カテゴリー: セドリック

  • セドリック – Y33【VQの時代に、直6の4WDも加わった】

    セドリック – Y33【VQの時代に、直6の4WDも加わった】

    1995年、セドリックのハードトップはY32からY33へ移りました。

    新型に載ったVQ型V6は、次の時代を担うエンジンです。ところが、後期の4WDには直列6気筒のRB25DETも現れます。新しいV6だけで終わらなかったところに、Y33の面白さがあります。

    一つの高級ハードトップの中に、異なる考え方のエンジンが並んだ。9代目は、選択肢の多さで記憶したいセドリックです。

    変わったのは、ハードトップの方だった

    モデルチェンジしたのは4ドアハードトップ。Y31のセダンは同じセドリックの名で生産が続きました。ハードトップだけが先へ進む形は、先代Y32からの続きです。

    では、新しいハードトップは何を受け継いだのか。エンジンだけを新しくして、セドリックの選び方を捨てたわけではありません。

    Y33のハードトップには、上質さを押し出すブロアムと、走りの表情を持つグランツーリスモが残りました。二つの系列名はY32から受け継がれます。名札を守りながら、その下のエンジンを新しくしていく世代でした。

    VQが入って、上級車の走りが変わる

    Y33で加わったVQ型は、新開発のV型6気筒でした。従来のVG型もセドリックの歴史を長く支えてきましたが、Y33はVQを上級ハードトップの新しい動力として迎えます。

    アルミ製ブロックによる軽量化に加え、日産が磨いたのはアクセルに対する反応、静粛性、燃費、排出ガスでした。高級車に載せる新型エンジンには、力だけでなく、日々の移動を支える幅広い仕事が求められます。

    3.0LのVQには自然吸気とターボ付きがあり、VQ30DETはその高出力側を担いました。新しいV6を入れたことで、Y33は出力を求める仕様と、軽さや静けさを重んじる仕様を同じ系列の中に置けるようになります。

    同じY33の兄弟車グロリアでは、車体を強め、装備を増やしながら、VQの軽さによって車両全体の軽量化も実現しました。エンジンの材質が変わったことは、上級車を一台としてどう作るかにまでつながっていたのです。

    従来からのVG系も、仕様によってはカタログに残りました。新型エンジンを迎えながら、長く使ってきたものも続ける。Y33のエンジン構成には、その移り変わりがそのまま表れています。

    二つの顔を残したまま、次へ進む

    Y33セドリック・グランツーリスモを後方から見た姿
    Y33型セドリック・グランツーリスモ。写真:TTTNIS/Wikimedia Commons、パブリックドメイン。Commonsの縮小版を使用

    ブロアムとグランツーリスモを一つの名前へまとめなかったことも、Y33らしさです。落ち着いた上級車として乗るか、外観から走りの性格を選ぶか。日産はこの違いを、Y33でも残しました。

    写真のグランツーリスモは、後ろからでも車名と系列名が分かります。前だけでなく後ろ姿にも、セドリックの中の一つの系統として名前が刻まれていました。

    1995年の仕様には、マルチAVを備えたブロアムVIPと、電動スーパーHICAS付きのグランツーリスモ・アルティマもありました。一方は室内の装備を厚くし、もう一方は後輪の向きまで制御する。同じY33でも、名前ごとに力を入れる場所が違います。

    二つの系列は、エンジンの数字だけで分けられたものではありません。外から見える表情も、室内に求める雰囲気も違う。Y33では新しい動力を受け入れながら、セドリックを二つの名前で選ぶ形を守りました。

    1997年、4WDにはRB25DET

    1997年6月のカタログには、グランツーリスモFOURという4WD仕様が載っています。E-ENY33型に搭載されたのは2.5LのRB25DET。こちらはV6ではなく、直列6気筒ターボです。最高出力は235PSでした。

    3.0L VQのターボとは排気量も気筒の並び方も違います。しかも駆動するのは後輪だけでなく4輪。Y33の後期には、エンジンと駆動方式をひと組で変えた選択肢がありました。

    車両重量1,700kgのグランツーリスモFOURは、前がストラット式、後ろがマルチリンク式のサスペンションを備えます。直6ターボと4WDを組み合わせ、Y33の後期にもう一つの走り方を用意していました。

    4速ATを介して常時4輪を駆動し、16インチのアルミホイールを履きました。グランツーリスモの名前はそのままでも、前輪まで力を送る仕組みが車の中身を変えています。外から一目で分かる違いだけが、後期Y33の変化ではありません。

    一つの世代の中でVQの新しさとRBの4WDを両立させたことは、Y33が一枚岩のクルマではなかったことをよく表しています。

    直6ターボと4WDの組み合わせは、次のY34にも引き継がれます。1999年の新型発表では、4WDの「250LV FOUR」にRB25DETが指定されました。Y33後期の変わり種で終わらず、次代へ渡った一つの選択だったのです。

    ブロアムとグランツーリスモの最後

    1999年に登場するY34セドリックでは、ブロアムとグランツーリスモという長年の系列名が廃止されます。セドリックとグロリア、それぞれの車名そのものへ性格を与える構成に変わりました。

    そう考えると、Y33は二つの名前を最後まで同じセドリックの中に置いた世代です。新しいVQを受け入れ、後から直6の4WDも加えながら、ブロアムとグランツーリスモを選ぶ楽しさは残した。

    次のセドリックは、もっと大きく整理されます。Y33には、その直前まで続いた「一つの車名の中に、いくつもの上級車を用意する」という作り方が残っていたのです。

  • セドリック – Y30【V6が主役になった6代目】

    セドリック – Y30【V6が主役になった6代目】

    1983年6月22日、6代目セドリックのY30が登場しました。四角い430型の次も直線を使った姿ですが、ボンネットの中は大きく変わります。長く親しんだ直列6気筒に代わり、VG型のV6を主力に据えたのです。

    しかもY30は、エンジンだけを替えた車ではありません。静かな室内、雨を見て動くワイパー、後席まで調整できる電動シート。上級車の快適さを、機械と電子装備の両方でつくろうとした世代です。

    直列6気筒からV6へ

    先代430型の2.0Lターボは、L型の直列6気筒でした。6つのシリンダーが一列に並ぶ、長く使ってきた形です。Y30で前面に出たVG型は、それを左右3本ずつに分けたV6。日産はY30を、国産乗用車で初めてV6を採用したモデルと紹介しています。

    登場時のV6には3.0LのVG30Eと2.0LのVG20Eがありました。日産のY30セダン資料には、2.0LターボのVG20ETもラインアップとして挙げられています。3.0Lだけの車ではなく、排気量と過給の選び方を残しながら、エンジンの基本の形を変えたのです。

    淡い色のY30型セドリック・セダンを斜め前から見た写真
    日産ヘリテージコレクションに展示されたY30型セドリック・セダン。写真:M.rJirapat/CC BY-SA 4.0。Commonsの縮小版を使用

    写真のセダンでは、広いグリルの両端にライトを置き、車体側面をまっすぐ伸ばしています。430型からの角張った輪郭を残しつつ、中身は新しいV6へ。外観の継続とエンジンの転換が、同じ車に収まっています。

    静かさを数字の外でもつくる

    Y30のホイールベースは先代より40mm長くなりました。長さだけで室内の良し悪しは決まりませんが、日産はエンジン音を抑える工夫や、サスペンションから伝わる振動を減らす構造も説明しています。

    さらに車体表面の段差を抑え、走行中の空気の流れにも気を配りました。上級車を「大きなエンジンと豪華な内装」で終わらせず、乗っている間に聞こえる音や伝わる揺れまで整える。Y30が目指した快適さは、こうした見えにくい部分にもありました。

    それは運転する人だけの話ではありません。後席に人を乗せるセドリックでは、エンジンの静かさも、車体から伝わる振動の少なさも、移動中の居心地を左右します。Y30はV6の新しさを、車内で感じる変化につなげようとしました。

    雨を見て動くワイパー

    Y30には雨滴を感知して間欠作動するワイパーが用意されました。日産はこれを、当時の世界初の自動ワイパーシステムと説明しています。雨が降り始めるたびに手で間隔を調整する、その小さな操作を車に任せる装備です。

    電子装備はワイパーだけではありません。ターボ車には選曲表示や番組予約のできる電子式ラジオチューナーがあり、室内の空調にもコンピューター制御が使われました。ボンネット先端のマスコットを光らせる仕組みまであります。

    雨、音、室温。電子技術の出番は運転席から客室まで広がりました。速く走るためだけでなく、移動中に人が繰り返す操作を減らすことにも使う。Y30の装備には、1980年代の上級車が考えた「便利」が詰まっています。

    1984年、VIPに3.0Lターボが加わる

    3.0Lターボは、Y30の登場から約1年後に加わりました。まず1984年1月に「V30EブロアムVIP」が最上級仕様として登場。同年6月18日に、VG30ET型V6ターボの「ターボブロアムVIP」と「ターボブロアム」が加わります。

    1985年式のターボブロアムVIP保存車は、2,960ccで230PS、最大トルク34.0kgmです。同じVG30ETはフェアレディZにも使われました。2.0LのV6や営業用セダンとは、エンジンも力の出し方も違います。

    1984年1月のV30EブロアムVIPには、前後4席の位置を記憶する電動シートが用意されました。後から加わるターボVIPには、車高を保つ装置も備わります。運転席で力を感じるエンジンと、乗る人に合わせる室内装備。Y30は、上級車の価値を二つの方向から広げていました。

    ワゴンも、LPGのセダンもいた

    木目調の側面を持つ白いY30型セドリック・ワゴンを斜め前から見た写真
    沖縄で撮影された1985年式とされるY30型セドリック・ワゴン。写真:User3204/CC BY-SA 4.0。Commonsの縮小版を使用

    Y30には4ドアハードトップ、セダンのほか、ワゴンとバンもありました。写真のワゴンは、長いルーフと荷室側の窓がはっきり見えます。ハードトップの短い後部と比べると、同じセドリックでも車体の役割が違います。

    エンジンもV6だけではありません。日産の資料には、直列6気筒ディーゼルのLD28、セダンやバン向けの4気筒ガソリンCA20S、セダン向けLPGのCA20Pが載っています。1984年式NY30型セダンGLの保存車は、CA20Pを使った1,973ccのLPG車です。

    V6はY30の大きな変化です。その一方で、ワゴンや営業用セダンには別のエンジンも残りました。車体と燃料を用途に合わせて選べることも、この世代の広さでした。

    Y31へ渡した二つの流れ

    1987年、ハードトップとセダンは7代目Y31へ進みます。VG型V6はその後も活躍し、上級装備と走りの組み合わせは、次のセドリックでさらに違う顔を見せます。

    Y30で始まったのは、単に「直列6気筒をV6に替えた」という話ではありません。静かな車内をつくり、電子装備を増やし、3.0Lターボを後から加える。同時に、セダンやワゴン、LPG車も残した。新しい技術と幅広い使い道を、同じ車名の中に抱えた6代目でした。

  • セドリック – Y31【グランツーリスモを加えた7代目】

    セドリック – Y31【グランツーリスモを加えた7代目】

    1987年6月17日、7代目セドリックY31が登場しました。Y30からV6を受け継ぎながら、新たに「グランツーリスモ」を加えます。ブロアムと並ぶ、走りを前に出したセドリックです。

    この世代には、もう一つ大事な顔があります。4ドアハードトップが次のY32へ進んだ後も、Y31のセダンは営業車として生き続けました。Y31を一つの終了年で語れないのは、同じ型式の中に二つの時間があるからです。

    ブロアムの隣に、グランツーリスモ

    ブロアムの名前には、セドリックの上級車らしさがありました。Y31はそこへグランツーリスモを並べます。日産が掲げたのは、上級車にも「運転する楽しさ」を持たせることでした。

    黒いY31型セドリック・グランツーリスモSVを斜め前から見た写真
    Y31型セドリック V20ツインカムターボ・グランツーリスモSV。写真:TTTNIS/撮影者によるパブリックドメイン公開。Commonsの縮小版を使用

    写真のグランツーリスモSVを見ると、低く見えるフロントと、車体を長く見せる側面の線が目に入ります。同じセドリックでも、後席の落ち着きを想像させる名前だけでは終わらない。自分でハンドルを握る人へも、車の性格を示したのです。

    走りを見せるグランツーリスモ、上級装備を重ねるブロアム。その横には、後に営業用として長く残るセダンもあります。Y31は最初から、一つの性格に収まらない世代でした。

    VG20DETは185PSから210PSへ

    グランツーリスモの走りを支えた一つが、VG20DET型の2.0L V6ツインカムターボです。4バルブDOHCにセラミックターボを組み合わせました。

    このエンジンの最高出力は、初期型で185PS。1989年以降は210PSとなり、日産が保存する1991年式グランツーリスモSVも210PSです。同じVG20DETの名前のまま、登場時から25PS上積みされました。

    1991年式保存車のホイールベースは2,735mm。足回りは前ストラット、後ろはセミトレーリングアームの独立懸架です。ターボエンジンと足回りを合わせて見ると、グランツーリスモが動力だけでなく、曲がるときの車の動きにも目を向けていたことが分かります。

    それは「大きなセダンだから運転を任せる」という発想から一歩出ることでした。上級車の静けさや装備を保ちながら、自分で走らせる楽しさも選べる。Y31はその選択肢を、ブロアムの隣に置きました。

    1991年、ハードトップだけが先へ進む

    1991年、セドリックの4ドアハードトップは8代目Y32へモデルチェンジします。でも、街からY31の姿が消えたわけではありません。セダンはY31型のまま生産を続けました。

    Y31にとって1991年は、終わりではなく分岐点でした。華やかなグランツーリスモを持つハードトップは次へ渡り、別の仕事を担うセダンは自分の時間を続けます。

    後席のために変わったセダン

    黒いY31型セドリック・セダンのタクシーを斜め前から見た写真
    諏訪交通のY31型セドリック・セダン。写真:Mr.choppers/CC BY-SA 4.0。Commonsの縮小版を使用

    Y31のセダンは、タクシーにも使われました。写真では、後席の窓まで続く太い屋根の柱と、独立したトランクがよく分かります。前の写真のグランツーリスモと見比べると、同じY31でも車体の役割が違うことが見えてきます。

    1991年の改良では、後席の頭上を広げるためにルーフの形が変わりました。後ろの小さなオペラウインドーも廃止されます。外から見える変更ですが、理由は後ろに乗る人の空間でした。

    フォグランプ一体型のハロゲンヘッドライト、高い位置のブレーキランプ、ドア側面の補強材、運転席の上下調整機構も標準装備に加わりました。ハードトップが次の世代へ移っても、セダンには使われ方に合わせた改良が続いていたのです。

    V6だけではなかった長い後半

    営業用セダンのエンジンは、グランツーリスモのVG20DETとは別です。日産の資料では、当初のタクシー向けにLPGのRB20PとディーゼルのRD28が挙げられ、1991年には4気筒LPGのNA20Pが加わっています。

    1996年式の保存車「オリジナル」は、そのNA20Pを載せたタクシー仕様です。1,998ccで82PS、変速機はコラム式の4段MT。同じY31でも、210PSのグランツーリスモSVとは、エンジンも車内の使い方もまるで違います。

    人を乗せて日々走るセダンには、V6ターボとは別のエンジンと装備が選ばれました。Y31の長い後半は、上級ハードトップの続編ではなく、セダン自身の歩みです。

    2014年まで続いた車名

    日産車体の資料では、Y31系セドリックの生産終了は2014年9月。日産の案内では、販売終了は同年11月です。1991年にハードトップがY32へ進んでからも、セダンは20年以上つくり続けられました。

    セドリックのハードトップ系は、その間にY32、Y33、Y34へ進み、2004年に生産を終えます。Y31セダンはそこからも約10年走り続け、同じ車名の年表をさらに先へ延ばしました。

    1987年に生まれたY31は、走りを掲げたグランツーリスモで新しい顔を見せ、後には営業用セダンとして長く働きました。速さを見せた前半と、使われ続けた後半。二つを合わせて初めて、Y31の時間がつながります。