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    アコード ユーロR – CL7【最後の自然吸気VTECセダンが背負ったもの】

    ホンダが「速いセダン」を本気で作ると、こうなる。

    そういう一台がありました。アコード ユーロR、型式CL7。

    2002年に登場したこの車は、自然吸気の高回転エンジンをセダンに載せるという、当時すでに絶滅しかけていた思想の最終形です。

    ターボ全盛の時代に、なぜホンダはNAにこだわったのか。そしてなぜ、それがアコードだったのか。この車の成り立ちを追っていくと、ホンダという会社の「譲れなかった部分」が見えてきます。

    7代目アコードという土台

    CL7のベースとなった7代目アコード(CL系)は、2002年にデビューしました。先代の6代目CF系から大きくキャラクターを変えた世代です。北米向けの大型アコードと日本・欧州向けを明確に分離し、日本仕様は3ナンバーながらも比較的コンパクトにまとめられました。

    この判断の背景には、先代で起きたある問題がありました。6代目アコードは北米市場を強く意識して大型化し、日本では「大きすぎる」という声が少なくなかった。結果として国内販売は伸び悩み、ホンダは日本向けアコードのサイズ感を見直す必要に迫られたのです。

    7代目の日本仕様は全幅1,760mm。決して小さくはありませんが、北米仕様とは別物のボディで、欧州車的なタイトさを意識した設計でした。プラットフォームの剛性も大幅に引き上げられ、走りの質を根本から底上げしようという意図が明確に見えます。

    つまりCL7ユーロRは、「走りのために再設計されたアコード」という土台があったからこそ成立した車です。ベースがぬるければ、いくらエンジンが良くても成立しません。

    K20A型という心臓

    CL7ユーロRの核心は、何といってもK20A型2.0L直列4気筒i-VTECエンジンです。最高出力220ps/8,000rpm、最大トルク21.0kgf·m/6,000rpm。レッドゾーンは8,400rpmから。この数値だけで、このエンジンがどういう性格かはだいたい伝わるでしょう。

    リッターあたり110ps。自然吸気でこの数字を出すには、高回転まできれいに回る設計が不可欠です。K20Aはそれを、VTECの可変バルブタイミング・リフト機構とVTC(連続可変バルブタイミング・コントロール)の組み合わせで実現しました。低回転域ではおとなしく、カムが切り替わる高回転域で一気に本性を見せる。あの「VTECが入る瞬間」の加速感は、ターボのブースト立ち上がりとはまったく別種の快感です。

    同じK20Aは、DC5型インテグラ タイプRにも搭載されていました。ただしCL7への搭載にあたっては、セダンボディとの相性を考慮したセッティングが施されています。エンジン自体のスペックはほぼ同等ですが、車両重量が約100kg重い分、駆動系やギア比で調整が入っています。

    重要なのは、ホンダがこの時代にあえてターボ化せず、NAの高回転路線を貫いたことです。2002年といえば、三菱ランサーエボリューションやスバル・インプレッサWRX STIがターボ4WDで圧倒的な動力性能を誇っていた時代。その中でFF・NA・220psという選択は、数字の競争では明らかに不利でした。

    しかしホンダにとって、高回転NAは単なるスペック上の選択ではなく、アイデンティティそのものだったのです。エンジン屋としての矜持と言ってしまえばそれまでですが、それが製品として成立していたことに意味があります。

    セダンでスポーツを成立させた設計

    ユーロRがただの「速いエンジンを積んだセダン」で終わらなかったのは、足回りとボディの仕上げがエンジンに見合っていたからです。専用チューニングのサスペンション、レカロ製バケットシート、専用のブレーキ、そしてMOMO製ステアリング。内装の質感も含めて、「走るための道具」として一貫した設計がされていました。

    トランスミッションは6速MTのみ。ATの設定はありません。この割り切りが、ユーロRというグレードの性格を端的に示しています。ホンダは「この車を選ぶ人は、自分でシフトする人だ」と決めていたわけです。

    FFセダンで220psとなると、トルクステアの問題が当然出てきます。CL7はフロントサスペンションにダブルウィッシュボーン式を採用し、ドライブシャフトの等長化やLSD(ヘリカル式)の装備で、この課題にかなり真正面から取り組んでいました。完全に消し去れたわけではありませんが、「FFでここまでやるか」という水準には達していたと思います。

    車両重量は約1,390kg。セダンとしては軽い部類です。DC5インテグラ タイプRほどの軽さはありませんが、4ドアで後席も実用的に使える車としては十分に軽量でした。この「日常性を捨てずにスポーツする」というバランスが、ユーロRの最大の美点だったと言えます。

    誰のための車だったのか

    ユーロRの立ち位置は、少し説明が必要です。タイプRではない。かといって、ただのスポーティグレードでもない。「ユーロR」という名前が示す通り、欧州的なスポーツセダンの文脈に乗せた車でした。

    当時のホンダには、タイプRという絶対的なブランドがありました。NSX、インテグラ、シビック。いずれもタイプRの名を冠した車は、サーキット走行を視野に入れた硬派な仕上がりが身上です。一方でユーロRは、そこまで尖らせず、日常の快適性とスポーツ性を高い次元で両立させることを狙っていました。

    ターゲットは明確です。「家族がいるけど、走りは諦めたくない」という層。あるいは「BMWの3シリーズやアルファロメオ156に興味はあるが、ホンダのエンジンが好きだ」という層。ニッチといえばニッチですが、そこに確実に需要があることをホンダは知っていました。

    実際、先代のCL1型アコード ユーロR(6代目ベース)が2000年に登場した際、想定以上の反響があったことがCL7の企画を後押ししたと言われています。CL1はH22A型2.2L VTECを搭載し、こちらも高回転NA路線でした。CL7はその路線を新世代のK20Aで引き継いだ、正統な後継です。

    時代が許さなくなった存在

    CL7ユーロRは2008年に生産を終了しました。後継の8代目アコード(CU系)にユーロRの設定はありません。つまり、CL7は「最後のアコード ユーロR」であり、同時に「最後の高回転NAセダン」と呼べる存在になりました。

    なぜ続かなかったのか。理由は複合的です。まず排出ガス規制の強化。高回転型NAエンジンは、燃費と排ガスの両面で不利になりつつありました。次に市場の変化。セダン市場そのものが縮小し、スポーツセダンという商品企画が成立しにくくなっていきます。

    さらに、ホンダ自身の戦略転換もありました。2000年代後半以降、ホンダはハイブリッド技術への投資を加速させ、高回転NAという路線は徐々に優先度を下げていきます。K20A型エンジンの系譜は、後にシビック タイプR(FD2)へと引き継がれましたが、それも2010年には終了。ホンダのNA高回転時代は、ここで一つの区切りを迎えます。

    もちろん、その後FK8型シビック タイプRがターボ化して復活し、新しい時代のスポーツモデルとして高い評価を得ています。しかしそれは、CL7やFD2が守ろうとした「NAで回して楽しむ」という価値観とは、本質的に異なるものです。どちらが優れているという話ではなく、時代が変わったということです。

    系譜の中のCL7

    アコード ユーロRという車は、ホンダの歴史の中で少し変わった位置にいます。タイプRほどの知名度はない。シビックやインテグラほどの台数も出ていない。しかし、「4ドアセダンに高回転NAを載せて、MTだけで売る」という企画を二世代にわたって続けたこと自体が、ホンダのある種の意地を示しています。

    CL7の中古車市場での評価は、年々上がっています。K20Aの官能的な回転フィールと、セダンとしての実用性を両立した車は、もう新車では手に入りません。その希少性が価格に反映されているのは、市場がこの車の価値を正しく認識している証拠でしょう。

    振り返ってみると、CL7ユーロRは「ホンダがNAで作れた最良のスポーツセダン」だったと思います。もっと速い車はあった。もっと売れた車もあった。でも、8,000回転まで回して気持ちいいセダンは、この車以外にほとんど存在しなかった。

    それだけで、この車が生まれた意味は十分にあります。

  • アコード ユーロR – CL1【セダンにタイプRの血を入れた異端児】

    アコード ユーロR – CL1【セダンにタイプRの血を入れた異端児】

    タイプRではない。けれど、明らかにタイプRの血が流れている。アコード ユーロR(CL1)は、そういう立ち位置の車でした。

    2000年に登場したこのセダンは、ホンダが「走れるセダン」をどう定義するかに本気で取り組んだ結果生まれた、かなり特殊な一台です。

    タイプRではなく「ユーロR」を名乗った理由

    2000年当時、ホンダにはすでにタイプRの系譜がありました。NSX-R、インテグラ タイプR(DC2)、シビック タイプR(EK9)。いずれもストイックに走りを削ぎ落とした、ある意味で「引き算の美学」で成立していたクルマたちです。

    ところがアコードという車格で同じことをやると、話がややこしくなります。アコードはホンダのミドルセダンであり、ある程度の快適性や実用性を前提にしたクルマです。遮音材を剥がしてエアコンレスにするわけにはいかない。

    だからホンダは「タイプR」ではなく「ユーロR」という名前を選びました。欧州的なスポーツセダンの文法、つまり快適性と走行性能を両立させる方向です。引き算ではなく、足し算と掛け算で走りを成立させる。この命名には、ホンダなりの明確な意図がありました。

    H22A型VTEC——このエンジンが載ったことの意味

    CL1の心臓部は、H22A型2.2L直列4気筒DOHC VTECです。最高出力220ps/7,200rpm、最大トルク22.5kgf·m/6,700rpm。自然吸気の2.2Lとしては、当時かなり高い水準でした。

    このエンジン、実はプレリュード タイプS(BB6)にも搭載されていたユニットのチューニング版です。ただしユーロR用は専用のECUセッティングが施され、吸排気系も見直されています。レブリミットは7,600rpmまで引き上げられ、高回転域での伸びが明確に違いました。

    ここで重要なのは、インテグラ タイプRのB18C型とは設計思想が異なるという点です。B18Cは1.8Lで200psという「リッターあたり出力」の極致を狙ったエンジンでしたが、H22Aは排気量の余裕を活かして中回転域のトルクも確保しています。セダンに載せるエンジンとして、これは正しい選択でした。日常の扱いやすさと高回転の快感が両立している。

    足回りとボディ——走りのための仕込み

    CL1のベースとなったのは6代目アコード(CF系)です。ユーロRはこのプラットフォームに対して、かなり手の込んだチューニングを施しています。

    サスペンションは前後ともダブルウィッシュボーン。これはこの時代のホンダの強みでもありました。ユーロR専用のスプリングとダンパーが奢られ、スタビライザーも強化されています。車高はノーマルのアコードより約15mm低く設定され、重心の低さが走りの安定感に直結していました。

    トランスミッションは5速MTのみ。ATの設定はありません。ここにホンダの割り切りが見えます。快適性は残す。でも、運転する意志のない人には売らない。この線引きが、ユーロRというクルマの性格を決定づけていました。

    ブレーキもフロントに大径ディスクを採用し、制動力を底上げしています。タイヤは215/45R17。当時のセダンとしてはかなり攻めたサイズです。見た目の変化は控えめですが、走りに関わる部分には確実にコストがかけられていました。

    レカロとMOMO——内装が語る本気度

    ユーロRの室内に座ると、まず目に入るのがレカロ製のフロントシートです。純正装着のレカロというだけで、当時はかなりのインパクトがありました。ホールド性が高く、長距離でも疲れにくい。スポーツ走行と日常使いの両方を見据えた、まさにユーロRのコンセプトを体現するパーツです。

    ステアリングはMOMO製の本革巻き。シフトノブはチタン製。こうした装備は、カタログ上の華やかさだけでなく、実際にドライバーが触れる部分の質感を上げるという意味で効いていました。

    一方で、後席の居住性やトランク容量は通常のアコードとほぼ同等です。家族を乗せて走れるし、荷物も積める。ここがタイプRとの決定的な違いです。「走れるけど、暮らせる」。ユーロRはそのバランスの上に成り立っていました。

    競合不在という幸運と不運

    2000年前後の国産ミドルセダン市場で、CL1ユーロRに直接ぶつかるライバルはほぼいませんでした。トヨタのアルテッツァ(SXE10)はFRという異なるアプローチでしたし、三菱のギャランVR-4はすでに終息に向かっていました。スバルのレガシィB4 RSKはターボ4WDで、方向性がまるで違います。

    つまりCL1は、「FF・自然吸気・高回転型・MTオンリーのスポーツセダン」という、かなりニッチなポジションにいたわけです。競合がいないということは、比較されにくいという利点がある反面、そもそもこのジャンル自体の市場規模が小さいという問題も抱えていました。

    販売台数は決して多くありません。ただ、それは商品の出来が悪かったからではなく、こういうクルマを欲しがる層が限られていたからです。むしろ、買った人の満足度は極めて高かった。中古市場での根強い人気が、それを証明しています。

    CL7へ——ユーロRが残したもの

    CL1ユーロRは2002年に7代目アコード(CL7系)へとバトンを渡します。後継のCL7ユーロRはK20A型2.0L i-VTECを搭載し、エンジンの世代が切り替わりました。排気量は小さくなりましたが、220psという出力は維持され、レスポンスはさらに鋭くなっています。

    CL1が切り拓いた「ユーロR」という概念は、CL7で完成度を高めました。しかしその後、アコードは大型化・高級化の道を進み、ユーロRという名前は消えていきます。市場がミニバンやSUVに流れていく中で、スポーツセダンという商品企画自体が成立しにくくなったのです。

    ただ、CL1が示した「セダンでも本気で走れる」という命題は、その後のホンダ車にも形を変えて受け継がれています。シビック タイプR(FD2)がセダンボディで登場したとき、その源流にCL1ユーロRの存在を感じた人は少なくなかったはずです。

    CL1アコード ユーロRは、タイプRの系譜には属さない。でも、ホンダが「走ること」に対して妥協しなかった時代の空気を、セダンという器に閉じ込めた一台です。派手さはない。

    でも、ステアリングを握ればわかる。

    このクルマは、本気で作られたセダンでした。