フェラーリの歴史のなかで、348ほど「正直に語られにくい」モデルも珍しいかもしれません。
先代の328は名車と呼ばれ、後継の355は傑作と称えられる。その間に挟まれた348は、しばしば「谷間の世代」として扱われます。
ただ、この車が本当に中身のないモデルだったかというと、まったくそうではありません。
むしろ348は、フェラーリのV8ミッドシップを根本から再設計した、かなり野心的な一台でした。
328の成功と、それでも変えなければならなかった理由
1985年に登場した328 GTB/GTSは、フェラーリのV8ミッドシップとして非常に高い完成度を誇っていました。
美しいピニンファリーナのボディ、扱いやすい3.2リッターV8、そして「フェラーリらしさ」を日常に持ち込めるサイズ感。商業的にも成功し、ブランドの屋台骨を支えたモデルです。
しかし1980年代後半、フェラーリは岐路に立っていました。
328の基本構造は、さかのぼれば1973年の308にまで行き着くもので、鋼管チューブラーフレームにV8を横置きするというレイアウトは、すでに15年以上使い続けた設計でした。
安全基準の厳格化、排ガス規制の強化、そして何よりポルシェ911やホンダNSXといった競合の進化を考えれば、「328をちょっと改良する」程度では済まなかったのです。
縦置きへの転換という大手術
348の最大の技術的変更点は、エンジンとトランスミッションの搭載方法を根本から変えたことです。
328まで採用されていた横置きレイアウトを捨て、エンジンを縦置きに変更。さらにトランスミッションをエンジンの下に配置する、いわゆる「縦置き・下置きギヤボックス」という構成を採用しました。
この配置は、テスタロッサで先行して使われていたものです。エンジンとミッションを一体のユニットとして低い位置にまとめることで、重心を下げ、重量配分を最適化する狙いがありました。つまり348は、フェラーリのV8ミッドシップ史上初めて、12気筒モデルと設計思想を共有した車だったわけです。
シャシーもチューブラーフレームからセミモノコック構造へ移行し、剛性を大幅に向上させています。ボディパネルにはスチールを多用し、328のようなFRP(繊維強化プラスチック)主体の構成から脱却しました。外から見える以上に、中身は完全に別の車です。
3.4リッターV8の実力と、ピニンファリーナの新しい線
搭載されたエンジンは、型式名にも反映されている3.4リッターV8・8気筒。348という車名自体が「3.4リッター・8気筒」を意味しています。出力は初期型のtb/tsで300馬力。328の270馬力から着実に引き上げられ、レッドゾーンは7,200rpmあたりまで回る、フェラーリらしい高回転型ユニットでした。
ボッシュ製モトロニックによる電子制御燃料噴射を採用し、触媒付きで各国の排ガス規制に対応しています。このあたりは時代の要請です。パワーだけでなく、環境性能もきちんと現代化する必要があった。328時代のキャブレター的な「味」は薄れましたが、制御の正確さと信頼性は確実に向上しています。
エクステリアデザインはピニンファリーナが担当。328の丸みを帯びた有機的なラインから一転し、テスタロッサを思わせるストレーキ(サイドのスリット状のフィン)を取り入れた、直線基調のデザインになりました。ここは好みが分かれるところで、328のエレガンスを愛するファンからは「硬すぎる」「テスタロッサの縮小版に見える」という声も少なくありませんでした。
評価が割れた理由は、見た目だけではない
348が厳しい評価を受けた最大の理由は、ハンドリングの未熟さでした。特に初期型のtb/tsは、限界域での挙動が唐突だという指摘が多く、イギリスやアメリカの自動車メディアからかなり辛辣なレビューを受けています。
縦置きレイアウトへの変更に伴い、重量バランスやサスペンションジオメトリーが328とはまったく異なるものになりました。にもかかわらず、サスペンションのセッティングが十分に煮詰まっていなかったのではないか、というのが当時のジャーナリストたちの共通した見解です。要するに、構造は大きく進化させたのに、その構造を活かすチューニングが追いついていなかった。
さらにタイミングが悪いことに、1990年にはホンダNSXが登場しています。「日常的に使えるミッドシップスポーツ」という領域で、NSXは品質、信頼性、ハンドリングの完成度において圧倒的な水準を示しました。348はNSXと直接競合する価格帯ではなかったものの、「ミッドシップスポーツとはこうあるべき」という基準が一気に引き上げられた時代に、未完成な部分を残したまま市場に出てしまったのです。
改良の歩みと、GTB/GTSへの進化
フェラーリは348の弱点を放置しませんでした。1993年のマイナーチェンジで、車名をtb/tsからGTB/GTSへと変更。この改良は単なる名前の変更ではなく、サスペンションのジオメトリー修正、ブッシュの変更、パワーステアリングの改善など、ハンドリングに直結する部分に手が入っています。出力も320馬力へ向上しました。
さらに、チャレンジ仕様やスパイダーといったバリエーションも展開されています。特に348 チャレンジは、フェラーリのワンメイクレースシリーズ「フェラーリ・チャレンジ」の基盤となったモデルで、これは後のフェラーリにとって非常に重要なビジネスモデルの起点になりました。
GTB/GTS世代になった348は、初期型の荒さがかなり解消され、まともに評価すればなかなか良い車になっていたという声もあります。ただ、初期型で植えつけられた印象はなかなか覆せず、「348は失敗作」というイメージが定着してしまった面は否めません。
355への橋渡しとして、何を残したか
1994年に登場したF355は、348の正統な後継車です。そしてF355は、348で導入された縦置きレイアウト、セミモノコック構造、エンジン下置きトランスミッションという基本構成をそのまま引き継いでいます。つまり、355の傑作ぶりは、348が敷いた土台の上に成り立っているのです。
355では5バルブヘッドの採用、電子制御ダンパー、大幅に改良されたサスペンション設計により、348の弱点がほぼすべて解消されました。しかしその「解消すべき弱点」を洗い出したのは、ほかでもない348の市場での経験です。
フェラーリのV8ミッドシップは、348以降、360モデナ、F430、458イタリア、488と続く系譜のなかで、一貫して縦置きレイアウトを採用しています。この設計の起点が348であるという事実は、もっと正当に評価されてよいはずです。
過渡期の車は、いつも損をする
348は、たしかに完成度という点では粗さが残るモデルでした。初期型のハンドリングは弁護しにくいし、デザインの好みも分かれます。でも、この車がやろうとしたことの規模を考えれば、「失敗作」と切り捨てるのはあまりにも雑な評価です。
15年間使い続けた横置きレイアウトを捨て、シャシー構造を刷新し、エンジンの搭載方法を根本から変えた。それは「マイナーチェンジの延長」ではなく、次の30年を見据えた構造改革でした。その改革の初手が、すべて完璧に決まるほうが珍しい。
348は、フェラーリのV8ミッドシップが「伝統の延長」から「現代のスポーツカー」へと脱皮するために必要だった、最初の一歩です。
華やかな評価を得られなかったとしても、この車がなければ355も360も存在しなかった。過渡期の車は、いつも損をします。
でも、その痛みを引き受けたからこそ、次の世代が輝ける。
348とは、そういう車です。

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