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  • E 63 AMG – W211/S211【AMGが量産ラインに本気で踏み込んだ転換点】

    E 63 AMG – W211/S211【AMGが量産ラインに本気で踏み込んだ転換点】

    AMGという名前が、ごく一部のマニアだけのものだった時代がありました。

    アファルターバッハの小さな工房が手作業でエンジンを組み、完成車をほぼ別物に仕立て上げる。それはチューナーの仕事であり、メルセデス・ベンツ本体とは微妙に距離のある存在でした。

    その関係が決定的に変わったのが、2000年代半ば。W211型Eクラスに搭載されたE 63 AMGは、まさにその転換を体現した一台です。

    AMGが「社内ブランド」になった時代のEクラス

    E 63 AMGが登場したのは2006年。

    ただし、その背景を理解するには少し時計を巻き戻す必要があります。

    1999年、ダイムラー・クライスラーはAMGを完全子会社化しました。それまでの「外部チューナーとの協力関係」から、「メルセデス・ベンツの正式なハイパフォーマンス部門」へと立場が変わったわけです。

    この組織変更は、単に資本関係の話にとどまりません。

    AMGモデルの企画・開発・生産が、メルセデスの車両開発プロセスに最初から組み込まれるようになったことを意味します。

    つまり、ベース車が完成してから後付けでチューンするのではなく、最初からAMG仕様を前提にした設計が可能になった。

    E 63 AMGは、その恩恵を本格的に受けた最初期のモデルのひとつです。

    M156──AMG初の専用設計エンジンという事件

    W211型E 63 AMGの心臓部に載るのは、M156型6.2リッター自然吸気V8。このエンジンこそが、この車の存在意義のほぼすべてと言っても過言ではありません。

    それまでのAMGエンジンは、メルセデスの量産エンジンをベースに排気量を拡大したり、スーパーチャージャーを追加したりする手法が主流でした。

    たとえば先代のE 55 AMGに積まれたM113K型5.4L V8スーパーチャージャーは、量産M113をベースにした発展型です。パワーは圧倒的でしたが、あくまで「量産エンジンの延長線上」にあった。

    M156は違います。AMGが白紙から設計した、量産ベースを持たない完全専用エンジンです。排気量6,208cc、最高出力514PS、最大トルク630Nm。自然吸気でこの数字を叩き出すために、鍛造クランクシャフト、鍛造ピストン、ドライサンプ潤滑といったレーシングエンジン由来の技術が惜しみなく投入されました。

    「One Man, One Engine」──AMGのエンジンは一人のマイスターが責任を持って一基を組み上げる。M156でもこの伝統は守られています。エンジンに貼られるマイスターの署名プレートは、このエンジンが量産品ではなく「作品」であることの証です。

    ちなみに、名称の「63」は実際の排気量6.2Lとは微妙にずれています。これはAMGの歴史に敬意を表し、かつての名機6.3Lエンジン(M100型、1960年代の300 SEL 6.3に搭載)を想起させるためのネーミングです。マーケティング上の判断ですが、AMGにとって「6.3」という数字がどれほど特別かを知っていれば、単なるハッタリとは言えません。

    E 55 AMGからの進化──過給から自然吸気へ、逆行の意味

    先代のW211型E 55 AMG(2003年登場)は、5.4Lスーパーチャージャーで476PSを発揮する猛烈な車でした。数字だけ見れば、E 63 AMGの514PSとの差はわずか38PS。「わざわざエンジンを新設計した割に、上乗せ幅が小さいのでは?」と思うかもしれません。

    ただ、ここで見るべきはピークパワーではなく、パワーの出し方です。スーパーチャージャーは低回転から太いトルクを発生させますが、高回転域ではどうしても頭打ちになる。M156の自然吸気V8は、レブリミット付近まで淀みなく回り切る。7,200rpmまで一気に駆け上がるその回転フィールは、過給エンジンでは絶対に再現できないものです。

    AMGが当時あえて自然吸気を選んだのは、「速さの質」を変えたかったからでしょう。E 55 AMGの暴力的なトルクも魅力的でしたが、E 63 AMGはより精緻で、ドライバーの操作に対してリニアに応答する方向に振った。結果として、直線番長的なキャラクターから、ワインディングでも楽しめるスポーツセダンへと性格が変化しています。

    もっとも、この自然吸気路線は長くは続きませんでした。次世代のW212型E 63 AMGでは、M157型5.5L V8ツインターボに切り替わります。環境規制と燃費要求が厳しくなる中、大排気量NAを維持することは現実的ではなかった。その意味で、W211のE 63 AMGは「AMGが自然吸気で頂点を目指した最後の時代」を記録した車でもあります。

    シャシーと駆動系──Eクラスの器はどこまで耐えたか

    W211型Eクラスは、メルセデスのラインナップにおいて中核を担うモデルです。快適性と安全性を最優先に設計されたプラットフォームに、500PS超のV8を押し込む。当然、シャシー側にも相当な手が入っています。

    サスペンションはAMG専用チューニングが施され、スプリングレート、ダンパー減衰力、スタビライザー径がすべて見直されました。エアサスペンション(AIRMATIC)を廃し、鋼製コイルスプリングによる固定式サスペンションを採用したのも特徴です。電子制御の快適さよりも、路面からのフィードバックの正確さを優先した判断でしょう。

    トランスミッションは7速AT(7G-TRONIC)のAMGスピードシフト仕様。変速速度を速め、シフトショックをあえて残すことでスポーティな感覚を演出しています。ただし、この世代のATはデュアルクラッチ式ではないため、後のMCT(マルチクラッチテクノロジー)と比較するとどうしてもレスポンスには限界がありました。

    ブレーキは前後大径ディスクに対向ピストンキャリパー。オプションでカーボンセラミックブレーキも選択可能でした。1.8トンを超える車重を514PSで加速させるわけですから、制動力の確保は文字通り命に関わる部分です。

    正直に言えば、W211のプラットフォームはE 63 AMGのパワーに対してやや保守的な印象もあります。Eクラスとしての快適性や居住性はしっかり残っているのですが、それが逆にスポーツカー的な切れ味を少し鈍らせている面もある。ただ、これは弱点というよりもキャラクターの問題です。「4ドアセダンとして日常使いできるのに、踏めば500PS超が牙を剥く」という二面性こそが、このカテゴリの存在理由なのですから。

    セダンとワゴン、二つのボディ

    W211型E 63 AMGには、セダン(W211)に加えてステーションワゴン(S211)も用意されました。これは地味に重要なポイントです。500PS超のV8ワゴンという存在は、当時の市場でもほぼ唯一と言ってよいものでした。

    S211型のE 63 AMGワゴンは、実用性とパフォーマンスの両立という点で、ある種の究極形です。家族を乗せ、荷物を積み、高速道路では余裕で250km/hリミッターに到達する。このバランスは、BMWのM5ツーリング(E60世代にはツーリング設定なし)やアウディRS6アバント(当時はC5世代が終了し、C6世代のRS6はまだ登場前)が不在だった時期には、事実上の独壇場でした。

    M156の功罪──信頼性という現実

    M156エンジンは傑作ですが、完璧ではありませんでした。中古市場では、このエンジン特有のいくつかの弱点がよく知られています。

    もっとも有名なのは、ヘッドボルトの問題です。初期生産分のM156では、シリンダーヘッドボルトの素材や締結トルクに起因するヘッドガスケット抜けが報告されました。メルセデスは後に対策品を出していますが、未対策のまま流通している個体も存在します。

    また、カムシャフトアジャスターの摩耗や、インテークマニホールドのフラップ不良なども知られた持病です。これらは致命的な欠陥というよりも、高性能エンジンゆえの精密さが裏目に出た部分と言えるでしょう。維持するにはそれなりの覚悟と予算が必要な車であることは、購入を考える人にとって避けて通れない現実です。

    AMGの量産化戦略における位置づけ

    W211型E 63 AMGの本当の意味は、一台の車としての出来栄えだけでは測れません。この車は、AMGが「特注品の工房」から「メルセデスのパフォーマンスブランド」へ完全に移行する過程で生まれた、最初の本格的な成果物です。

    M156エンジンはE 63 AMGだけでなく、C 63 AMG(W204)、CLK 63 AMG(C209)、ML 63 AMG(W164)、CLS 63 AMG(C219)、SL 63 AMG(R230)など、AMGラインナップ全体に横展開されました。一つの専用エンジンを開発し、それを複数車種に搭載してスケールメリットを出す。これはまさに「量産メーカーの中のパフォーマンス部門」としての戦略そのものです。

    BMWのM社がM3やM5で個別にエンジンを仕立てていたのに対し、AMGはM156という共通の心臓で一気にラインナップを拡充した。どちらが正しいという話ではありませんが、AMGのアプローチのほうがビジネスとしてはスケーラブルだった。そしてその起点にあったのが、E 63 AMGです。

    振り返ってみれば、W211型E 63 AMGは「AMGとは何か」が変わった時代の証人です。

    手作りの特注品から、メルセデスの正規ラインナップに組み込まれた高性能モデルへ。

    自然吸気の大排気量V8が許された最後の時代に、AMGが自らの手で一から設計したエンジンを載せた。

    その事実だけで、この車はAMGの系譜において特別な位置を占めています。

    速さの数字は後の世代にあっさり塗り替えられましたが、「AMGが本気で量産に踏み込んだ最初の一歩」という意味は、色褪せることがありません。

  • E 63 AMG/E 63 S 4MATIC+ – W213/S213【AMGが四駆を受け入れた転換点】

    E 63 AMG/E 63 S 4MATIC+ – W213/S213【AMGが四駆を受け入れた転換点】

    AMGにとって四輪駆動は、長らく「やらない選択」でした。

    後輪駆動こそがAMGの走りの核であり、それを手放すことはブランドの根幹に触れる話だった。ところがW213型E 63 AMGは、その禁忌をあっさり踏み越えてきます。

    しかも、ただ四駆にしただけではなく「FRに戻せる四駆」という奇妙な回答を用意して。

    この世代のE63は、AMGが速さの定義を書き換えた車です。

    Eクラス史上最も過激な世代

    2016年に登場したW213型Eクラスは、メルセデスの中核を担うビジネスセダンです。その高性能版としてE 63 AMGが設定されたのは2017年のこと。先代W212型E63の後を受ける形で登場しました。

    ただし、中身の変化は世代交代という言葉では足りません。

    先代まで頑なに守ってきた後輪駆動を捨て、AMG初の完全4MATIC+をこの車で採用したからです。GT-Rでもなく、Cクラスでもなく、Eクラスで。この選択自体が、AMGの戦略転換を物語っています。

    エンジンは先代から引き続きM177型4.0リッターV8ツインターボ。

    標準のE63で571馬力、上位のE63Sでは612馬力を発生します。先代W212後期の585馬力(S仕様)からさらに引き上げられ、Eクラスセダンとしては異次元の出力です。

    なぜAMGは四駆を選んだのか

    AMGが後輪駆動にこだわっていたのは、感覚的な好みだけの話ではありません。ドライバーがパワーの行き先を直接感じ取れること、つまり「人間が制御している実感」がFRの核心でした。

    四駆にすると、その感覚が薄れるというのがAMGの長年の主張だったわけです。

    しかし、現実的な問題が先代で顕在化していました。W212型E63は後輪駆動で585馬力。雨の日の発進はもちろん、ドライでも低速域でのトラクション確保に苦労する場面がありました。タイヤの性能だけでは吸収しきれない領域に、パワーが到達してしまっていたのです。

    加えて、ライバルの動向も無視できません。BMWのM5(F90)も同世代で四駆化に踏み切っています。アウディRS 6はもともとクワトロが前提。ハイパフォーマンスセダンの市場では、四駆はもはや妥協ではなく合理的な選択肢になっていました。

    AMGの開発陣がたどり着いた答えは、「普段は四駆、でも本気で遊びたいときはFRに戻せる」という構造でした。これがAMG 4MATIC+です。電子制御多板クラッチで前後のトルク配分を可変させ、通常走行では安定性を確保しつつ、Sモデルではドリフトモードを選ぶとフロントへの駆動を完全に切り離せます。

    ドリフトモードという「言い訳」の巧みさ

    正直に言えば、ドリフトモードはほとんどのオーナーが日常的に使う機能ではありません。サーキットや広い場所でなければ意味がないし、ESCも完全にオフになるため、かなりの腕が必要です。

    ただ、この機能の存在自体が重要でした。AMGファンにとって「四駆になった」という事実は、感情的に受け入れがたい部分がある。そこに「でもFRに戻せますよ」という選択肢を残すことで、四駆化への心理的な抵抗をうまく和らげたわけです。

    実際、AMGのトビアス・メアース氏(当時CEO)は「我々はドライバーから選択肢を奪わない」と発言しています。この言葉は、技術的な説明というより、ブランドの哲学を守るための宣言に近い。四駆化という大きな変更を、AMGのアイデンティティと矛盾させないための、極めて意識的なメッセージでした。

    速さの次元が変わった

    結果として、W213型E63Sの0-100km/h加速は3.4秒。先代の3.5秒(S 4MATIC、後期に追加された四駆仕様)からさらに短縮されています。ただ、数字以上に変わったのは「速さの質」です。

    後輪駆動時代のE63は、パワーを路面に叩きつけるような荒々しさがありました。

    それが四駆化によって、発進からの加速が恐ろしくスムーズになった。612馬力が4本のタイヤに分散されることで、暴力的なパワーが「使える速さ」に変換されたのです。

    トランスミッションもAMG スピードシフト MCT 9速に進化しています。湿式多板クラッチを使ったこの9速ATは、トルコン式より伝達効率が高く、変速も鋭い。先代の7速から段数が増えたことで、高速巡航時の回転数も下がり、長距離移動の快適性にも寄与しています。

    足回りはAMG RIDE CONTROL+と呼ばれるエアサスペンションを採用。減衰力を電子制御で可変させ、コンフォートからスポーツ+まで幅広い特性をカバーします。2トン近い車重を持つEクラスセダンで、サーキットレベルの動的性能と日常の快適性を両立させるには、こうした電子制御の介入が不可欠でした。

    ワゴンという選択肢の意味

    W213世代のE 63には、セダン(W213)だけでなくワゴン(S213)も用意されています。これはAMGのEクラスでは伝統的なラインナップですが、612馬力のステーションワゴンという存在は、冷静に考えるとかなり異様です。

    ただ、欧州市場ではワゴンの需要が根強く、特にドイツ本国ではEクラスワゴンの販売比率は高い。AMGにとってワゴンは「趣味のバリエーション」ではなく、れっきとしたビジネス上の主力モデルです。実用性を犠牲にせず最高の動力性能を手に入れたいというニーズに、S213型E63Sは正面から応えています。

    荷室容量はワゴンで640リッター(後席倒し時は最大1,820リッター)。家族の荷物を積んでアウトバーンを300km/h近くで巡航できる車は、世界を見渡してもそう多くありません。

    W213が系譜に残したもの

    W213型E 63 AMGは、AMGにとって単なるモデルチェンジではありませんでした。後輪駆動という聖域を手放し、四輪駆動を主軸に据えるという決断を、Eクラスで最初に実行した世代です。

    この判断は、その後のAMGラインナップ全体に波及しています。

    C 63(W206)は直4ハイブリッド+四駆へと舵を切り、GT 4ドアクーペも4MATIC+を標準装備する。AMGが「駆動方式よりも、ドライバーに何を感じさせるか」を優先する方向に転換した起点が、このW213型E63だったと言えます。

    そしてもうひとつ。W213世代は、AMG製V8ツインターボをフルスペックで積む最後のEクラスになる可能性が高い。

    後継のW214型Eクラスでは、AMG E 53が直6ハイブリッドに移行し、V8のE 63は設定されていません。つまりこの世代は、V8 AMGのEクラスという系譜の最終章でもあるのです。

    四駆を受け入れることでV8の全力を「使い切れる車」に仕上げ、同時にそのV8自体が終焉を迎える。

    W213型E 63 AMGは、AMGの過去と未来がちょうど交差する地点に立っています。だからこそ、この車には記録以上の意味がある。

    速さの数字ではなく、「AMGが何を守り、何を手放したか」を語る車です。

  • E 36 AMG – W124系【正規カタログに載った最初のAMG】

    E 36 AMG – W124系【正規カタログに載った最初のAMG】

    AMGのクルマを、メルセデス・ベンツの正規ディーラーで新車として買える。いまでは当たり前のその光景は、1990年代前半に始まりました。その最初の一歩を刻んだのが、W124型EクラスをベースとしたE36 AMGです。

    チューナーが作ったクルマではなく、メーカーが認めたクルマ。この違いは、見た目以上に大きな意味を持っていました。

    AMGが「社外」から「社内」へ変わった時代

    1967年に元メルセデスのエンジニアだったハンス・ヴェルナー・アウフレヒトとエバハルト・メルヒャーが創業したAMG。長らくメルセデス車を専門に手がける独立チューナーでしたが、1990年に転機が訪れます。メルセデス・ベンツとAMGの間で協力関係が正式に結ばれたのです。

    これは単なる業務提携ではありませんでした。AMGが手がけたモデルを、メルセデスの正規販売網に乗せるという合意です。それまでAMGのクルマを手に入れるには、AMGに直接コンタクトするか、理解のあるディーラーを探すしかなかった。保証の扱いも曖昧なケースがありました。

    この協力体制のもとで最初に世に送り出されたカタログモデルが、E36 AMGです。1993年のことでした。

    3.6リッター直6という選択

    E36 AMGの心臓部は、M104型直列6気筒エンジンをAMGが手組みで仕上げた3.6リッター仕様です。型式はM104.941。ベースとなったのはメルセデスの名機M104の3.2リッター版で、これをボアアップして3,606ccに拡大しています。

    最高出力は272PS、最大トルクは385Nm。数字だけ見ると現代の感覚では控えめに映るかもしれません。しかし当時のW124型300E-24(のちのE 320)が220PSだったことを考えれば、約50PSの上乗せは明確な差でした。

    注目すべきは、AMGがV8ではなく直6を選んだという点です。W124にはすでにV8の400E(M119型4.2リッター)が存在していました。にもかかわらず直6を磨き上げたのは、W124の車体バランスとの相性、そしてAMGが当時の直6に対して持っていた深い知見が理由でしょう。重量配分を崩さず、日常域のレスポンスを犠牲にしない。そういう判断が読み取れます。

    ちなみに、後にはM119型V8をベースとしたE 60 AMG(6.0リッター、381PS)も追加されますが、こちらはさらに希少で、E 36 AMGとは性格がかなり異なる存在でした。

    4つのボディで展開された懐の深さ

    E 36 AMGが面白いのは、W124系のほぼ全ボディバリエーションに設定されたことです。セダンのW124、ワゴン(エステート)のS124、クーペのC124、そしてカブリオレのA124。これだけ幅広い展開は、AMGモデルとしては異例でした。

    特にS124のワゴンは、実用性とパフォーマンスを両立させた存在として欧州で根強い人気を誇りました。家族を乗せて高速巡航もこなし、いざとなれば272PSが効く。こうした「速いワゴン」という価値観は、後のAMGラインナップにも脈々と受け継がれていきます。

    C124クーペは、W124系の中でもとりわけ美しいプロポーションで知られるボディです。ピラーレスのサイドウインドウに、AMGのエアロパーツとワイドフェンダーが加わると、控えめなのに只者ではない空気が漂います。派手さで勝負するのではなく、わかる人にはわかる。そういう佇まいでした。

    正規モデルになることの意味

    E 36 AMGが歴史的に重要なのは、速さやスペックの話だけではありません。AMGモデルにメルセデスの正規保証がつくようになったこと。これが最大の変化です。

    それまでのAMG車は、いわば「改造車」でした。どれだけ精密に組まれていても、メーカー保証の対象外になるリスクがあった。ディーラーによっては入庫を断られることもあったと言います。それが正規カタログに載ったことで、購入のハードルが一気に下がりました。

    この成功体験が、1999年のダイムラー・クライスラーによるAMG完全子会社化への道筋をつけたと見るのが自然です。E 36 AMGは、いわば「AMGがメルセデスの一部になれることを証明した実験」だったとも言えます。

    生産台数と現在の評価

    E 36 AMGの正確な総生産台数は公式には明かされていませんが、全ボディ合わせても数千台規模と言われています。当時のAMGモデルは現在のように大量生産される体制ではなく、アファルターバッハの工房で一基一基エンジンが手組みされていました。エンジンには組み上げた職人のサインプレートが貼られる、あの伝統はこの時代にはすでに確立されています。

    現在のクラシックカー市場では、W124系自体の評価が年々上がっています。「最後の過剰品質メルセデス」と呼ばれるW124の中でも、AMG仕様はとりわけ注目度が高い。特にC124クーペやA124カブリオレのAMG仕様は、状態の良い個体が出れば相当な値がつきます。

    ただし、注意点もあります。当時はAMGの「後付けキット」も多く流通しており、エアロだけAMG風に仕立てた車両と、本物のファクトリーAMGを見分けるにはそれなりの知識が必要です。エンジンのサインプレート、車台番号の照合、AMGデータカードの有無などが判別の手がかりになります。

    系譜の中の位置づけ

    E 36 AMGの後、AMGモデルはW210型EクラスでE 55 AMGへと進化します。V8・5.4リッターを搭載し、354PSを発揮するこのモデルは、AMGがさらにメインストリームへ近づいた存在でした。そしてその先にはスーパーチャージャー付きのE 55 AMG(W211)、V8ツインターボのE 63 AMG(W212)と続いていきます。

    振り返ると、E 36 AMGはAMGの歴史における「助走」のようなモデルです。まだV8やターボで武装する前の、直6NAという素朴な手段で勝負していた時代。しかしその素朴さの中に、AMGの本質——メルセデスの素性を活かしたまま、もう一段上の走りを引き出す——が最も純粋な形で詰まっていたとも言えます。

    カタログに載ったことで、AMGは趣味の世界からビジネスの世界へ足を踏み入れました。

    E 36 AMGは、その最初の一歩を踏み出したクルマです。

    派手なスペックではなく、「仕組みを変えた」という意味で、AMG史上もっとも重要なモデルのひとつだと思います。

  • 300 E 5.6 AMG “Hammer” – W124【セダンが超えてはいけない線を超えた怪物】

    300 E 5.6 AMG “Hammer” – W124【セダンが超えてはいけない線を超えた怪物】

    1980年代後半、世界最速のセダンはフェラーリでもポルシェでもなく、メルセデスの中堅サルーンだった。

    正確に言えば、メルセデスが作ったのではなく、当時まだ独立チューナーだったAMGが勝手に仕立てた一台です。

    それが300 E 5.6 AMG、通称「ハンマー」

    名前の由来はドイツ語の「Hammer」、つまり「ハンマーで殴られたような衝撃」。

    大げさに聞こえますが、当時これに乗った人間の証言を聞く限り、まったく誇張ではなかったようです。

    AMGがまだ「外部の人間」だった時代

    いまでこそ「メルセデスAMG」はメーカー純正のハイパフォーマンスブランドですが、1986年当時のAMGはまだ完全に独立した存在でした。

    メルセデスとの正式な提携は1990年代後半、完全子会社化に至るのは2005年のことです。つまりハンマーが生まれた時点では、AMGは「メルセデス車をベースに独自の改造を施すチューニング工房」に過ぎなかった。

    ただ、「過ぎなかった」という表現は正確ではないかもしれません。

    AMGの創業者ハンス・ヴェルナー・アウフレヒトとエルハルト・メルヒャーは、1967年の創業以来ツーリングカーレースで実績を積み、とくにスパ24時間での勝利でヨーロッパ中にその名を知らしめていました。

    レースで培った技術を市販車に落とし込む——その延長線上に、ハンマーは存在しています。

    W124に5.6リッターV8を詰め込むという発想

    ベースとなったW124は、1984年に登場したメルセデスのミドルクラスセダンです。

    いわゆるEクラスの前身にあたるモデルで、堅牢な設計と優れた空力特性を持つ、メルセデスの屋台骨のような存在でした。

    標準の300 Eに搭載されていたのは直列6気筒の3.0リッターエンジン。十分に速いクルマでしたが、AMGの目には「器としてまだ余裕がある」と映ったのでしょう。

    AMGが選んだのは、当時のSクラス(W126)やSLに搭載されていたM117型5.6リッターV8をベースに、独自のチューニングを施してW124に搭載するという手法でした。

    排気量は5.6リッター、最高出力は初期仕様で約360馬力。後に6.0リッター化されたバージョンでは385馬力に達しています。

    この数字だけ見てもピンとこないかもしれませんが、当時の文脈で考えると異常な値です。

    1986年のポルシェ911ターボが300馬力、フェラーリ・テスタロッサが390馬力。

    つまりハンマーは、4ドアセダンのボディに当時のスーパーカーと同等のパワーを押し込んだクルマだった。最高速度は約300km/h、0-100km/h加速は5.0秒前後。

    これを4ドアセダンが出すという事実が、当時のクルマ好きにとってどれだけ衝撃的だったか想像してみてください。

    「世界最速のセダン」という称号の重み

    ハンマーの名を世界に知らしめたのは、1986年のアメリカの自動車雑誌『Road & Track』のテスト記事でした。

    彼らはこのクルマを「世界最速のセダン」と評し、その記事はアメリカを中心に大きな反響を呼びます。ヨーロッパのチューニングカーがアメリカで神話化されるという、当時としてはかなり珍しい現象が起きたわけです。

    なぜアメリカでこれほど響いたのか。

    ひとつには、1980年代のアメリカにはこの種のクルマが存在しなかったという事情があります。アメリカンマッスルカーは排ガス規制で骨抜きにされ、ヨーロッパのスポーツセダンといえばBMW M5(E28)がようやく登場したばかり。

    そこに、M5すら凌駕するパワーを持つメルセデスベースのセダンが現れた。しかも見た目はほぼノーマル。

    この「羊の皮を被った狼」感が、アメリカの富裕層とカーマニアの心を直撃しました。

    ただの直線番長ではなかった理由

    ハンマーが単なるエンジンスワップの怪物で終わらなかったのは、AMGが足回りとブレーキにも徹底的に手を入れていたからです。サスペンションはスプリングレート、ダンパー、スタビライザーをすべて専用品に変更。ブレーキも大径ディスクに換装されていました。

    そしてここが重要なのですが、ベースのW124自体がきわめて優れたシャシーを持っていた。マルチリンク式リアサスペンションの採用、風洞実験を繰り返して作り込まれたボディ、メルセデスらしい過剰なまでの構造強度。AMGはゼロからクルマを作ったのではなく、「すでに優秀な器に、それに見合うパワーを与えた」というのが正確な表現です。

    W124の設計主任だったヴォルフガング・ペーターは、このクルマを「メルセデスが20世紀に作った最も頑丈なクルマ」と語っています。その頑丈さが、AMGの過激なチューニングを受け止める素地になっていたのは間違いありません。

    生産台数と、希少性が語るもの

    ハンマーの正確な生産台数は公式には明かされていませんが、一般的には30台前後と言われています。一説には5.6リッター仕様はさらに少なく、6.0リッター仕様を含めても総数は限られます。手作業でエンジンを組み上げ、一台ずつ仕上げるAMGの当時の生産体制を考えれば、この数字は驚くべきものではありません。

    現在のオークション市場では、状態の良いハンマーは数千万円で取引されることも珍しくありません。2023年にはRM Sotheby’sで約85万ドル(当時のレートで約1.2億円)で落札された個体もあります。この価格は、同年代のメルセデス純正モデルとは比較にならない水準です。

    ハンマーが切り拓いた道

    ハンマーの本当の意味は、一台のクルマとしての速さよりも、「セダンにV8を積んで本気で走らせる」という文化を確立したことにあるのかもしれません。BMW M5は先に存在していましたが、ハンマーはそれをさらにエスカレートさせ、「上限なんてない」という空気を作りました。

    そしてもうひとつ、ハンマーの成功がメルセデス本体にAMGの実力を認めさせる大きなきっかけになったという点も見逃せません。1990年代に入ってメルセデスがAMGとの協力関係を公式化し、やがてC36 AMG、E50 AMGといった「メーカー公認AMG」が生まれていく流れの原点には、ハンマーが世界中で巻き起こした反響があった。独立チューナーが作った一台の怪物セダンが、巨大メーカーの戦略を動かしたわけです。

    ハンマーは、速さの記録としてはとっくに塗り替えられています。

    いまやAMG GT 63 S 4MATICが630馬力を超え、4ドアで300km/hオーバーなど珍しくもない時代です。

    でも、それが「珍しくない」世界を最初にこじ開けたのが誰だったかと問えば、答えはひとつしかありません。

    メルセデスのお行儀の良いセダンに、あり得ないサイズのV8を押し込んで「これでいい」と言い切った、あの小さな工房の仕事です。

  • E 55 AMG – W211/S211【スーパーチャージドV8が静かに牙を剥いた最速Eクラス】

    E 55 AMG – W211/S211【スーパーチャージドV8が静かに牙を剥いた最速Eクラス】

    見た目はほぼ普通のEクラスです。

    少し太いタイヤ、控えめなエアロ、4本出しのマフラー。それだけ。

    なのにアクセルを踏み込むと、0-100km/hを4.7秒でこなす。

    2003年、メルセデスのミドルサルーンにそんな化け物が平然と混ざっていました。

    W211型E 55 AMGという車は、「速い」ことを隠す才能に長けた、ちょっと異質なスーパーセダンです。

    W210からの世代交代が意味したもの

    E 55 AMGという名前自体は、先代W210の時代からすでに存在していました。

    ただし、W210時代のE 55 AMGに積まれていたのは自然吸気の5.4L V8で、出力は354馬力。

    十分に速い車でしたが、BMWのM5(E39)が400馬力の自然吸気V8で殴りこんできた時代です。「Eクラスベースの速いやつ」としては、やや押され気味でした。

    W211世代への移行は、メルセデス全体にとっても大きな転換点でした。デザイン言語が丸目4灯から鋭い目つきに変わり、電子制御の比重が一気に上がった世代です。

    E 55 AMGもまた、単なるモデルチェンジではなく、パワートレインの思想そのものが変わったのがポイントです。

    スーパーチャージャーという選択

    W211型E 55 AMGの心臓部は、M113K型と呼ばれる5.4L V8にリショルム式スーパーチャージャーを組み合わせたユニットです。出力は476馬力、最大トルクは700Nm。先代から一気に120馬力以上の上乗せです。

    なぜターボではなくスーパーチャージャーだったのか。これはAMGの当時の設計思想と深く関わっています。スーパーチャージャーはエンジン回転に直結して過給するため、ターボのようなレスポンスの遅れがほぼありません。AMGが重視したのは、踏んだ瞬間に力が出る即応性でした。大排気量NAのフィーリングを残しつつ、過給で圧倒的なトルクを上乗せする。そういう狙いです。

    700Nmというトルクは、当時のセダンとしては異常な数字でした。同時期のBMW M5(E60)が507馬力の自然吸気V10で520Nmですから、トルクだけ見ればE 55 AMGのほうが圧倒的に太い。日常域での力強さ、追い越し加速の余裕という点では、E 55 AMGに分がありました。

    エアサスが生んだ二面性

    E 55 AMGのもうひとつの大きな特徴が、AIRMATIC DCと呼ばれるエアサスペンションです。通常のEクラスにもオプション設定されていたエアサスをベースに、AMG専用のチューニングが施されていました。

    このエアサスが、E 55 AMGの性格を決定づけています。通常モードでは驚くほど快適に路面を吸収し、スポーツモードに切り替えると車高が下がり、減衰力が締まる。つまり、普段は上質なEクラスとして振る舞いながら、スイッチひとつで本気の走りに切り替えられる。この二面性こそが、E 55 AMGの最大の魅力でした。

    ただし、このエアサスは経年劣化の問題を抱えることでも知られています。エアスプリングのゴム部品が劣化するとエア漏れが発生し、修理費用はそれなりにかかります。中古で手に入れる際には、ここが最初に確認すべきポイントになるでしょう。

    ワゴンという選択肢の贅沢さ

    W211型E 55 AMGには、セダン(W211)だけでなくステーションワゴン(S211)も設定されていました。これは当時のAMGとしてはかなり珍しい展開です。

    476馬力のワゴンという存在は、冷静に考えるとかなり倒錯的です。荷室に荷物を積んで、家族を乗せて、それでいて0-100km/hが5秒を切る。実用性と暴力性を同居させるという、ある種のドイツ的合理主義の極端な発露ともいえます。

    日本市場でもS211のE 55 AMGは正規導入されており、今でも根強い人気があります。「速いワゴン」という文化がまだ一般的でなかった時代に、メルセデスはすでにその答えを用意していたわけです。

    AMGの過渡期に立つ一台

    W211型E 55 AMGを語るうえで外せないのが、AMGの歴史における位置づけです。この車が登場した2003年は、AMGがメルセデスの完全子会社として本格的に量産体制を整えていた時期にあたります。

    それまでのAMGは、少量生産のチューナーに近い存在でした。しかし2000年代に入ると、AMGモデルはメルセデスのラインナップの中で明確な商品戦略上の柱になっていきます。E 55 AMGはまさにその転換点に立つモデルで、「手作りのエンジンと量産車のボディを組み合わせる」というAMGの方程式が完成形に近づいた一台です。

    M113K型エンジンは、AMGの伝統である「One Man, One Engine」——ひとりのマイスターがひとつのエンジンを組み上げる——という方式で生産されていました。エンジンカバーにはマイスターの署名プレートが貼られます。この儀式的な要素は、後のM156型やM157型にも引き継がれていきました。

    E 63 AMGへの橋渡し

    W211型E 55 AMGは2006年まで生産され、その後を継いだのがE 63 AMGです。エンジンはスーパーチャージャー付きのM113Kから、自然吸気6.2LのM156型に切り替わりました。出力は514馬力に上がりましたが、トルクは630Nmとやや控えめになっています。

    つまり、E 55 AMGの「低回転から暴力的に押し出すトルク感」は、M113Kエンジンならではの個性だったということです。後継のE 63 AMGは高回転型のNAに振ったぶん、キャラクターがかなり変わりました。どちらが優れているかではなく、味が違う。E 55 AMGの持ち味は、後継車では再現されなかったのです。

    さらにその後、AMGは再び過給器に回帰し、M157型のツインターボV8へと進化していきます。こうして振り返ると、E 55 AMGのスーパーチャージャーV8は、NA時代と過給時代の間に咲いた、少し特殊な花だったことがわかります。

    W211型E 55 AMGは、見た目の控えめさとは裏腹に、AMGの技術的野心と商品戦略の転換点を体現した車です。

    速さを誇示しない。でも踏めば圧倒的に速い。そのギャップこそが、この車の存在意義そのものでした。

    メルセデスの歴代Eクラスの中でも、これほどまでに「羊の皮を被った狼」という表現が似合うモデルはないでしょう。

  • E 63 AMG – W212 / S212【自然吸気の到達点と、ツインターボへの転換】

    E 63 AMG – W212 / S212【自然吸気の到達点と、ツインターボへの転換】

    ひとつの車種の中に、エンジン哲学の断絶が埋め込まれている。W212型E 63 AMGは、そういう稀有な存在です。

    前期は6.2リッター自然吸気V8、後期は5.5リッターツインターボV8。

    排気量も過給方式もまったく違うパワートレインが、同じ世代の同じ車名を名乗っている。これはたまたまではなく、AMGという組織がどこへ向かおうとしていたかを、そのまま映し出した結果です。

    先代が証明した「AMG製セダン」の市場

    E 63 AMGの直接の前身は、W211型に設定されたE 63 AMGです。

    それ以前のW210時代にはE 55 AMGがあり、スーパーチャージド5.4L V8を積んでいました。つまりEクラスにAMGの心臓を載せるという発想自体は、すでに確立された路線でした。

    ただ、W211世代のE 63 AMGで大きく変わったのは、エンジンがAMG完全自社開発のM156型6.2L自然吸気V8になったことです。

    「One Man, One Engine」——ひとりの職人がひとつのエンジンを組み上げるというAMGの哲学を体現した、初のAMG専用設計エンジン。

    これが先代で投入され、W212ではその熟成版が引き継がれることになります。

    前期型──M156の完成形として

    2009年に登場したW212型E 63 AMGの前期モデルは、M156型エンジンをそのまま搭載しています。最高出力は525PS、最大トルクは630Nm。自然吸気のV8としては、当時の量産セダンの中でも最高水準の数値です。

    このエンジンの何が特別かといえば、高回転まで一気に吹け上がるフィーリングです。ターボのようなトルクの段差がなく、アクセルに対してリニアに反応する。6,800rpmまで回して絞り出すパワーは、数値以上に「速さの質」が違いました。AMGのエンジニアたちが繰り返し語っていたのは、「レスポンスこそがAMGの価値だ」という信念です。

    トランスミッションは7速のスピードシフトMCT。従来のトルコン式ATではなく、湿式多板クラッチを用いたもので、変速速度とダイレクト感を両立させています。Eクラスという2トン近い車体を、ただ速く走らせるだけでなく、ドライバーとの対話を成立させようとした設計です。

    駆動方式はFR。これは当時のAMGとしては当然の選択でしたが、500PS超のパワーを後輪だけで受け止めるという構成は、路面状況によってはかなり神経を使う場面もありました。ここに後期型での大きな変化の伏線があります。

    後期型──M157への転換が意味したこと

    2011年のフェイスリフトで、E 63 AMGのエンジンはM157型5.5Lツインターボ V8に置き換えられます。これは単なるマイナーチェンジではありません。AMGのパワートレイン戦略そのものの転換点です。

    背景にあったのは、欧州の排出ガス規制の強化と、燃費に対する社会的な視線の変化です。6.2Lの大排気量自然吸気は、どれだけ技術を磨いてもCO2排出量を大幅に下げることが難しい。AMGは性能を維持しながら環境性能を改善するために、ダウンサイジングターボという時代の潮流に乗る決断をしました。

    結果として、M157型は最高出力557PS、最大トルク720Nmを発生。数値だけ見れば、排気量を700cc減らしながら出力もトルクも上回っています。さらに燃費は前期比で約30%改善されたとメルセデスは発表しています。数字の上では、あらゆる面で進化です。

    ただ、ここには議論の余地があります。自然吸気特有の高回転での伸びやかさ、アクセル操作に対する即応性は、ターボ化によって質が変わりました。低回転から太いトルクが立ち上がる力強さは圧倒的ですが、M156のような「回して楽しい」感覚とは別物です。AMGファンの間でも、前期と後期のどちらが「本物のAMGらしいか」という論争は、いまだに決着がついていません。

    4MATICという選択肢の追加

    後期型で見逃せないもうひとつの変化が、E 63 AMG 4MATICの追加です。AMGのEクラスに四輪駆動が設定されたのは、これが初めてでした。

    前後トルク配分は33:67。フロントにも駆動力を分配しつつ、後輪寄りの配分でFR的な旋回特性を残すという設計です。これにより、雨天やウインターシーズンでのトラクション性能は劇的に改善されました。

    この4MATICの投入は、AMGが「サーキット志向のピュアスポーツ」から「日常でも高性能を安全に使い切れるクルマ」へと軸足を動かし始めたことを示しています。後のAMG GT 4ドアやC 63の4MATIC化といった流れの、明確な起点がここにあります。

    S212──ワゴンという異端の器

    W212型E 63 AMGを語るうえで、ステーションワゴンのS212を外すわけにはいきません。500PS超のV8をワゴンボディに積むという企画は、冷静に考えるとかなり特殊です。しかしこれこそが、欧州市場におけるAMGの強みでした。

    ドイツを中心とした欧州では、ワゴンは実用車であると同時にステータスの表現でもあります。アウトバーンを家族とラゲッジを載せて高速巡航する——その用途に、AMGの動力性能は驚くほど噛み合います。実際にS212型E 63 AMGは、欧州ではセダン以上に支持されたという報告もあります。

    日本市場ではワゴンのAMGはややニッチな存在でしたが、「世界最速のワゴン」というキャッチフレーズは強烈でした。ポルシェ・パナメーラ ターボと同等以上の加速性能を、荷室つきのボディで実現している。この事実だけで、S212の存在意義は十分に説明できます。

    AMGの分水嶺としてのW212

    W212型E 63 AMGの後継は、W213型のメルセデスAMG E 63です。ここではM177型4.0Lツインターボ V8が搭載され、さらなるダウンサイジングが進みました。4MATICも標準化され、「大排気量・自然吸気・後輪駆動」というかつてのAMGの三位一体は完全に過去のものとなります。

    つまりW212は、AMGが旧来の価値観と新しい合理性のあいだで揺れた、最後の世代です。前期型にはM156の自然吸気が残り、後期型ではターボと4WDが導入された。一台の型式の中に、AMGの過去と未来が同居している。

    どちらが優れているか、という問いにはあまり意味がありません。ただ、6.2Lの自然吸気V8が量産セダンに載った最後の時代を記録したモデルとして、W212前期型の価値は今後さらに高まるでしょう。

    一方で、ツインターボと4MATICによって「誰でも速い」を実現した後期型は、AMGの商品としての完成度では明らかに上です。

    W212型E 63 AMGは、どちらか一方だけでは語れない。

    前期と後期を併せて見ることで初めて、AMGがどこから来てどこへ行こうとしたのかが見えてくる。そういう車です。

  • E 55 AMG – W210/S210【工場生産になった最初の本気】

    E 55 AMG – W210/S210【工場生産になった最初の本気】

    AMGというブランドが、今のように「メルセデスのカタログに最初から載っている存在」になったのは、いつからだったか。その答えのひとつが、このクルマです。W210型E 55 AMG。1997年に登場したこのモデルは、AMGが正式にダイムラー・ベンツの子会社となり、アフィンゲンの工場で正規の製造ラインに組み込まれた最初期のAMGモデルでした。

    速いEクラス、というだけなら以前にもありました。ただ、このクルマの本質は「速さ」よりも「体制の変化」にあります。AMGが趣味のチューナーから、メルセデスという巨大メーカーの一部門になった。そのことが何を意味し、何を変えたのか。E 55 AMGはそれを体現した一台です。

    AMGが「社外」でなくなった時代

    1990年代半ばまで、AMGは基本的に「外注のスペシャリスト」でした。メルセデスと深い協力関係にはあったものの、あくまで独立した会社がクルマを受け取り、エンジンやサスペンションに手を入れて送り出すという構造です。ユーザーから見れば「メルセデスのディーラーで買えるけど、メルセデスが作ったわけではない」という微妙な立ち位置でした。

    転機は1993年。ダイムラー・ベンツがAMGとの間に正式な協業契約を結び、その後1999年にはAMGの株式過半数を取得して子会社化します。W210型E 55 AMGが世に出た1997年は、まさにこの移行期のど真ん中にあたります。

    つまりE 55 AMGは、AMGが「外の職人集団」から「メルセデスの中のパフォーマンス部門」へと変わっていく過程で生まれた、最初の本格的な量産モデルのひとつなのです。C 36 AMG(W202)が1993年に先行していますが、E 55 AMGはより大きな車格で、より明確に「メルセデスが責任を持つAMG」を打ち出した存在でした。

    5.4リッターV8という回答

    心臓部に収まるのは、M113型5.4リッターV8。自然吸気のSOHC 3バルブという、いかにもメルセデスらしい設計のエンジンです。最高出力は354ps、最大トルクは530Nm。数字だけ見ると現代の基準ではおとなしく見えるかもしれませんが、1990年代後半のEクラスセダンに積まれるエンジンとしては、明確に「過剰」でした。

    ポイントは、このエンジンが持つトルクの出方です。AMGはこのM113型をベースに排気量を拡大し、吸排気系を見直すことで、低回転域から分厚いトルクを発生させました。ターボで一気にパワーを稼ぐのではなく、大排気量NAの余裕で押し切る。2トン近い車体を0-100km/h加速5.7秒で走らせるその力は、回転を上げて絞り出すというより、アクセルを踏んだ瞬間から湧き上がるものでした。

    組み合わされるトランスミッションは5速AT。当時のAMGモデルはまだマニュアルの選択肢がなく、ATのみという割り切りがされています。これは「サーキットを攻める道具」ではなく、「日常のあらゆる場面で圧倒的に速いセダン」という商品企画の表れでもありました。

    見た目は控えめ、中身は別物

    W210型のデザインは、メルセデスの歴史の中でもやや異色です。丸目四灯のヘッドライトを採用し、先代W124の直線的な造形からかなり柔らかい方向に振られました。好みが分かれるデザインではありましたが、E 55 AMGはその中でも控えめな外観が特徴的でした。

    専用の前後バンパー、サイドスカート、18インチのAMGホイール。変更点はたしかにあります。ただ、後年のAMGモデルのように巨大なエアインテークやワイドフェンダーで存在を主張するタイプではありません。知っている人が見れば分かる、という程度の差異です。

    この「控えめさ」は、当時のAMGの立ち位置をよく表しています。まだAMGは「知る人ぞ知る」存在であり、乗り手もそれを理解した上で選んでいました。派手に見せる必要がなかった、というよりも、派手に見せる文化がまだAMGには根付いていなかったのです。

    足回りはAMGが専用にセッティングしたスポーツサスペンションに、強化されたブレーキシステム。車高はノーマルのEクラスより下げられ、ロール剛性も高められています。ただし乗り心地を犠牲にしすぎない範囲での調整であり、あくまでEクラスとしての快適性を保つことが前提にありました。

    ワゴンという選択肢があった意味

    E 55 AMGには、セダン(W210)だけでなくステーションワゴン(S210)も用意されていました。これは見落とされがちですが、AMGの商品戦略を考える上で重要なポイントです。

    ワゴンにハイパフォーマンスエンジンを積むという発想は、当時まだ珍しいものでした。BMWのM5(E39)にはツーリングの設定がありましたが、それも後から追加されたもので、最初からセダンとワゴンを同時展開するAMGのアプローチは、ある種の割り切りの良さがあります。

    要するに、AMGは「速さ=スポーツカー的であること」とは考えていなかった。日常の道具であるワゴンが圧倒的に速い、という価値観を最初から提示していたわけです。この思想は、後のE 63 AMGワゴンやC 63 AMGワゴンにも脈々と受け継がれていきます。

    W210という車体の限界と評価

    正直に言えば、W210型Eクラスはメルセデスの歴史の中で品質面の評価がやや厳しい世代です。先代のW124が「最後の過剰品質メルセデス」と呼ばれるほどの堅牢さで知られていたのに対し、W210はコストダウンの影響が指摘されることが少なくありませんでした。

    特に防錆処理の問題は有名で、欧州を中心にサビの発生が報告されています。内装の樹脂パーツの質感についても、W124からの乗り換え組には物足りなさがあったようです。メルセデス自身もこの世代の品質問題は認識しており、後継のW211ではかなりの改善が図られました。

    E 55 AMGもこの車体をベースにしている以上、同じ課題を抱えていたのは事実です。ただ、AMGの手が入った部分、つまりエンジン、足回り、ブレーキといったパフォーマンス領域の仕上がりは高く、「走り」に関する不満はほとんど聞かれません。むしろ、ベース車両の弱点をAMGの走りの魅力が補って余りある、という評価が一般的でした。

    次の世代への布石

    W210型E 55 AMGの後を継いだのは、W211型のE 55 AMG(2003年〜)です。こちらはM113型エンジンにスーパーチャージャーを組み合わせたM113K型を搭載し、出力は一気に476psまで跳ね上がりました。性格はまるで別物です。

    W210型が自然吸気の大排気量で「余裕のある速さ」を提供していたのに対し、W211型は過給によって「暴力的な速さ」へと舵を切りました。この変化は、AMGがメルセデスの完全子会社となり、より明確にブランドの頂点として位置づけられるようになった結果でもあります。

    振り返ってみると、W210型E 55 AMGは「AMGが量産メーカーの一部になる」という大きな変化の中で、まだ職人的な匂いを残していた最後の世代に近い存在です。エンジンは一人の職人が組み上げる「One Man, One Engine」の哲学がすでに適用されていましたが、クルマ全体としてはまだ過渡期の空気をまとっていました。

    派手さはない。現代のAMGのような電子制御の塊でもない。ただ、大きなエンジンと確かな足回りと、それを日常の中で使い切れるセダンとワゴンの形。E 55 AMG W210は、AMGが「何者になろうとしていたか」を、最も素朴な形で見せてくれた一台だったと思います。