の色違い」ではなく、ちゃんと別の車として成立させようという意志が見えます。

    何を変えて、何を守ったのか

    GR86の開発で最も評価すべきは、「変えるべきところ」と「変えてはいけないところ」の線引きが的確だったことです。

    変えたのは、エンジンの排気量、ボディ剛性、足まわりのセッティング、そしてブランドの立ち位置。いずれも初代で課題とされていた部分、あるいは時代の要請に応えるための変更です。

    守ったのは、自然吸気・FR・マニュアルトランスミッション・手の届く価格帯という基本構成。2020年代にこの組み合わせを維持すること自体が、もはや希少です。世界中の自動車メーカーが電動化とダウンサイジングターボに舵を切る中で、2.4Lの自然吸気エンジンを新たに載せてくるというのは、ある種の覚悟です。

    価格も重要です。日本での発売時の価格は約279万円(RCグレード・6MT)から。300万円を切るFRスポーツカーというのは、このクラスではほぼ唯一の存在と言っていい。安くはないけれど、スポーツカーとしては驚くほど現実的な価格設定です。

    系譜の中でのGR86

    GR86は、トヨタのスポーツカー史の中で独特な位置にいます。AE86の精神的後継として生まれた初代86の、さらにその後継。つまり「伝説の孫」のような存在です。

    ただ、GR86はAE86のノスタルジーに寄りかかっていません。初代86はどうしても「AE86の再来」という文脈で語られがちでしたが、GR86はそこから一歩進んで、自分自身の実力で評価される車になっています。それは、初代が10年間にわたって市場で存在感を示し続けたおかげでもあります。

    もうひとつ重要なのは、GR86が「最後の自然吸気FRスポーツ」になるかもしれないという時代的な文脈です。排ガス規制の強化、電動化の波を考えると、このフォーマットで次世代が出るかどうかは不透明です。だからこそ、GR86は単なるモデルチェンジではなく、ひとつの時代の集大成としての意味を持っています。

    GR86は、初代の宿題を丁寧に片付けながら、変えてはいけない本質を守り抜いた車です。

    派手な革新ではなく、正しい改良の積み重ね。それを「続編」ではなく「再構築」と呼びたくなるのは、変更の一つひとつに明確な理由があるからです。

    こういう車が、ちゃんと作られて、ちゃんと買える。

    それ自体が、2020年代においてはかなり貴重なことなのだと思います。

  • 86 – ZN6【トヨタが「つくらない理由」を捨てた日】

    86 – ZN6【トヨタが「つくらない理由」を捨てた日】

    2012年、トヨタが出したクルマの中で、もっとも「らしくない」一台がありました。

    水平対向エンジンをフロントミッドに積んだ2ドアFRクーペ。しかも自然吸気で200馬力。ターボもハイブリッドもなし。販売台数で大きく稼げる見込みもない。

    それが86(ハチロク)、型式ZN6です。

    なぜトヨタはこのクルマをつくったのか。そこには「つくらない合理的な理由」をあえて踏み越えた、かなり意志的な判断がありました。

    FRスポーツが消えた時代に

    2000年代後半のトヨタには、手頃な価格で買えるFRスポーツカーが一台もありませんでした。MR-Sは2007年に生産終了。セリカはその前年に消えています。スープラに至っては2002年で途絶えていました。

    ラインナップに残っていたのは、レクサスの高級クーペくらいです。若い人が手を伸ばせる価格帯に、「運転して楽しいクルマ」がない。これはトヨタだけの問題ではなく、日本車全体の傾向でもありました。

    排ガス規制、安全基準の強化、そして何より「スポーツカーは売れない」という市場の現実。メーカーとしては、つくらないほうが合理的です。実際、多くのメーカーがそう判断しました。

    豊田章男という変数

    86の企画が動き出した背景には、当時社長に就任したばかりの豊田章男氏の存在があります。「もっといいクルマをつくろうよ」という、あの有名なフレーズ。これは単なるスローガンではなく、社内の空気を変えるための号令でした。

    豊田氏自身がニュルブルクリンク24時間レースにドライバーとして参戦するほどのクルマ好きです。「トヨタのクルマはつまらない」という世間の声を、経営トップ自身が痛いほど感じていた。86はその回答として企画されたクルマです。

    ただし、社長の情熱だけではクルマはつくれません。問題は、トヨタの社内にFRスポーツを安価につくるためのリソースが残っていなかったことです。専用のFRプラットフォームを新規開発すれば、コストは跳ね上がる。販売台数を考えれば回収は難しい。ここで登場するのがスバルとの協業でした。

    スバルとの共同開発が生んだ構造

    86の開発は、トヨタとスバル(当時は富士重工業)の共同プロジェクトとして進められました。スバルの群馬製作所で生産され、スバル側では「BRZ」として販売される兄弟車です。企画・デザインの主導はトヨタ、エンジンとプラットフォームの基本設計はスバルという分担でした。

    エンジンはスバルのFA20型。2リッター水平対向4気筒の自然吸気で、トヨタのD-4S(直噴+ポート噴射の併用システム)を組み合わせています。最高出力は200ps、最大トルクは205Nm。数字だけ見れば、当時としても突出したパワーではありません。

    しかし、このエンジン選択には明確な意図がありました。水平対向エンジンは重心が低い。これをフロントミッドシップ、つまりフロントアクスルより後方に搭載することで、前後重量配分を53:47に近づけています。パワーで押すのではなく、車体の動きそのもので楽しませるという設計思想です。

    車両重量は約1,210〜1,250kg。この軽さも重要なポイントです。2リッターNAで200馬力というスペックは、1.2トン台の車体と組み合わせることで初めて「ちょうどいい速さ」になる。全開にできる速度域の楽しさを、公道でも味わえるように設計されていたわけです。

    「速さ」ではなく「楽しさ」の設計

    ZN6の開発を率いた多田哲哉チーフエンジニアは、繰り返し「このクルマは速さを目指していない」と語っています。目指したのは、ドライバーがクルマの挙動を手のひらで感じ取れること。つまり、操る実感です。

    タイヤサイズが象徴的です。標準装着は215/45R17という、ボディサイズに対してやや細めのタイヤでした。グリップをあえて抑えることで、低い速度域でもクルマが動く。テールスライドのきっかけをつかみやすく、コントロールもしやすい。

    これは賛否が分かれたポイントでもあります。「もっと太いタイヤを履かせて、もっとグリップを上げるべきだ」という声は当然ありました。ただ、開発陣はそこを譲らなかった。太いタイヤでグリップを稼ぐと、限界域に達するまでの速度が上がり、公道での楽しさが遠のくからです。

    足回りはフロントがストラット、リアがダブルウィッシュボーン。とくにリアの設計には凝っていて、トーションビームではなく独立懸架を採用したことで、旋回中の接地感がしっかり伝わるようになっています。価格帯を考えると、この足回りの作り込みはかなり贅沢な選択でした。

    弱点と、それでも支持された理由

    もちろん、ZN6に弱点がなかったわけではありません。もっとも多く指摘されたのは、中回転域のトルクの谷です。3,000〜4,000rpm付近でトルクが薄くなる特性があり、日常的な街乗りでは少し扱いにくいと感じるドライバーもいました。

    内装の質感についても、価格なりという評価が大半です。ダッシュボードの素材やシートの仕立ては、同価格帯の輸入車と比べると見劣りする部分がありました。ただ、これはコストの配分先が明確だったということでもあります。内装ではなく、シャシーとエンジンに予算を振ったクルマだったのです。

    それでもZN6が支持されたのは、「手が届く価格のFRスポーツ」という存在そのものに価値があったからです。新車価格は約199万円から。200万円を切るFRクーペというのは、2012年時点で他にほぼ選択肢がありませんでした。ロードスター(NC型)が近い存在でしたが、あちらはオープン2シーター。クーペの4人乗りFRとなると、86はほぼ唯一の選択肢だったのです。

    アフターマーケットという設計意図

    ZN6のもうひとつの特徴は、最初からカスタマイズされることを前提に設計されていた点です。多田チーフエンジニアは「このクルマは素材です」と明言していました。買った人が自分の好みに合わせて育てていくクルマ。完成品ではなく、出発点として設計されている。

    実際、発売直後からアフターパーツメーカーが大量の製品を投入しました。マフラー、サスペンション、ECUチューン、エアロパーツ。これほど短期間にアフターマーケットが立ち上がったクルマは、近年では珍しいことです。

    トヨタ自身もGAZOO Racingブランドでチューニングパーツを展開し、86をモータースポーツの入り口として位置づけました。ワンメイクレースも早期に立ち上がっています。クルマ単体の商品力だけでなく、周辺のエコシステムごと設計していたという点で、ZN6の企画はかなり戦略的でした。

    系譜の中での意味

    「86」という車名は、言うまでもなくAE86型カローラレビン/スプリンタートレノへのオマージュです。1983年に登場したAE86は、軽量FRとしてチューニングベースやドリフトの世界で伝説的な存在になりました。ただし、ZN6はAE86の直接の後継車ではありません。車格もプラットフォームも、技術的な連続性はほとんどない。

    では何がつながっているのか。それは「安価で軽いFRを、走りの楽しさのためにつくる」という思想です。AE86が偶然の産物だったとすれば──当時のカローラがたまたまFRだった最後の世代だったという事情があります──ZN6は意志の産物でした。あえてFRを選び、あえて自然吸気を選び、あえて軽さを優先した。

    ZN6は2021年まで生産され、後継のZN8型(GR86)へとバトンを渡しています。GR86ではエンジンが2.4リッターに拡大され、トルクの谷も改善されました。初代の弱点を素直に潰してきた進化です。

    振り返ると、ZN6は「トヨタにスポーツカーをつくる文化を取り戻す」ための起点だったと言えます。このクルマがなければ、GRブランドの展開も、スープラの復活も、ヤリスのGRMNも、おそらく違う形になっていたでしょう。採算だけでは説明できない一台を世に出したことで、トヨタは「走りのクルマもつくるメーカー」という看板を取り戻しました。

    ZN6の最大の功績は、クルマそのものの出来よりも、その後の流れをつくったことにあるのかもしれません。