カテゴリー: ストーリア X4

  • ブーン X4 – M312S【軽の血が生んだリッターカー最強の異端児】

    ブーン X4 – M312S【軽の血が生んだリッターカー最強の異端児】

    コンパクトカーの世界に、突然ラリーマシンのベースモデルが現れる。しかもそれを作ったのは、軽自動車を本業とするダイハツだった。

    ブーン X4(M312S)は、そんな「なぜこのメーカーが、なぜこの車で」という問いを抱えたまま誕生した、極めて特殊な一台です。

    ストーリアの後継という宿命

    ブーン X4を語るには、まずその前身であるストーリア X4(M112S)に触れないわけにはいきません。ダイハツは2000年代初頭、WRC(世界ラリー選手権)のスーパー1600クラスやJWRC(ジュニアWRC)に参戦するため、ストーリアをベースにした競技向けモデルを市販していました。

    ストーリア X4は713ccの直列3気筒ターボ(JC-DET)を搭載し、わずか120psながら車重が約840kgという軽さで、国内ラリーやダートトライアルで猛威を振るいました。ただ、ストーリアは2004年に生産終了を迎えます。後継のコンパクトカーがブーンであり、X4の系譜もそこへ引き継がれることになったわけです。

    1.3L・4気筒ターボ・4WDという構成

    2006年に登場したブーン X4(M312S)は、ストーリア X4から大きくキャラクターを変えました。最大のポイントは、エンジンが直列4気筒1.3Lターボ(K3-VET)になったことです。排気量でいえばストーリアの713ccからほぼ倍増。出力は133ps/17.3kgmに達しました。

    この数字だけ見ると「まあそこそこ」と思うかもしれません。しかし、車重が約910kgしかないことを考えると話は変わります。パワーウェイトレシオは約6.8kg/ps。これは同時代のスイフトスポーツ(ZC31S)の約8.5kg/psを大きく上回る水準です。

    駆動方式はセンターデフ付きのフルタイム4WD。トランスミッションは5速MTのみ。ABSすら装備されないグレードが用意されるなど、明確に競技ユースを前提とした割り切りが見えます。

    軽自動車技術の応用という発想

    ブーン X4の面白さは、ダイハツという会社の文脈で見たときに際立ちます。ダイハツの本丸は軽自動車です。ムーヴやタント、コペンといった軽規格の中で、軽量化やターボ技術、限られた排気量での効率追求を磨いてきたメーカーです。

    その軽自動車づくりの思想が、リッタークラスのコンパクトカーに持ち込まれたのがX4シリーズの本質です。車体は極限まで軽く、エンジンは小排気量ターボで効率よくパワーを出す。「大きなエンジンを積めばいい」という発想の対極にある設計哲学です。

    K3-VETエンジン自体は、ブーンの通常グレードに積まれるK3-VE型をベースにターボ化したもので、ダイハツが得意とするDVVT(可変バルブタイミング)も備えていました。小さく、軽く、でも速い。それはまさにダイハツが軽自動車で追求してきた価値そのものです。

    競技の世界での存在感

    ブーン X4は、国内ラリーやダートトライアルの現場で確かな支持を得ました。特にJAF公認競技のPN・N車両規定において、1.5L以下・4WDターボという希少なカテゴリに属する車両として、ほぼ唯一の選択肢だった時期があります。

    競技車両としての評価が高かった理由は、やはり車重の軽さとターボ4WDの組み合わせです。ダートでは軽さがそのままトラクションの良さにつながりますし、ターボのレスポンスも小排気量ゆえに比較的素直でした。

    ただし、競技ベース車としての宿命で、一般ユーザーが日常使いするにはかなり割り切った仕様です。遮音材は最低限、快適装備は乏しく、内装も簡素そのもの。「これで通勤するんですか?」と聞かれたら、少し言葉に詰まるかもしれません。

    生産台数の少なさと終焉

    ブーン X4は受注生産に近い形で販売されていました。正確な生産台数は公表されていませんが、年間の販売台数は極めて少なかったとされています。ダイハツのラインナップの中でも、完全に「知る人ぞ知る」存在でした。

    2010年にブーンがフルモデルチェンジを迎えた際、X4は後継モデルが設定されませんでした。ダイハツがモータースポーツ活動を縮小していく流れの中で、ホモロゲーション取得のためのベース車両を市販する意義が薄れたことが大きな理由と考えられます。

    つまり、ブーン X4はダイハツがラリーに本気だった時代の最後の証です。ストーリア X4から受け継いだ「小さくて速い4WDターボ」の系譜は、ここで途絶えました。

    軽メーカーだからこそ生まれた一台

    振り返ってみると、ブーン X4の存在意義は「ダイハツが作った」という点に集約されます。トヨタでもスバルでもなく、軽自動車を主戦場とするダイハツだからこそ、900kg台の車体にターボ4WDを詰め込むという発想が自然に出てきた。

    大排気量で押すのではなく、小さなエンジンと軽い車体で戦う。それは軽自動車規格という制約の中で鍛えられた思想の延長線上にあるものです。ブーン X4は、その思想がリッターカーの枠で花開いた、稀有な一台だったと言えます。

    後継は生まれず、系譜は途切れました。けれど、国内ダートラやラリーの現場では今もM312Sが走り続けています。カタログから消えた車が、競技場で生き続けている。

    それ自体が、この車の本質を物語っているのではないでしょうか。

  • ストーリア X4 – M112S【軽自動車メーカーが本気で作ったラリーの道具】

    ストーリア X4 – M112S【軽自動車メーカーが本気で作ったラリーの道具】

    「ダイハツがラリーカーを作っていた」と聞いて、すぐにピンとくる人はそう多くないかもしれません。

    軽自動車とコンパクトカーのメーカーというイメージが強いダイハツですが、1990年代末に送り出したストーリア X4は、そのイメージを根底から覆す一台でした。型式M112S。

    排気量わずか713ccの直列4気筒DOHCターボを積み、車重は約770kg。これは市販車の皮をかぶった、ほぼ競技専用マシンです。

    なぜダイハツがラリーに挑んだのか

    ストーリア X4の話をするには、まずダイハツのモータースポーツへの姿勢を知る必要があります。

    ダイハツは1960年代から小排気量クラスのレースやラリーに参戦してきたメーカーです。シャレードでのラリー活動は特に有名で、1980年代にはWRC(世界ラリー選手権)のグループBにシャレード926ターボを投入した実績もあります。

    つまり、ダイハツにとってラリーは突発的な思いつきではなく、小さなクルマで大きな相手に挑むという企業文化の延長線上にあるものでした。シャレードが生産終了を迎えた後、その競技活動の受け皿となったのが、1998年に登場したストーリアだったわけです。

    713ccという排気量の意味

    ストーリア X4のエンジン、JC-DET型は排気量713ccの直列4気筒DOHCインタークーラーターボです。この「713cc」という半端な数字には、明確な理由があります。当時のラリー競技規定では、ターボ車の排気量に1.7倍の係数をかけて排気量クラスを決定していました。713cc × 1.7 ≒ 1,212cc。これでちょうどA6クラス(1,400cc以下)の枠内に収まる計算です。

    要するに、競技レギュレーションから逆算してエンジンの排気量を決めているんです。市販車としての使い勝手なんて、正直なところ二の次。最初からラリーで勝つための排気量設計でした。

    このエンジンが生み出す最高出力は、市販状態で120ps。リッターあたり約168psという数字は、当時の市販車としては異常な領域です。しかも車重は約770kgですから、パワーウェイトレシオは6.4kg/ps前後。同時代の2リッタースポーツカーと比較しても遜色ない、というよりむしろ上回る水準でした。

    市販車としての異質さ

    ストーリア X4は、FIAのホモロゲーション(競技参加のための公認)を取得するために一定数を市販する必要がありました。そのため一般のお客さんも買うことができたのですが、中身はほとんど競技車両のベースマシンです。

    装備は極めて簡素でした。エアコンはオプション、パワーウインドウもなし。ABSすら非装着です。内装は必要最低限で、快適装備を削ることで軽量化を徹底しています。通常のストーリアが「普通に使える小さなクルマ」として設計されていたのとは、完全に別物と言っていい仕立てです。

    ミッションは5速MTのみ。駆動方式はFFで、フロントにLSD(リミテッド・スリップ・デフ)を装備していました。足回りもラリーでの使用を前提にセッティングされており、日常の乗り心地は相当に硬い。これを街中で普段使いするには、それなりの覚悟が必要だったはずです。

    ただ、この割り切りこそがX4の本質でもあります。快適性を犠牲にしてでも、競技で勝てるクルマを市販する。その姿勢は、三菱のランサーエボリューションやスバルのインプレッサWRXと根本的には同じ発想です。規模もクラスもまったく違いますが、思想は共通していました。

    ラリーでの実績と評価

    ストーリア X4は、全日本ラリー選手権のAクラスで実際に活躍しました。小排気量ターボの圧倒的なパワーウェイトレシオと、軽量コンパクトなボディによる機敏なハンドリングは、狭い林道やツイスティな山岳路で大きなアドバンテージとなりました。

    特にダートラ(ダートトライアル)やジムカーナといった国内競技でも人気を集め、プライベーターにとって「小さくて速くて、ベース車両として手が届く」存在として重宝されました。ランエボやインプレッサのような4WDターボ勢とは戦うフィールドが違いますが、自分のクラスでは圧倒的な競争力を持っていたのです。

    2000年代に入ると、ストーリアのマイナーチェンジに合わせてX4も改良を受けています。2004年にはストーリアの後継であるブーンの登場により生産を終了しましたが、その後もブーン X4として競技用ベース車両の系譜は引き継がれました。ダイハツの「小さなクルマでモータースポーツに挑む」というDNAは、ストーリアで途切れたわけではなかったのです。

    シャレードからブーンへ続く系譜の中で

    ストーリア X4を語るうえで外せないのは、この一台がダイハツのモータースポーツ史における「つなぎ役」であると同時に、ある意味で最も純粋な競技ベース車両だったという点です。

    シャレードの時代は、まだ市販車とラリーカーの距離がそこまで離れていませんでした。後継のブーン X4は、ブーンというより成熟した市販車をベースにしている分、やや「普通のクルマ」寄りになっています。ストーリア X4は、そのちょうど間に位置する時代に、最も妥協なく競技のために作られた市販車でした。

    生産台数も多くなく、現存する個体はかなり限られています。中古市場で見かけること自体が珍しく、競技ベース車両としての役目を終えた今では、その存在を知らない世代も増えています。

    小さなメーカーの、小さくない意地

    ストーリア X4は、売れ筋モデルではありません。ダイハツの経営を支えたクルマでもありません。ただ、このクルマが存在したという事実そのものが、ダイハツというメーカーの性格を雄弁に語っています。

    軽自動車やコンパクトカーで生計を立てるメーカーが、わざわざ競技専用に近いエンジンを新たに設計し、ホモロゲーションのために市販車として世に出す。採算だけで考えれば、やらない方が合理的でしょう。それでもやったのは、「小さいクルマだからこそ速くできる」という信念があったからだと思います。

    713ccで120ps、車重770kg。数字だけ見れば異常ですが、その異常さの裏にはきちんとした計算と、モータースポーツへの執念がありました。

    ストーリア X4は、ダイハツが「ただの実用車メーカー」ではなかったことの、最も鮮烈な証拠です。