フィアット・アバルト 124 Rally – CSA【ラリーの現場が磨いた市販車の形】

ラリーで勝つために市販車を作る。

順序が逆に聞こえるかもしれませんが、1960年代後半から70年代のヨーロッパでは、これがごく普通のやり方でした。

フィアット・アバルト 124 Rally、通称CSAもまた、その論理から生まれた一台です。

124スパイダーが出発点だった理由

話の始まりは、1966年に登場したフィアット 124スパイダーです。ピニンファリーナがデザインした端正なオープン2シーターで、ヨーロッパだけでなく北米市場でも好調に売れていました。ただ、フィアットがこの車をラリーに投入しようと考えたのは、見た目の華やかさとは別の理由があります。

当時のフィアットは、モータースポーツ活動の多くをアバルトに委ねていました。カルロ・アバルトが率いるこの小さな会社は、フィアットのベース車両を競技仕様に仕立てるプロフェッショナル集団です。そしてFIA(国際自動車連盟)のグループ4規定でラリーに出るには、一定数の市販車を生産してホモロゲーション——つまり公認——を取得する必要がありました。

124スパイダーは後輪駆動で、エンジンはフロントに縦置き。ラリーカーとしての素性は悪くありません。ここにアバルトの手が入ることで、競技に耐えうるマシンと、その公認を取るための市販モデルが同時に生まれることになります。それがフィアット・アバルト 124 Rallyです。

CSAという型式が意味するもの

CSAという呼称は、フィアットの社内型式コードに由来します。124 Rallyにはいくつかのバリエーションが存在しますが、CSAは1972年頃から生産された後期型にあたり、排気量を1.8リッターに拡大したモデルです。

エンジンはフィアット製の直列4気筒DOHCをベースに、アバルトが手を入れたもの。ツインカムヘッドの採用はフィアット 124系の大きな特徴で、当時の量産車としてはかなり先進的でした。CSAではこれを1,756ccまで拡大し、約128馬力を発生させています。数字だけ見ると控えめに思えるかもしれませんが、車重が1トンを切る軽量ボディと組み合わさることで、ラリーステージでは十分以上の戦闘力を持ちました。

足回りも当然ながら強化されています。フロントはダブルウィッシュボーン、リアはリジッドアクスルにコイルスプリングという構成。リジッドアクスルというと古く聞こえるかもしれませんが、ラリーの荒れた路面では頑丈さと整備性が何より重要です。この選択は、サーキットではなくラリーで勝つための判断でした。

アバルトが手を入れた箇所、入れなかった箇所

面白いのは、アバルトの改良が「全部変える」ではなく「勝つために必要なところだけ変える」という思想で貫かれていた点です。エンジンの排気量拡大、吸排気系の最適化、ハードトップの装着による剛性確保。これらはすべてラリーの現場から逆算された変更です。

一方で、基本的なボディ構造やシャシーレイアウトは124スパイダーのままです。量産車ベースのホモロゲーションモデルである以上、根本から作り替えるわけにはいきません。むしろ、ベース車の素性の良さがあったからこそ、最小限の変更で競技に通用するマシンが成立したとも言えます。

外観上の特徴としては、ハードトップの装着に加えて、フロントグリルの意匠変更やオーバーフェンダーの追加があります。ただし、これらも見た目の演出というよりは、冷却効率の確保やワイドタイヤの収容といった実用上の要請から来ています。飾りではなく、理由がある造形です。

ラリーでの実績と、その意味

フィアット・アバルト 124 Rallyは、1970年代前半のヨーロッパラリー選手権を中心に数多くの実戦に投入されました。モンテカルロ・ラリーやサンレモ・ラリーといった名門イベントで上位に食い込み、特にターマック(舗装路)ラリーでの速さには定評がありました。

この時代のラリーシーンは、ランチア・フルヴィアやアルピーヌ A110といった強力なライバルがひしめいていました。その中でフィアット・アバルト 124 Rallyが戦えたのは、エンジンパワーだけでなく、車体バランスの良さとドライバビリティの高さによるところが大きいとされています。

ラリーでの成功は、フィアットのモータースポーツ戦略にとっても重要な意味を持ちました。この経験が、後のフィアット 131アバルト・ラリーへとつながっていきます。131アバルトは1977年から1980年にかけてWRC(世界ラリー選手権)のマニュファクチャラーズタイトルを3度獲得する名車となりますが、その土台にはフィアット・アバルト 124 Rallyで蓄積された知見があったわけです。

ホモロゲーションモデルという存在の面白さ

フィアット・アバルト 124 Rally CSAの生産台数は、正確な数字に諸説ありますが、おおよそ1,000台前後と言われています。ホモロゲーション取得に必要な最低限の台数を確保するための生産であり、大量に出回る車ではありませんでした。

この「競技のために作られた市販車」という存在は、現代の感覚からするとやや不思議に映るかもしれません。しかし当時のラリーでは、これが勝つための正攻法でした。メーカーは市販車を売るためにラリーに出るのではなく、ラリーに出るために市販車を作る。その倒錯した論理が、結果として非常に魅力的なロードカーを生み出していたのです。

CSAもまさにそうした一台です。日常的に使える快適性は124スパイダー譲り。しかしエンジンを回せばアバルトの血が騒ぐ。この二面性こそが、ホモロゲーションモデルならではの味わいです。

系譜の中での位置づけ

フィアット・アバルト 124 Rally CSAは、フィアットとアバルトの協業がもっとも実り多かった時代の産物です。1971年にフィアットがアバルトを完全子会社化したことで、両社の関係はさらに密接になりました。124 Rallyはその過渡期に生まれたモデルであり、独立した職人集団としてのアバルトと、大メーカーとしてのフィアットの力が、もっとも良いバランスで噛み合った結果とも言えます。

その後、アバルトの名はフィアットのスポーツブランドとして存続し、2007年には独立ブランドとして復活を遂げます。

2016年に登場した現代のアバルト 124スパイダーは、マツダ・ロードスターをベースにしたまったく別の車ですが、「小さなスポーツカーにアバルトの手が入る」という構図だけは、半世紀前と変わっていません。

フィアット・アバルト 124 Rally CSAは、ラリーという過酷な現場が市販車の形を決めた時代の証人です。スペックシートの数字以上に、なぜその仕様になったのかという理由の一つひとつに物語がある。

それが、この車を今なお特別な存在にしている理由ではないでしょうか。

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