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  • Super-ONE【令和のブルドッグ、軽EVの枠を壊して生まれたホットハッチ】

    Super-ONE【令和のブルドッグ、軽EVの枠を壊して生まれたホットハッチ】

    EVに「笑顔」は似合わないと思っていた人にこそ、知ってほしい一台があります。

    ホンダ Super-ONE(スーパーワン)。

    軽自動車のEVをベースにしながら、あえてその規格を飛び出し、ワイドボディとブーストモードで武装した小型EVスポーツです。

    市場調査から生まれたのではなく、開発者の「おもしろいクルマを作りたい」という衝動から始まったこの企画は、約40年前のあるクルマの記憶を呼び覚ましました。

    「おもしろいクルマ作りたいよね」から始まった企画

    Super-ONEの出自は、かなり異例です。

    通常の新車開発では、まず市場調査があり、ターゲットユーザーの設定があり、収益計画があって……という手順を踏みます。ところがこのクルマは違いました。

    ホンダ社内のとある部署が、2025年9月に発売された軽EV「N-ONE e:」の試作車両を手にしたとき、ひとつの仮説を立てたそうです。「軽自動車規格の制約を取り払ってチューニングしたら、おもしろいクルマになるのではないか」。つまり、マーケットインではなくプロダクトアウトの発想です。

    しかも、社内の合意を取り付けるために使ったのはドライビングシミュレーターではなく、実際にN-ONE e:ベースで仕立てた先行試作車でした。乗った人はみな笑顔が絶えなかったといいます。社内試乗した役員たちからは「これは発明だ」という声まで上がったとか。

    この「乗ればわかる」式の社内プレゼンで企画にゴーサインが出たというのは、なかなかホンダらしいエピソードです。数字やプレゼン資料ではなく、体験で人を動かす。そういう文化がまだ残っていることに、少しだけ安心します。

    ブルドッグの記憶が蘇った瞬間

    先行試作車に乗った役員たちが口を揃えて言ったのが、「ブルドッグだ!」という一言でした。ブルドッグとは、1983年に登場したホンダ シティターボIIの愛称です。

    シティターボIIは、初代シティのトールボーイボディにインタークーラー付きターボを搭載し、1.2Lの排気量から110PSを絞り出した超ホットハッチでした。ワイドトレッド化に伴うダイナミックフェンダー、大型パワーバルジなど、小さな車体に筋肉がみなぎるようなスタイリングが特徴で、当時の価格は約124万円。若者が手を伸ばせるボーイズレーサーの代名詞でした。

    開発途中で「令和版ブルドッグ」と呼ばれるようになったことで、デザインにも変化が生まれました。製作途中から非対称グリルや、インテリアに青い挿し色を入れるなど、オリジナルのブルドッグをオマージュした要素が組み込まれていったのです。

    つまりSuper-ONEは、最初からブルドッグの後継を狙ったわけではなく、作っているうちに自然とそこへ収束していった。これは系譜として、なかなか面白い成り立ちです。

    軽の枠を壊す、という設計判断

    Super-ONEのベースは、軽自動車EVのN-ONE e:です。ただし、ここからの変更は多岐にわたります。まず、トレッドをフロントで50mm拡幅し、全幅を100mm広げています。これによって軽自動車規格を超え、普通車登録になります。

    「軽のままでいいじゃないか」という声は当然あったでしょう。でも、軽規格には全幅1,480mm以下という制約があります。この制約を外すことで、185/55R15サイズのヨコハマ ADVAN FLEVAタイヤを履けるようになり、接地面積が大幅に増えました。接地点横剛性はN-ONE RS比でフロント約37%、リア約57%も向上しています。

    車両重量は1,090kgで、国内乗用EVクラスでは最軽量レベル。薄型バッテリーを床下中央に配置したことで、重心高はN-ONE RSの約590mmから約520mmへと大幅に下がりました。この70mmの差は、走りの世界では相当な意味を持ちます。

    要するにSuper-ONEは、軽自動車の「小さくて軽い」という美点を活かしつつ、規格の枠だけを外すことで走行性能を一気に引き上げた、というわけです。足し算ではなく、制約を引き算した設計。このアプローチは、なかなか巧みです。

    BOOSTモードという「発明」

    Super-ONEの最大の目玉は、専用開発されたBOOSTモードです。通常モードでの最高出力は47kW(約64馬力)。これはN-ONE e:と同じで、軽自動車の自主規制枠です。ところがBOOSTモードに切り替えると、出力が70kW(約95馬力)まで一気に引き上げられます。出力1.5倍。この「解放感」こそが、軽規格を超えた普通車であることの最大の意味です。

    ただ、パワーアップだけなら他のEVでもやっています。Super-ONEが異質なのは、そこに仮想有段シフト制御アクティブサウンドコントロールを組み合わせたことです。BOOSTモードに入ると、7速DCTのようなシフトチェンジの感覚が再現され、4気筒エンジンのようなサウンドが車内に響きます。

    EVの無音・無段変速という特性を、あえて「有段・有音」に変換する。これは一見すると退行のように見えるかもしれません。でも、開発者の意図は明快です。アクセルを踏んだときの高揚感、シフトアップの「抜け」の気持ちよさ、回転が上がっていく昂り。そういった運転の快楽を、EVでも再現したかったのです。

    仮想エンジンサウンドの開発では、音に含ませる「雑味の塩梅」がポイントだったそうです。きれいすぎる音では高揚感につながらない。このあたりの感覚的なチューニングは、ホンダのエンジン屋としてのDNAが生きている部分でしょう。

    さらに、ワインディング脱出時に最適なギアを選ぶ「アーリーDOWN制御」や、旋回中にギアを保持する「コーナリングホールド制御」といったスポーツアダプティブ制御も搭載されています。仮想のシフトなのに、制御はかなり本気です。

    BOSEと低重心が支える「体験の質」

    仮想サウンドを「本物」に聴かせるために、Super-ONEはBOSEと共同開発した8スピーカーのプレミアムサウンドシステムを標準装備しています。ホンダの小型モデルにBOSEを搭載するのはこれが初めてです。荷室には13.1Lの大容量サブウーファーが収まっており、低音域の迫力も確保されています。

    音響にここまでコストをかけた理由は、単に音楽を良い音で聴くためだけではありません。仮想エンジンサウンドの説得力を担保するためです。スピーカーの配置も緻密で、低回転域の低周波はドアスピーカーが、高回転域の高周波はダッシュボード中央のセンタースピーカーが受け持つことで、リアルな音場を再現しています。

    走りの面では、前述の低重心設計が効いています。試乗したジャーナリストの多くが「レーシングカートに似ている」と評しており、コンパクトなボディが手の内に収まる感覚が際立っているようです。ハンドリングは、キビキビ系というよりも、幅広い速度域で特性変化が少ない安定志向。神経質さがなく、誰でも楽しめるバランスに仕上がっているとの評価が多いのが印象的です。

    ターゲットは「50代と20代」

    Super-ONEのメインターゲットは、かつてホンダのスポーツハッチに親しんだ50代と、1980〜90年代のモノに「エモさ」を感じる20代前半の若者だとされています。その両世代のコミュニケーションのきっかけになるという狙いがあるそうです。

    これは面白い設定です。50代にとっては、ブルドッグやCR-Xで青春を過ごした記憶の延長線上にある一台。20代にとっては、レトロフューチャーな佇まいがむしろ新鮮に映る一台。同じクルマなのに、世代によって見え方が違う。そういう多層的な魅力を狙っているわけです。

    航続距離はWLTCモードで274km。ベースのN-ONE e:の295kmからはわずかに減少していますが、片道20kmの通勤なら充電は週1回で足りる計算です。日常の足としての実用性は十分に確保されています。

    2025年10月のジャパンモビリティショー2025でプロトタイプが世界初公開され、2025年7月にはコンセプトモデル「スーパーEVコンセプト」として英国グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードのヒルクライムも走破。2026年4月10日に先行予約が開始され、5月下旬の発売が発表されました。日本を皮切りに、英国では「Super-N」の名で、アジア各国でも順次展開される予定です。

    「おもしろいクルマ」がEV時代にも存在できるか

    Super-ONEの車名には、「これまでのEVの常識や軽自動車規格の枠を超越する存在(Super)」として、「ホンダならではの唯一無二(One and Only)の価値を届けたい」という想いが込められています。グランドコンセプトは「e: Dash BOOSTER」。日常の移動を、刺激的で気持ちの高ぶる体験へと進化させるという宣言です。

    正直に言えば、課題もあります。EVに仮想エンジン音を載せることへの賛否は分かれるでしょうし、軽自動車ベースの普通車という立ち位置は価格面でのハードルを生みます。300万円台と予想される価格帯は、同じ金額で買えるガソリンスポーツと比較されることになります。

    それでも、このクルマが持つ意味は大きいと思います。ホンダはかつて、シティターボIIで「小さくて安くて速くて楽しい」というボーイズレーサーの理想を体現しました。あれから約40年。パワートレインはエンジンからモーターに変わり、ブーストの手段はターボからソフトウェアに変わりました。でも、「小さなクルマで笑顔になれる」という本質は、驚くほど変わっていません。

    Super-ONEは、EVの時代にも「おもしろいクルマ」が成立することを証明しようとする、ホンダなりの回答です。それが市場に受け入れられるかどうかは、まだわかりません。

    ただ、マーケティングではなく「作りたい」から始まったクルマが、令和の時代にもちゃんと世に出てくること自体が、クルマ好きにとっては希望だと思うのです。

  • シティターボII ブルドッグ – AA【過剰こそが正義だった時代の突然変異】

    シティターボII ブルドッグ – AA【過剰こそが正義だった時代の突然変異】

    ブルドッグ、という愛称がすべてを物語っています。

    小さな体に不釣り合いなほどの力を詰め込み、ずんぐりしたボディで路面に噛みつくように走る。

    1983年に登場したホンダ・シティターボII(AA型)は、コンパクトカーの枠を完全に踏み越えた一台でした。

    ただの過激グレードではなく、当時のホンダが持っていた「やりすぎる体質」が最も鮮やかに表れたクルマです。

    ターボ戦争のど真ん中で

    1980年代前半の日本車マーケットは、ターボチャージャーに取り憑かれていました。

    日産マーチターボ、スズキ・アルトワークス(少し後ですが)、そしてダイハツ・シャレードのディーゼルターボまで。

    排気量の大小を問わず「ターボを載せれば正義」という空気が、業界全体を覆っていた時代です。

    ホンダはもともとターボに対して慎重なメーカーでした。NAの高回転で馬力を稼ぐのがホンダの流儀であり、過給に頼ることへの抵抗感は社内に確実にあったはずです。しかし1982年、初代シティ(AA型)にターボモデルを追加したあたりから風向きが変わります。

    初代シティターボは100psを発揮し、車重約770kgの軽い車体と組み合わさることで十分以上に速いクルマでした。ところが、マーケットはすぐに「もっと」を求めます。ライバルたちが次々とパワーを上乗せしてくる中、ホンダが出した回答がシティターボIIでした。

    インタークーラーという飛び道具

    シティターボIIの最大のトピックは、インタークーラー付きターボの採用です。排気量わずか1,231ccのER型エンジンに、空冷インタークーラーを組み合わせて110psを絞り出しました。リッターあたり約89ps。1983年の量産コンパクトカーとしては、かなり攻めた数字です。

    インタークーラーとは、ターボで圧縮されて高温になった吸気を冷やす装置です。空気の温度を下げれば密度が上がり、より多くの酸素をエンジンに送り込める。つまり同じ過給圧でもパワーが上乗せできるわけです。当時はまだインタークーラーターボが珍しく、これを小さなシティに載せたこと自体がニュースでした。

    トルクも15.0kgf·mに達しており、数字だけ見れば当時の1.6Lクラスに匹敵します。車重は約810kgですから、パワーウェイトレシオは約7.4kg/ps。現代の感覚でも十分に「速い部類」に入る水準です。

    あの異形のスタイリングの理由

    ブルドッグの名を決定づけたのは、あの独特の外観です。ボンネット上の大きなパワーバルジ、前後に追加されたオーバーフェンダー、そしてルーフ後端のスポイラー。ノーマルのシティが持っていた「トールボーイ」の愛嬌あるプロポーションは、完全に別の生き物に変貌しています。

    ただ、これは見た目のハッタリだけではありません。パワーバルジはインタークーラーの搭載スペースを確保するために必要でした。オーバーフェンダーも、ワイド化されたトレッドとタイヤを収めるための機能的な処理です。

    つまり「速くするために必要な変更をすべてやったら、こうなった」というのが正確な表現でしょう。機能がデザインを規定した結果、あのブルドッグ顔が生まれた。意図せず生まれた迫力というのは、狙って作ったアグレッシブさよりも説得力があるものです。

    足まわりも当然強化されています。スプリングレート、ダンパー減衰力ともに引き上げられ、フロントにはベンチレーテッドディスクブレーキを装備。小さなボディに大きなパワーを受け止めるための備えが、一通り施されていました。

    「マンマキシマム・メカミニマム」の極北

    ホンダにはかつて本田宗一郎が掲げた「マンマキシマム・メカミニマム」という思想があります。メカニズムの占有スペースを最小にし、人間のための空間を最大にする、という考え方です。初代シティのトールボーイデザインは、まさにその思想の申し子でした。

    シティターボIIは、その思想を守りながら性能を極端に引き上げたクルマです。全長3,380mm、ホイールベース2,220mmという極めてコンパクトなパッケージは変えない。室内空間もほぼそのまま。でもパワーは110ps。この「小さいまま速くする」という方針が、ブルドッグの本質です。

    当時のホンダは、F1参戦を控えてエンジン技術に対する自信と野心が膨らんでいた時期でもあります。1983年はホンダが第2期F1に復帰した年。ターボエンジンの技術を市販車にフィードバックする──という物語は、多少マーケティング的な脚色を含むとしても、社内の空気としてはリアルだったはずです。

    速さの代償と、時代の限界

    もちろん、ブルドッグには弱点もありました。ターボラグは当時の技術では避けられず、低回転域のトルクの谷は明確に存在していました。ブースト圧が立ち上がった瞬間に一気にパワーが押し寄せる、いわゆる「ドッカンターボ」の特性です。

    ショートホイールベースに110psという組み合わせは、腕のあるドライバーには楽しくても、一般ユーザーにとっては少々扱いにくいものでした。特にウェット路面でのトラクション不足は、当時のオーナーたちが口を揃えて指摘するポイントです。

    また、トールボーイゆえの高い重心は、ハードコーナリング時に不利に働きます。ワイドトレッド化やサスペンション強化である程度カバーしてはいるものの、物理的な制約は消しきれません。「速いけど、ちょっと怖い」──それがブルドッグの正直な乗り味だったと言えるでしょう。

    系譜の中での意味

    シティターボIIは、後継車に直接つながるモデルではありません。

    2代目シティ(GA型)はターボを廃止し、よりオーソドックスなコンパクトカーへと方向転換しました。ある意味、ブルドッグは初代シティという器の中でしか成立し得なかった、一代限りの突然変異です。

    20260410追記:まさか令和にSuper-ONEのようなクルマが出るとは…

    しかし、このクルマが残したものは小さくありません。「ホンダは小さいクルマでも本気で速くする」というブランドイメージは、後のシビックSiR、そしてタイプRシリーズへと確実に接続しています。コンパクトなボディに高出力エンジンを組み合わせるという発想の原型が、ここにあります。

    さらに言えば、ブルドッグは「モータースポーツとの接点を持つ市販車」としても重要です。ワンメイクレースが開催され、若いドライバーの登竜門としても機能しました。クルマ好きの裾野を広げるという意味で、このクルマが果たした役割は過小評価されるべきではありません。

    シティターボII ブルドッグは、パワーウォーズという時代の熱狂と、ホンダという企業の体質が掛け合わさって生まれた、極めて時代的な一台です。

    冷静に見れば過剰で、合理的に考えれば無茶で、でもだからこそ面白い。「小さいクルマは退屈」という常識を、力ずくで壊した

    それがブルドッグの存在意義です。