カテゴリー: NSX

  • NSX – NC1【スーパーカーの正解を、ホンダなりに再定義した一台】

    NSX – NC1【スーパーカーの正解を、ホンダなりに再定義した一台】

    NSXが帰ってきた、と言われたとき、多くの人が期待したのは「あの頃のNSX」の再来だったかもしれません。軽くて、自然吸気で、人間の手に馴染むスーパーカー。

    でもホンダが実際に出してきたのは、ツインターボとモーター3基を積んだ四輪駆動のハイブリッドマシンでした。裏切りだと感じた人もいたでしょう。

    ただ、この選択にはホンダなりの筋が通っています。

    復活までに何が起きていたのか

    初代NSX(NA1/NA2)が生産を終えたのは2005年。そこから2代目NC1の発売まで、実に約10年の空白がありました。この間、ホンダの内部では何度もNSX復活の企画が浮かんでは消えています。

    2008年のリーマン・ショックは大きな転換点でした。当時すでに開発が進んでいたV10自然吸気のFRスーパーカー構想は、この経済危機を受けて白紙撤回されています。ホンダの経営判断として、大排気量NAのスーパーカーをこの時代に出すことは現実的でないと判断されたわけです。

    その後、2012年のデトロイトモーターショーで「NSXコンセプト」が発表されます。ここで示されたのが、ミッドシップV6ツインターボにハイブリッドシステムを組み合わせるという方向性でした。つまり、NC1の基本構想は「V10 NAの夢を捨てた後」に再構築されたものです。

    3モーターという異端の構成

    NC1の最大の特徴は、Sport Hybrid SH-AWDと呼ばれるパワートレインです。3.5L V6ツインターボエンジンに加え、エンジン直結の駆動用モーター1基、そして前輪左右にそれぞれ独立したモーターを1基ずつ配置しています。合計3モーター。システム総出力は581PS。

    この構成がなぜ選ばれたのか。単にパワーを稼ぐためではありません。前輪の左右モーターを独立制御することで、コーナリング中に内輪と外輪のトルクを個別に配分できます。つまり、デフの代わりにモーターで曲がる力を作り出しているわけです。

    ホンダはこれを「新しい操る喜び」と表現しました。初代NSXが人間の感覚に忠実なアナログの操縦性を追求したのに対し、NC1は電子制御で操縦性そのものを再設計するというアプローチです。方向性はまるで違いますが、「ドライバーが意のままに操れること」というゴール自体は共通しています。

    開発拠点と生産体制が語ること

    NC1の開発と生産は、アメリカ・オハイオ州のパフォーマンス・マニュファクチュアリング・センター(PMC)で行われました。これは日本のファンにとって少し複雑な話かもしれません。「ホンダのフラッグシップなのに日本製じゃないのか」と。

    ただ、この判断にも理由があります。NC1の最大市場は北米であり、開発主導もホンダR&Dアメリカズが担いました。栃木研究所も関わっていますが、プロジェクトの軸足はアメリカ側にあったのです。グローバルなスーパーカー市場で戦うなら、その市場に近い場所で開発・生産するという合理的な判断でした。

    PMCでは1日あたりの生産台数がごく少数に限られ、多くの工程が手作業で行われています。量産車の工場とはまったく異なる体制で、ここにはホンダなりの「スーパーカーの作り方」に対する意地が見えます。

    初代NSXの影と、NC1が背負ったもの

    NC1を語るうえで避けて通れないのが、初代NSXとの比較です。初代は「日常的に使えるスーパーカー」という概念を発明した車でした。オールアルミボディ、自然吸気VTEC、人間中心の設計思想。アイルトン・セナがテストドライバーを務めたという逸話も含めて、初代は伝説になっています。

    NC1はその伝説を背負いながら、まったく違う時代に生まれました。2016年の発売時点で、スーパーカーの世界はすでにハイブリッド化が始まっていました。フェラーリ・ラフェラーリ、マクラーレン・P1、ポルシェ918スパイダー。いわゆる「ハイパーカー御三家」がモーターアシストの有効性を証明した直後です。

    NC1の価格帯は約2,370万円からで、これらハイパーカーとは直接競合しません。むしろアウディR8やマクラーレン570Sあたりが実質的なライバルでした。ただ、ハイブリッドスーパーカーという構成自体が「次の時代のスポーツカーとは何か」という問いへのホンダなりの回答だったことは間違いありません。

    評価が割れた理由

    NC1に対する評価は、正直なところ割れました。走行性能に関しては高い評価を受けています。とくにSH-AWDによるコーナリングの自在さ、ブレーキング時の安定感、そしてモーターによる瞬発的なトルクの立ち上がりは、多くのジャーナリストが驚きをもって伝えています。

    一方で、「エモーショナルさが足りない」という声も少なくありませんでした。V6ツインターボのサウンドはV8やV10の咆哮とは異質で、ハイブリッドシステムの介入が運転の「生っぽさ」を薄めているという指摘です。初代NSXが持っていた、機械と人間が直に対話しているような感覚とは確かに違います。

    ただ、これは設計思想の違いであって、欠陥ではありません。NC1は「人間が直接触れる」のではなく、「電子制御を通じて人間の意図を増幅する」という方向に踏み出した車です。その是非は好みの問題であり、技術的な挑戦としては極めて真摯なものでした。

    販売面では苦戦しました。年間数百台規模の生産で、スーパーカーとしては珍しくないペースではあるものの、ホンダのブランド力でこの価格帯を支え続けることの難しさは否めません。2022年に最終モデル「Type S」が発表され、NC1は生産を終了しています。

    NC1が系譜に残したもの

    NC1の生産期間は約6年。初代の15年に比べると短命でした。しかし、この車がホンダの技術史に刻んだ意味は小さくありません。

    SH-AWDの制御技術、とくに左右独立モーターによるトルクベクタリングは、今後のホンダのEVスポーツカーにとって重要な基盤技術になり得ます。実際、ホンダが将来の電動スポーツモデルを開発する際、NC1で蓄積した知見は確実に活きるはずです。

    初代NSXは「スーパーカーは日常でも使える」という常識を作りました。NC1は「スーパーカーは電動化しても面白くできる」という命題に、量産車として最初期に答えを出した一台です。その答えが万人に受け入れられたかどうかは別として、問いを立てたこと自体に価値があります。

    NSXという名前が三度目の復活を遂げるかどうかは、まだ誰にもわかりません。ただ、もしその日が来たとき、NC1が切り拓いた「電動で走りを作る」という思想は、確実にその土台の一部になっているはずです。

    ホンダがスーパーカーを作る理由は、いつの時代も「技術で常識を書き換えること」にあります。

    NC1は、その役割をきちんと果たした車でした。

  • NSX – NA1 / NA2【ホンダが本気で作った「日常で乗れるスーパーカー」】

    NSX – NA1 / NA2【ホンダが本気で作った「日常で乗れるスーパーカー」】

    スーパーカーとは、壊れるものである。

    乗り心地は悪くて当然、エアコンは効かなくて当然、ディーラーに預ける頻度が高くて当然。1980年代まで、それは世界中の常識でした。

    ホンダNSXは、その常識を真正面から否定するために生まれた車です。

    しかもそれを作ったのは、フェラーリでもポルシェでもなく、シビックやアコードを量産していた日本のメーカー。

    だからこそNSXは称賛と困惑を同時に浴びた。「すごい車だけど、これはスーパーカーなのか?」という問いは、登場から30年以上経った今でも完全には決着していません。

    1980年代後半、ホンダが見ていた景色

    NSXの企画が動き出したのは1984年頃とされています。ホンダはF1で連勝を重ね、技術的な自信が社内に充満していた時期です。当時の本田技術研究所には「ホンダの技術の頂点を示すフラッグシップを作りたい」という空気が確実にありました。

    ただ、ホンダには高級スポーツカーの経験がほとんどありません。S800以来、本格的なスポーツカーは長らく不在でした。つまりNSXは、ゼロから頂点を作るプロジェクトだったわけです。普通に考えれば無謀です。

    しかし当時のホンダには、それを無謀で終わらせない条件が揃っていました。F1エンジンの開発で得たV型エンジンの知見、航空機部門から流用できるアルミ加工技術、そしてバブル経済という追い風。この3つが重なったからこそ、NSXは実現に至っています。

    「毎日乗れるスーパーカー」という設計思想

    NSXの開発を語るうえで外せないのが、「日常で使えること」を性能と同格に置いたという判断です。開発責任者の上原繁氏は、フェラーリ328を購入して日常的に乗り、その不満点を徹底的に洗い出したと言われています。視界が悪い、エアコンが効かない、クラッチが重い、すぐ壊れる。これらすべてを「解決すべき課題」として設計に落とし込んだのがNSXでした。

    だからNSXは、スーパーカーとしては異様なほど視界がいい。キャノピー型と呼ばれるガラスエリアの広いキャビンは、ミッドシップとは思えないほどの開放感を持っています。エアコンはちゃんと効くし、トランクにはゴルフバッグこそ入りませんが、日帰り旅行程度の荷物は積めます。

    この思想は、アイルトン・セナによる鈴鹿でのテスト走行でも貫かれています。セナは試作車に乗った後、「ボディ剛性が足りない」と指摘したとされ、ホンダはそれを受けて剛性を大幅に引き上げました。

    ただし重要なのは、セナの助言を受けてもなお、乗り心地や快適性を犠牲にしなかったという点です。硬くするだけなら簡単ですが、硬くしつつしなやかさを保つ。その両立こそがNSXの設計の核心でした。

    オールアルミボディとV6という選択の意味

    NSXの技術的なハイライトは、世界初の量産オールアルミモノコックボディです。NA1型の車重は約1,350kg。同時代のフェラーリ348が1,400kg台後半だったことを考えると、ミッドシップスーパーカーとしては明確に軽い。この軽さが、3.0LのV6・C30A型エンジンでも十分な動力性能を実現できた最大の理由です。

    エンジンについては、V8やV10ではなくV6を選んだことが当時から議論の的でした。最高出力は280ps(日本仕様、自主規制値)。数字だけ見ると、フェラーリやランボルギーニに対して明らかに控えめです。

    ただ、ホンダの狙いは馬力競争ではありませんでした。C30A型は自然吸気で8,000rpmまで回るVTEC搭載エンジンで、レスポンスの鋭さとリニアリティにおいては当時の競合を凌駕していました。要するに、「数字で勝つ」のではなく「乗って速い」を目指した設計です。チタンコンロッドの採用も、単なるスペック自慢ではなく、回転系の軽量化によるレスポンス向上が目的でした。

    アルミボディの製造には莫大なコストがかかりました。鉄の約3倍とも言われた加工コストを、ホンダは栃木の専用工場で手作業に近い工程を組むことで吸収しています。量産車でありながら月産300台程度という生産ペースは、このボディ構造に起因するものです。

    NA2への進化──3.2L化とタイプSの登場

    1997年、NSXはマイナーチェンジを受けてNA2型へ移行します。最大の変更点は、MT車のエンジンが3.0LのC30Aから3.2LのC32B型に換装されたことです。最高出力は280psのまま据え置きですが、トルクが向上し、中回転域の力強さが明確に増しました。6速MTの採用も、このエンジン変更と合わせて行われています。

    AT車は従来の3.0Lを継続しており、NA2型はMTとATでエンジンが異なるという少し変わった構成になっています。これはAT用に3.2Lを最適化するコストと、AT購入層の使い方を天秤にかけた結果でしょう。

    外観ではヘッドライトが固定式に変更されました。リトラクタブルライトの廃止は歩行者保護規制への対応が主な理由ですが、空力面でもわずかに有利になっています。デザインの好みは分かれるところで、「初期型のリトラが至高」という声は今でも根強い。ただ、固定式になったことで表情がよりシャープになったのも事実です。

    2002年にはNSX-Rが復活し、さらに2005年にはタイプSが追加されています。特にNSX-Rは、カーボンボンネットや専用サスペンション、徹底した軽量化によって車重を1,270kgまで削り込んだモデルで、ニュルブルクリンク北コースでのタイムアタックでも話題になりました。最終的にNSXは2005年に生産を終了しますが、15年間という異例の長寿モデルでした。

    称賛と「物足りなさ」の同居

    NSXは発売当初から世界中のメディアに絶賛されました。ゴードン・マレーがマクラーレンF1の開発にあたりNSXを参考にしたという話は有名です。「スーパーカーに品質と信頼性を持ち込んだ」という功績は、自動車史レベルで評価されています。

    一方で、NSXには常に「何かが足りない」という評もつきまといました。V6というエンジン形式から来る音の迫力不足、フェラーリやポルシェに比べたときのブランドストーリーの薄さ、そして「優等生すぎる」という感覚的な不満。スーパーカーに求められる非日常感や危うさが薄いという批判は、裏を返せばNSXの設計思想そのものへの疑問でもありました。

    この評価の割れ方は、NSXが本質的に「スーパーカーの再定義」を試みた車だったことを示しています。既存の価値観で測れば足りない部分がある。しかしNSXが提示した新しい基準──速さと快適性と信頼性の両立──は、その後のポルシェ911やフェラーリ自身の進化方向にも確実に影響を与えています。

    NSXが系譜に残したもの

    NSXが直接的な後継車を持つまでには、実に10年以上の空白がありました。2016年に登場した2代目NSX(NC1)はハイブリッドのAWDスーパーカーという全く異なる構成で、初代との連続性はコンセプトレベルにとどまります。

    しかし初代NSXが自動車産業に残したインパクトは、後継車の有無とは別の次元にあります。アルミボディの量産技術はその後のホンダ車にも応用され、「スーパーカーでも壊れない」という品質基準は業界全体の水準を引き上げました。

    もうひとつ見逃せないのは、NSXがホンダというブランドの「天井」を定義したことです。シビックからNSXまで、ひとつのメーカーがカバーする幅の広さ。それはホンダの技術力の証明であると同時に、「ホンダとは何をするメーカーなのか」というアイデンティティの問いを社内外に突きつけました。

    NA1/NA2型NSXは、スーパーカーの常識を書き換えようとした車です。すべてにおいて成功したわけではありません。でも、「速いだけでは足りない」「壊れて当然では許されない」というメッセージを、量産車として世に問うたこと自体が、この車の最大の功績です。

    それは技術の勝利というより、思想の勝利と言ったほうが正確かもしれません。